52 いるはずのない子供
外に出ると、誰もいない。
レグスタインの別宅は、普段は街の雑踏から離れるために作られたものらしく、街からは外れていて、ずっと先に灯りが見える。
「とにかく東よね。城が見えたら、その周辺の山を探してみようかしら?」
その進む中で、カツン、カツンと自分の足跡の音が博物館の時と同じように響くことに気づく。
「あ……もらった革靴履いてきちゃった」
慌てて、自分の足元を見つめる。
ダンジョンの中は処刑だったのだから裸足だった。
ただ、浮かぶこともできたし、寒い時には、持っている布でカバーした。
「実は、きちんと靴を履いて歩くことはあまり慣れていないのよね。この靴は、歩き慣れていないから、まだ革が固くて踵が痛いわ」
でも、これは、レグトキリフが私の日用品として買ってきてくれたものだし……
立ち止まってうーんと考える。
「履かないというのはないわね。いくら認識阻害をかけても、裸足は目を引くわよ。ありがたく革がくたくたになるまで使わせてもらうわ」
大切に履こう──
「そうだわ!道の端を歩けばいいのよ!」
道は石造りで、歩くと更に、硬い革が足を擦って痛い。
「端には少し土と緑があるから、衝撃が緩和されるかしら?」
少しは足の痛みが和らぐかと思ったが……
「うーん、やっぱり、足、痛いな……」
じわっと、踵に血が滲み、血が垂れるのが見える。
靴擦れだ。
「ヒール」
瞬時に、魔法をかけて靴擦れを治すが……
「これは、だめだわ」
塞いだだけに過ぎない傷は、5分も歩き出すと、すぐに痛みはじめた。
「いたっ!」
再び足と靴との摩擦で血が垂れ始め、靴から脚を外すとポトリと血が垂れた。
がっくし……ヒール失敗……
「それなら、5ミリほど浮いて歩いてみようかしら?」
でも、ふわふわ歩くとやっぱり不自然?
認識阻害はしてるし、夜なら酔っ払いが歩いていると見逃されないかしら?
私は、空を見上げて、再びため息をつく。
「一気に箒で空に上がってもいいけど、絨毯が飛んでいるものね?」
数枚空を横切るのが見える。
そこに、箒で「こんばんは」と言ったら、間違いなく騒ぎになる。
「うーん……何か手はないものかしら?」
そうだ!
思わず手を叩く。
先ほどから、目の前を何度か馬車が通り過ぎていくじゃないの?
夜は、荷物を運んでいるのね。
人は乗っていない。
これをお借りしてしまおう。
私は周辺をキョロキョロと見て誰もいないことを確認し、通り過ぎた瞬間の馬車にふわりと浮いて乗り込み、荷物と荷物の間に滑り込む。
その狭い空間で、ホッと息をついた。
これで、人から見られることなく魔法が使えるわ。
靴を脱ぎ、もう一度回復魔法をかける。
「革を柔らかく……」
私は空間バッグから出したドラゴンの脂を踵の革に染み込ませ、風魔法で少し革に熱を加え柔らかくする。
触ってみると、指で簡単に形を変えられるぐらいまでやわらかくなっていた。
「よしよし。これで足の問題は解決!」
ふふっと笑みを浮かべ、改めてこの馬車を見回した。
勝手に乗ってしまって、お礼をしないわけにはいかないわ。
でも、お金はないのよね。
うーん……高価すぎるといけないし……
お礼は……そうだ!
先ほどまで、師匠のローブに使っていたワイバーンの革の端切れならどう?
もちろんワイバーンが珍しいのは分かっているわ。
でも、端切れよ。小物ぐらいの革にしかない大きさなら、そこまでの価値にはならないし、騒ぎにはならないと思うの。
私は、空間バッグから10センチ四方のワイバーンの革を、荷物と荷物の間に挟んで置いておく。
「でも……小さすぎるわよね?ゴミと間違えられそう。もう少し大きい方がいい?」
私は、10センチ四方の革をじっくり見たが、小物でもコップの下に敷くコースターぐらいしか使えそうにない。
「うーん……せめて、本ぐらいの大きさにしようかしら?」
私は、本のカバーにできるぐらいの大きさのワイバーンの革をもう一つにもつの間に挟む。
「ちょっと存在感がでたわ!これなら、この馬車の主人が読む本のカバーにちょうどいいわ。きっと上品に見えると思うの!」
お礼を決めたらほっとした。
馬車の壁に寄りかかり、揺れを和らげるために少し浮かぶ。
真っ暗な道に沿って、馬車は東に向かってただ進む。
(思った以上にこの街の知識もないし、魔法を使えないのは不便だわ)
転移するにしても、正確な行き先もわからないし……
馬車は石畳の路面の上を激しく揺れながら、やがて橋を渡る。
「橋……川が流れているわ。川は……私の記憶にはないわね」
でも滝はあった。
川をのぼっていけば、集落のある滝に行けるかもしれない。
でも、シャルバンポール城からは離れるかも……
もっともっと私のいた集落は東なのかもしれないし……
迷っている間にも、馬車は走り続け、やがて、その橋を抜け、閉まった店がある通りを走り始め街に入ったことを悟った。
馬車……降り損ねちゃった。
馬車はまだ東に走り続ける。
どうしよう。
結局、知らない場所に一人でいることがとても不安なのだ。
シャルバンポール城の近くまで行くとは限らないし、どこか人目のないところで降りた方がいいわよね?
