62 これは私じゃない
「あの……目覚ましい回復力のようで……」
私は、おそるおそる、ユリアを上目遣いに見つめる。
あの後、必死にみんなでなだめてやっと落ち着いたユリアさんと、なぜか、よりにもよって部屋に2人きりにさせられる。
実は私、ユリアさん、苦手なのよ。
元々、魔女は人と多く関わる人種じゃないんですもの。
私とは違い、ハキハキと言いたいことをなんでもはっきり話し、そこにあるのは己の欲求のみという、どこに地雷があるのかわからない性格は、女ばかりの魔女の中でもみたことがないタイプだ。
前回はユリアさんの命を助けて怒鳴られたのに……
今回は何もやましいことはないのにまた怒られてるじゃない。
そして、部屋に2人きり。
ああ無理……
地雷を踏む未来しか見えない……
そんな私の心境などどうでもいいのか、ユリアは当然のように余裕ありげな笑顔で話し続ける。
「おかげさまで。毎日、メイドにツヤツヤに磨かせてるし、しっかり鍛え上げなおしているもの。
あなたこそなんなの?前も冴えなかったけど、もっと冴えなくなってるじゃないの」
そう言い、上から下まで見て、最後にあからさまに「はぁ」とため息をつかれれば流石に私も傷つく。
確かに、家出したままの私の姿は、明らかに前より劣化しているけどね。
ユリアさんも意識不明の重体で、ガリガリに痩せ細って、肌もしわしわだったはずなのに……
もはやそれすら、武器にしている。
これが女子力でしょ!という自信満々な姿。
しわしわだった肌が、なんか塗り込まれて艶々に!
バサバサだった髪は、綺麗に整えられていて女主人の風格が!
そして、痩せてなければ着られないようなおしゃれな服を着ているわ。
そして、杖の先には暗器が……
これは、女子力とは関係ないみたいだけど……
ごくりと私は唾を飲み込む。
「仕方ないわね。あんた、本当にレグスタインやキリフと出来てないの?少しぐらい、恋でもしないと、300年前のその時代遅れの冴えない顔と体はそのままよ」
ため息をつかれた後は、胡散臭そうに、いえ、まるで汚い物を扱うかのように手を振ってあっちに行けと言うポーズを取る。
私だって、他所に行きたいわよ。
しぶしぶ、話を繋げて、ユリアの気が済むようにしてくれと答える。
「はい。本当に誰とも出来ておりません。恋もしていません」
そういえば、みんな普通、本当に過去の人間なのかとか、300年前のことを疑ったり、経過を聞いてくるわよね?
でも、マイペースなのか、私が300年前からいようといまいとそんなことは全く関心ないという雰囲気だわ。
私が今ここにいるんだから、私に合わせろと言う圧がすごい。
「私、力も才能もちゃんとあるのにただ卑屈な女は嫌いなの。ダメな顔ならダメなりに磨く。愛されるのを待つんじゃなくて、自分以上の女はいないと見せる。わかる?」
「は、はい」
ダメな顔って認定されてしまった。
確かに、愛されるために動いていた記憶はない……
だって認識されたら魔女狩りは死ぬんだから。
「あんたがこの時代に生きるんなら、枢機院の男たちみんなを手玉にとれる女になりなさいよ。
利用されるんじゃないなくて、利用されたいと思わせなさい」
「利用されたい……魅了?ですか?」
そう聞き直すと、一気にユリアの機嫌が悪くなる。
ひーっ!地雷ふんだ?
