55 300年前の集落はどこだ
俺──ヘンケルは、見たことがないレグスタインの姿をみて動揺していた。
いや、俺だけじゃないと思う。
いつも、落ち着きがあって、誰に対しても敬意を持って接してくれるリーダーのレグ。
レグがパーティーを作る時、多くのS級冒険者がメンバーにして欲しいと申し込んだにも関わらず、まだB級だった俺に、わざわざレグは俺に声をかけてくれた。
パーティーの中で、実働部隊と違い、諜報活動や戦闘相手に対してのスチールスキルは地味で、必要性をわかってもらいにくい。
ちょうど依頼を済ませて、俺はパーティーから外されるところだったんだ。
それを耳にしたらしい。
「ヘンケルは周囲としっかり連携がしっかり取れるし、敵に対しての目測をしっかり立てて状況判断が出来るだろう?ぜひうちに来てほしい」
そう言われて、俺は感激した。
キリフの加入が早々に決まっていたからか、冒険者活動中の女性の出入りを禁止することや、パーティーは男だけというルールがあった。
でも、レグも含め、キリフ以外は、冒険者としての活動外は、女性との交際はあったし、堅苦しさはない。
ただ、女性とはみんな長続きしなかった。
特に、彼女以外にも、誰にでも優しいレグは、誤解を受けやすい。
いつも、レグは失恋してしまう。
そんな失恋した時でさえ、みんなで笑って慰めるような雰囲気だったのに、今回は、目の前で泣き崩れるレグ──
レグは、デボラに本気なんだ。
俺は衝撃を受けた。
そんなレグを見たことがなかったから。
だって、デボラは、レグの今までの女性とは全く違う。
今までは、大人の色気を持った、貴族女性で、常に守ってあげる女性。
わがままだけど、その少し男性を振り回すところが小悪魔で、かわいいという女性ばかりだ。
その小悪魔が超えて、依頼から帰ると別の男性と結婚していたり、二股をかけられたり、別れたことになっていた。
それでも、いつも笑顔で相手の幸せを祈るレグだったはずだ。
でもデボラは違うよな?
守ってあげるどころか、俺たちみんな守られた。
実際に俺たちの命の恩人だし……
貴族の女性どころか、300年前から身分剥奪のような状態だし、今も身分も嘘で、更に貧民街出身になっている。
小悪魔どころか、性格は天使のような善意の塊なのに、巻き起こす騒動は、悪魔並み。
わがままは一切ないのに、いつもやめてくれと懇願する俺たち。
恋愛とか色気とか……うーん、ゼロだよな?
もちろん、みんなそんなデボラが大好きだけど、レグはいつもデボラにも他の野郎と同じように対応していたじゃないか?
俺たちが、みんなデボラに抱きついても、困ったように苦笑いして見ているだけだだよな。
「デボラを探さないと!デボラを!!」
よろよろしながら、玄関に向かって方針も決めないまま走り出そうとするレグを、キリフが抑えている。
俺もだけど、他のみんなもその衝撃を隠せなかった。
◇
「レグ、行くとしたら空はないと思うんだ。あいつは絨毯が苦手だからさ」
グレンが、レグに話しかけている。
「うちから馬も出ておりませんので、少なくとも徒歩だと思います」
レグの執事もそう話している。
外か……どの程度までいけるか?
