54 少し休みたいの
俺──レグスタインは、自己嫌悪と後悔で頭が一杯になっていた。
「言いすぎた……のは……分かってる」
デボラの立場に自分がなったとしたら……
300年後のこの世界にも、アレンにも絶望的になる気持ちはわかる。
多くの仲間を理不尽に失い、信頼していた師匠と死に別れて、何もわからない世界に放り込まれたんだぞ。
300年後の子供の価値観、魔力至上主義をどう見ただろう?
なにが魔力だ!
なにが魔法だ!
俺ならそう思うだろう。
グレンの報告では、更にアレンは、目の前で大切な師匠のローブを破り、汚したらしい。
俺はその悔しさや辛さを先に受け止めるべきだったのに……
はぁ……
食欲もなければ、眠る気にもなれない。
俺は用意された酒を煽る。
今、デボラと話し合っても、うまく気持ちを伝えられない。
危険から守りたい。
だから……誰にもバレないように……
腹が立っても大人しくして……
デボラの師匠は、俺と同じようなことをデボラに言っていたのだろうか?
逃げろと……とにかく逃げてくれと……
その結果、彼女が得たものは?
壁につながるドアを見つめる。
先ほどまで、動いている音がしていたが、もう眠っただろうか?
明日は、何事もなかったかのように話をしようか?
いや、まずはデボラの話を聞こう。
そして、俺は歴史博物館に行って、今日の騒動を謝らないといけないだろうし……
これからのことも考えよう。
枢機院から目をつけられているだろうし……デボラをギルドで保護してもらうか?
考えなければならないのに、離したくない。
離したくない?
なんでだ?
黒竜に託されたから?
命の恩人だから?
ギルド長がいうように、麻薬のように縋りたい力があるからか?
違う!そんなんじゃない。
俺がそばで守りたいんだ。
笑って、今度こそこの時代を幸せに……
ギルドじゃない。
俺のそばで、笑って欲しいんだ。
俺は再び、コップに残った酒を飲み干すと、ベッドの上で膝に頭を当てた。
カラン
コップの冷たく光る氷が、無機質に崩れる音を立てた。
◇
翌朝──
「デボラは?」
「昨夜も今朝も、部屋から出てこないよ。レグ、ちゃんと謝りなよ。それだけ、アレンの態度は本当に酷かったんだから。俺だって、手が出る1秒前だったよ」
バインが、ジトっと俺を睨む。
「感情的になりすぎたと思ってるよ。ただ、これからのことを思えばデボラが不当に捕まる可能性だってあるんだからな」
俺は、ストレートに感情を出してくるバインに対して口ごもる。
「マーヤ、ココア、デボラはどんな様子だ?」
俺は、直接デボラに声をかけてこようかと立ち上がる。
「昨夜は、レグスタイン様のご様子を気にされているようでした。入浴はされず、やりたいことがあるからということでした。遅くまで作業をされていたのかわかりませんが、今朝は、机に何やら衣服が畳まれてありましたし、布団に潜られて少し休みたいというので退室しました」
「それ、黒い衣服?」
グレンがココアに聞くと、ココアが頷いている。
「師匠さんの服を補修していたんだな。それなら、少し休ませてやったほうがいいかも……素材がないから、完全には直らないらしくて落ち込んでいるように見えたし……」
グレンは顎に手を置いて、少し悩むように話した。
「そうか……じゃあ、昼頃に部屋に行ってみるよ。じい、前にも話したように、誰から問い合わせがあっても、デボラはここにはいないと伝えてくれ」
「わかりました」
じいは、頭を下げる。
「あの……口を挟むのは差し出がましいかと思ったのですが、昨日、枢機院の一人、アレン様と何かやりとりがあったのでしょうか?実は、今朝の新聞で、アレン様が一面になっております」
「アレンが一面に?何のニュースだ?」
俺は、昨日の今日で、アレンがそんな大きなニュースになることに、嫌な予感がする。
「はぁ、なんでもアレン様は神から失望されて、魔力を失ったと……即日、アレン様は深く行動を省みて、所属するドマイン教の総裁の座を辞退されて、次期総裁は、本日決定予定とか……」
「なんだと!」
俺は、驚いてじいに新聞を持ってこさせる。
じいが持ってきた新聞記事を貪るように読むが、見出しこそ大きいが、詳細は大して書かれていない。
「ドマイン教 アレン総裁辞任」
神からの啓示か?総裁、魔力消失、魔法使用不可!