「そんなもの、魔法に頼るんじゃないわよ。自分の女子力に決まってんでしょ!私がちゃんとこの時代でも通用する女に仕立ててあげる。あなたから助けてもらったのは間違いないし、ちゃんと恩は返すわ。わたし、借りたままが嫌いな女なの」
「は、はい」
私はコクコク頷くのみだ。
でも、通用する女に仕立てなくていい……
お返しも結構です。
そっとしておいてください
それが本心。
でも、そんなことを思うこと自体が許されない空気だわ。
誰か助けて!と心が悲鳴を浴びる。
「さて、私と2人にされた理由なんだけどね。これよ」
ユリアは、私の目の前に布に包まれた四角い物を出し、机にのせた。
「これは?」
私はぽかんとした顔で、その四角のものをじっと見つめる。
「あんたのヌードですって。ああ見えて、男たちなりに気を遣ってるのよ。事情は聞いたけど、大切そうにジークが持って帰ってくるから、何かと思ったわよ。
夫がロリコンになったかと思って間違えて殺しそうになったじゃないの。本当に、紛らわしい。なんか勝手にモデルにされたんですって?」
ユリアは、まるで夫婦喧嘩の原因はお前のせいだと言わんばかりに呆れた顔で私を見る。
ギルド長が殺されそうになった?
なんかサクッと聞こえたけど、日常茶飯事なのかしら?
あえて、そこには触れないように私は首を縦に振った。
「はい。私は日々逃げていたので、男性と接したことは、処刑の日までなかったんです。画家のマルコスは、私の魔女仲間の交際相手なのですが、私は会ったことすらないんです」
間違えても、自らモデルになることはないし、更に脱ぐことはない。
これが……勝手に描かれた私の裸の絵。
「マルコスは、今の時代ではかなり有名な画家だから、回収して正解ね」
そう言いながら布を剥がし、ユリアと私は一緒に絵を覗き込む。
「これは……」
私は、その絵を食い入るように見つめ、懐かしい世界に引き込まれていく。
だが──
ユリアと私は思わず顔を見合わせる。
そこには、懐かしい木々に囲まれる中に、清涼な水が溢れる魔女の水浴び場の風景があった。
そして、その中で透明感のある水を、裸で冷たいと言いながら笑っているような、躍動感あふれる艶かしい女性の裸婦画がある。
「あ、あの……ユリアさん」
私は、その絵を見て、泣きそうになりながらユリアに声をかける。
「あなたの言いたいことはわかっているわ。」
ユリアは立ち上がり、私の肩にそっと手を置いた。
「ジーク!キリフ!他の残りの男たち!!部屋にいらっしゃい!!」
ユリアは大声で外に向かって怒鳴り上げた。
◇
「えーーーーっ!デボラじゃない?」
ギルド長やレグ、キリフを筆頭に、みんなで大声を上げる。
その中で、最年少10歳のアレンが机の上にある絵を見る。
うーんと唸り、
「確かにデボラ、こんなに胸がないよな」
そう一言爆弾を落とした。
「はい、これはマルコスの恋人、ミレイです」
私はそう告げると、みんな絵と私の顔を、そして、絵の胸と私の胸を見比べる。
隠れて魔女の集落である水浴びの場所に連れて来ていた事実は隠せないが、絵の中にいるのは間違いなくミレイ。
歳が私より少し上だが近い。
そして、髪は、元々、今の私が染めているような髪色をしているのだ。
髪の長さは、みんな同じような長さだし。
顔は、私とは違うんだけど、画風の問題で、明確に顔が描かれてないから似て見える。
そして、私ではないミレイとの決定的な差は、まさにアレンの言ったように、胸の大きさだ。
ミレイは巨乳だ。
「あんたたち、女と遊んでない10歳児ですら明確に見分けるのに、女のケツばっかり追いかけているあんたたちが、なんでこの子の貧乳に気づかないのよ!」
ユリアさんは、ぷりぷり私の代わりに怒ってくれているけど、なぜか地味に責められている気がするのはどういうことかしら?