「匂いが少しでも残っていれば、探せるかもしれない」
俺は、侍女のココアにデボラが来ていた服を持って来てほしいと伝えた。
レグは何かを指示できる状況じゃないな。
俺ができることをしないと……
レグスタインは、デボラの名をうわごとのように呼び続けていて、侍女もその様子にショックを隠しきれないようだった
「こちらが、昨日着ていた服だと思います」
ココアが差し出すと、俺は、その服にガバッと顔を押し当てる。
「ひっ!」
ココアがのけぞる。
どう見ても俺は変質者だ。
構うものか!ここで、このスキルを使わないでどうするんだ。
「レグ!しっかりしろ!何のために俺がいる?デボラの匂いを追うぞ!」
俺は、泣き叫ぶレグスタインの背中をバシンと叩く。
「す、すまない。頼む。デボラに何かあったら……」
レグスタインは涙を拭く。
「俺たちも、もう少しデボラの部屋を探してみる」
グレンとバインも、デボラの部屋に走り出す。
「こっちは任せとけ!匂いが微かにある。レグ!行くぞ」
俺は、玄関に向かって鼻を動かし始めた。
◇
「結局、ニキロ地点で、突然匂いがなくなって行方が途絶えてしまった。血痕を二箇所で確認して、間違いなくデボラの匂いであることも確認したし、徒歩で出たのは間違いない」
俺は、呆然としてしまっているレグを、キリフと無理矢理屋敷に戻し、デボラの部屋で、何か痕跡がないかを調べている残りの二人にも捜索結果を告げた。
「血痕って、誰かから危害を受けたってことか?」
グレンは真っ青になる。
「いや、あれは靴擦れだな。血痕の量が少ない割に、落ちているというより垂れている血だった」
量は微量だったが、間違いなく本人のものだったのでデボラが外を歩いている確証は取れた。
「そうか……長く靴を履く生活じゃなかったもんね」
バインも呟いている。
おそらく、初めて出会った日に裸足だったことを思い出したのだろう。
「こっちも部屋も調べてみた。俺たちと出会ってからのものでなくなっているのは、冒険者用の服とその履いたと思われる靴だけだった。買った洋服類はすべてクローゼットに残っていたんだ」
グレンはそう言いながら、クローゼットの扉を開けた。
レグや俺たちが購入した服がそのままかけられている。
「あと浴室には、カレンが初めての風呂で落とした時と同じ何かの植物の染料と思われる跡が残されていた。そして、抜け毛ではない、なんらかの刃物で切ったと思われるいろんな長さの毛が床に少し落ちている。多分短く切っているようだから、髪の色を隠して男性に似せた可能性が高い」
みんな、静まり返る。
だが、俺もおそらくみんなも同じことを思っている。
デボラの努力は認める。
だが、彼女のあの性格と体型、行動から男性のふりをしてもすぐにバレる気がする。
「だとしたら、足を痛めた結果、男性のふりをして乗り物に乗ったことになるが、デボラはお金を持ってないよな。出ていった時間にもよるが、朝、侍女が声をかけた時にはすでにこちらの声に反応するようになっていたんだろう?」
キリフが、唸る。
デボラの魔法だろうか?
布団が剥がされるまで、音に反応して「少し休みたい」というデボラの声が出るようにしていたらしい。
よって、ここを出た確実な時間はわからないが、朝ではなさそうだ。
「夜に出たとしたら、幌馬車は出てないし、荷馬車に乗り込んだ可能性が高いな。ここから物を物流倉庫や市場に向けて朝までに荷物を運んでいる馬車……絞り込めるかな?」
バインは、市場と物流管理の倉庫を片っ端から回ってみようかと提案する。
「すごい馬車の数になるから、痕跡を探るにしても、絞り込みたいな。あと、降りた後だよ。夜は貧民たちが仕事や食糧を探しに街に繰り出している。酒や薬で、まともじゃないやつもいる。そんな中にデボラが一人降りてみろ」
俺も、そう言いながら想像してゾッとする。
その時──
デボラを担当していた侍女、ココアが思い出したように話した。
「そういえば……昨夜、唐突にシャルバンポール城はどこにあるのか聞かれました。ここから30キロは離れていることと、東の方向にあることをお伝えしました」
俺たちは、ハッとしてガタンと立ち上がる。
「あの子が行くとしたら、シャルバンポール城ではなく、その西だ。西に、自分の集落があると思っている。そこは、仲間たちがいた場所で遺品を持っていきたいと思っていた場所で、自分の師匠と暮らしていた場所だ」
レグスタインがつぶやくように話す。
だが、先ほどよりは、目の光が一気に戻ってきているのがわかる。
「じゃあ、東に向かっていく馬車だ。途中から違う方向に行ったら降りるだろうけど街じゃないな」
街の中に降りて貧民たちと接触している可能性は低そうだ。
俺たちはホッと胸を撫で下ろす。
「それなら、とりあえず、絨毯を出すから東のシャルバンポール付近を探そうか」
グレンは部屋に戻って準備してくると、部屋を出ようとすると、入れ替わりでレグの執事が入って来た。
「レグスタイン様、ギルドのジークフリト様が至急取り継いで欲しいと。ここにはいないと告げたのですが、デボラ様の件で至急だと……」
それを聞き、レグスタインとジークが立ち上がる。
「デボラのことで至急って……行方不明になったことを知らないよな?それ以外に何かあったのか?」
俺たちはみんなで顔を見合わせた。