何度か馬車を乗りつごうかしら?
この馬車に乗ってから、何度目かのどうしようを考えていると、目の端に路上生活をしている人たちが歩いたり、道路に横になっているのが見える。
馬車が走る大通りは、普通にお店が並ぶのに、その店と店の隙間には新聞紙があちこち広がっていて、その下には人が眠っている。
店の前のゴミ箱を漁って歩く人もいる。
それなのに、人の会話はなく無音で気持ち悪い。
みんなが話していた貧民街は、街の中にあるのね。
少し荷物から体を出して、外の様子を伺う。
そこで、何やら揉めている集団も……
「けんか……かしら?」
ドカッ
明らかに、殴られる音がして、誰かが吹き飛ばされる姿が、その場から遠ざかる馬車の中から見える。
痛そう……
思わず顔をしかめて、その人影を見る
えっ?
私は、荷物から完全に体を乗り出し、その人影をじっと見た。
(あれは、まだ子供じゃないの!)
きょろきょろと周囲を見回すと、路面に貧民街の住人たちはいる。
それなのに……誰も助けようとしない。
というより、見えていても見ていない。
私はぶるっと震えた。
何なの?これ?
目の前のことに、全くみんな関心がなさそうなんだけど……
あの子、大丈夫かしら?
私は、馬車が曲がった瞬間に、浮遊して馬車から降り、先ほどの場所に戻っていく。
「このくそが!」
「いいもん着ているから身ぐるみ剥いでしまおうぜ」
「おい、なんか言えよ」
殴られ、蹴られ、もう子供に意識はなさそうだ。
血の匂いがする。
おそらく、骨も折られているだろう。
大変!
私は、指先から小さな風を作り、それを自然な風に乗せる。
ウィンドストーム!
口の中で呪文を唱えると、魔法がのった風は、一気に大きなつむじ風となる。
「大変だ!竜巻だー!」
私は男性が出すような低い声で叫び、その風を移動させる。
一気に街の新聞が吹き飛ぶ。
「うわわあああああ!逃げろ」
子供に危害を加えていた大人の男たちは、風から逃げるためにその場を走って離れていく。
更に、風を大きくすると、ゴミ箱、木々の葉や枝が一気に飛びまくる。
(あの子を助けるまでに、人目をなくしたいわ)
私は更にみんなを煽る。
「逃げろ!竜巻がくるぞ!」
細い路地にいた、貧民街の住人も急いで移動をはじめる。
「ストーム分散!怪我しないレベルでみんなを追いかけて」
大きな竜巻は、それぞれ、細い道を小さな渦巻きの風となって逃げ惑う人々を追いかける。
その間に、私は道路に横たわったまままの子供に駆け寄った。
子供は、うつ伏せで微かに動いている。
だが、ビロードの上品な生地の服はボロボロに破れ、その破れた隙間からは血が大量に溢れている。
なんてひどいことを!
「だいじよ………えっ!」
大丈夫かと言いながら、子供を抱き起こす。
だが……私もその次に出る言葉がなかった。
意識なく、人々に殴られ、蹴られていた子供は……
アレン!!
なんで枢機院のトップがこんなところに一人で?
私は、彼についていたはずの付き人はいないのか探る。
だが、彼を見ているものは誰もいない。
(今こそ、この子を守る時でしょう!何で誰もいないのよ)
今日、彼の魔力を少し遮断して別れたばかりなのに……
魔法が使えないのに、なんでこんなところにいるのよ?
あまりの怪我の酷さに、胸が痛くなる。
早く何とかしないと……
私は焦り、どうしたものかと悩む。
とりあえず、治療が必要だけど……ここは、危険すぎる。
アレンは身ぐるみ剥がされかけていたように、質の良い服を着ている。
更には子供だったので狙われたのだろう。
「風が収まれば、すぐみんな戻ってきてしまうわ」
アレンをこっそり浮遊させ、自身が抱き上げたように見せる。
「とりあえず、治療場所を探しましょう」
私は、アレンにも認識阻害を施し、再びやってきた馬車に、アレンを抱き上げたまま浮遊して乗り込む。
やがてその馬車は街の中心部から離れ、デボラ自身もどこかわからない場所に行くのだった。