「ブラックコウモリの魔石の売り上げ金……この絵に注いでしまった。すまない!デボラ!」
レグスタインとキリフが頭を下げてくる。
「ううん、その、私じゃなくて良かったし、似ているのは事実だから……」
私は、顔を赤くしてどうコメントしたらいいか分からず焦ってしまう。
ただ、過去がそこに現れたような懐かしく泣き出したくなる気持ちになる。
「裸というのはともかく、絵の彼女はすごくいい顔をしていると思うの。
あの頃、本当に魔女狩りの目は厳しくて、活動できるのは夜なのに、この絵は昼間だわ。ミレイはかなり勇気を出して絵のモデルをしたんだと思うの」
私は改めてその絵を見る。
師匠と昼過ごす時は、いつも洞窟の影や滝の裏、木々が生い茂る深い森などだ。
これだけ日差しが差す中で過ごすことは、数えるほどしかない。
だから、この日のミレイが、本当に勇気を振り絞って、描いてもらった気持ちがなんとなくわかるのだ。
「明日はわからない身だったから、愛する人に今の自分を忘れないでほしかったんじゃないかしら?一番、綺麗に自分がいられる時を愛する人に残して欲しかったのね」
私は、ミレイの気持ちに同調して、切なさが募った。
「マルコスさんは、結婚は?」
私は、ギルド長に救いを求めるように質問する。
その後の彼がどんな人生だったのか気になった。
何か知らないかしら?
そこに、ミレイはいたのかしら?
「生涯独身のようだな。彼を含め、この時代の芸術家はみんな皇帝の息がかかっていた。どんな有名画家も処刑の絵を記録係として描かされ、自由じゃない。普段は皇帝の指示のもと動いていた」
皇帝の指示で魔女と関係を持ったのかしら?
職業的にそれ以外の選択がマルコスにもなかったのね。
私は顔を曇らせた。
「そうなのね。マルコスがミレイのことを本気だったのかどうかはわからないままだけど……前にも博物館でみんなにも言ったように本当のことはもう分からないのだから、どちらでもいいの」
ミレイが私に伝えたこともそうだ。
もしかしたら、師匠が捕まったという嘘の情報を、ミレイはわざとマルコスに吹き込まれたのかもしれない。
もしくは、ミレイは愛するマルコスと謀って、私にわざと嘘を教えたのかもしれない。
誰だって幸せになる権利はあるし、起こした行動が、予定外の結果を産んでしまうことだってあるわ
すべてはわからないことだし、過ぎたことだ。
「大事なのは、ミレイがマルコスを思う気持ちが本当だった。それが分かったことよ。この絵の場所は魔女の掟で、魔女以外を入れてはいけない場所なの。それでも案内したってことは、ミレイは彼を愛していたんだと思うわ」
私にとって大切なのは、魔女の仲間の気持ちがどうだったかだ。
「いつか、集落に行った時に、ミレイにはこの絵を遺品として届けるわ。大好きな人が描いた絵ですもの。当時、完成品を見ることができたのかはわからないけど、きっと喜んでくれると思うの」
私は、その絵を空間バッグに仕舞う。
その動作を、ギルド長とユリアはあんぐりと口を開けて見つめた。
「本当に、空間バッグを扱う300年前の魔女なのね。私のイメージだと、魔女ってとんがり帽子を被ったワンピースを着たイメージだったんだけど」
ユリアは、改めて、じろじろと私のヒュドラ革の冒険服を改めて見て、目を丸くし、驚いてギルド長に視線を送っている。
どうやら、普通のへび革ではないと気づかれたらしい。
「レグスタインたちに頼まれてるから、空間バッグの中身を出せる場所は確保してあるが……真面目に中身が楽しみなんだよ。売ってもらえるものもあるんだよな」
ギルド長の目も、キラキラと金貨になっている。
「そうですね。遺品は売れませんけど、ダンジョンを生き抜くために必要な食料や素材はもう必要ないので減らしたいです。後は、みんなの道具を色々作り直したいし、薬類も調合し直したいので、その残りになりますが……」
「やだ!私も行きたい。ねえ、ジーク!いいでしょ」
ユリアが、返答を待たずに杖を持って動き始める。
「い、いや、だがまだ歩くのも厳しいんだから……」
キリフが慌ててユリアを止めようとする。
すると、キッと睨んで、ユリアが再びキレ始める。
「なんのためにジークとキリフがいるの?私を守るためでしょ?私を運ぶためでしょ!私はこのバッグの中身がみたいの!今度こそ、二人で死ぬ気で私を守りなさい!」
「い、いや!でも!」
ギルド長とキリフが、ユリアさんにぶんぶん杖を振られながら、配下に下っている。
私は、思わずレグスタインを見ると、困ったようにため息をついていた。