魔力は神から与えられたギフトで、魔法は、神の考えを行使するためにある。
それが消失したことで、神から総裁の資格がないと審判が下ったと考えて、アレンが総裁の座を辞退することにしたと書かれてある。
「ドマイン教は魔力と魔法が人を助けることを売りにした宗教ではあるが……これは、あまりにも短絡的だろう」
キリフが呆然としている。
キリフは他宗派の神官だが、考えられないと首を振る。
「おい、昨日の件だけでか?じゃあ、アレンのやつ、今どこにいるんだよ?大体、自ら辞任するような奴かよ?」
グレンも、言葉を失う。
「これは……厄介なことになったな」
「そういえば、反省しないと魔力は回復しないとは伝えたが、戻る日数はハッキリ言わなかったんだよな」
ヘンケルとバインが顔を見合わせてどうしたものか言葉を失う。
「これを、デボラに伝えたら間違いなく落ち込むな……」
俺は、呆然とした。
昨日俺がデボラに伝えたことが、悪い方向で当たってしまった。
アレンは所詮お飾りで使い捨てなのだ。
それを利用したい奴が裏にいる──
アレンを失脚させた女は誰だ?
必ず他の枢機院も動く
「すまない。やっぱり、デボラと話をしてくる。急いでここを離れて、ジークに保護してもらわないといけない。お前たちも急いでここを出る準備をしてくれ」
俺は、席を立ちデボラの部屋に向かっていった。
◇
「デボラ?ちょっといいか?」
ドアをノックする。
どんなに本人が嫌と言おうと、ジークのところまで保護を申し出ないといけない。
俺は、少しだけ目を瞑り気持ちを整える。
返事がない──
「デボラ、開けるよ」
ドアを開けて、そっとみるとベットの布団の下に山が見える。
「デボラ──」
「少し休みたいの」
ベッドから声がする。
「……そうか。少ししたら話をしたいんだ」
「少し休みたいの」
同じ声が聞こえる。
俺は、ちらっと部屋を見る。
机の上に、騒ぎの元凶となったローブが置かれている。
「……頑張って直したんだな」
「少し休みたいの」
「分かっている。遅くまで作業をしていたの?」
俺は、机の上のローブにゆっくり近寄り、手に取った。
かなり年季の入ったローブだ。
そこに、昨夜直したと思われる跡が見られる。
直した部分が本来の色か……
デボラが知っているローブは、全部この色だったんだよな。
内側の布は痛々しいほどに破れた後が残っていた。
ふと、机の上に、ギルドのプラチナカードとネームタグが置かれているのが見える。
いつも、ネームタグは首にかけているのに……
プラチナカードも、空間バッグにしまっておくと言っていたはずだ。
「デボラ、ネームタグは寝る時は外しているの?」
「少し休みたいの」
ベッドの上の膨らみは全く動かない。
「プラチナカードは?」
「少し休みたいの」
会話が、噛み合わない?
「デボラ?」
俺は、嫌な予感がして、布団を剥がす。
デボラの声は答えた。
「少し休みたいの」
「デボラ!!どこだ!デボラ!!」
俺は焦る。
部屋を見る。
浴室も……なんだ、この汚れ?
それは、出会った日、カレンに洗われて浴室が茶色になっていた色と同じ……
俺は、その瞬間、デボラを追い詰めてしまったことを悟った。
「デボラ!デボラ!!」
慌てて、部屋の扉を開けて、屋敷中を叫ぶ。
「おい、どうした!レグ、落ち着け!何があった?」
ちょうど食事を終えて歩くキリフとすれ違い、俺の様子を見て声をかけてくる。
「デボラがいない!デボラが!デボラがいない!みんな、探してくれ!デボラがいないんだ」
俺は、もはや半狂乱になり泣き叫んでいた。
明日は二回、朝と21時10分更新予定です
恋愛ジャンルが入るので苦手な方はサクッと読んでください。
ストーリー的には少し進んでいきます




