46 【キリフ視点】 自覚ない恋心に目をつぶれ
「まさかお前がジークを引き入れるとは思わなかったな」
空飛ぶ絨毯の上で、俺──キリフとレグスタインは、先ほどまでのギルドでの出来事を話し合っていた。
俺は、レグがギルド長であるジークを快く思っていないことを知っている。
そして、命をかけて守ったにもかかわらず、お礼一つまともに言わず、むしろデボラに傷つく言葉を投げかけたユリアのことも。
俺の気持ちを理解して、レグは表面上は俺やみんなの前でそんな態度を取らない。
でも、デボラのためにジークに怒鳴ったり殴りかかる過去の行動は、普段のレグからはありえないことだった。
「ギルド長を仲間になんて引き入れたいわけがない。デボラが正体が知られるということは、周囲に300年前の魔女であることが漏れるリスクも高くなるんだ」
レグスタインの表情はとても固く、悔しそうに顔を歪めていた。
「だよな……」
俺はその返答につぶやく。
「いつものお前らしくない」
デボラに関して、レグは周囲に容赦がない。
バインは、薄々感じているが、デボラとのスキンシップの距離感も今までのレグらしくない。
こいつは、にこやかに女性を褒めながら、腹の裏で毒吐くような性格の男なのだ。
それが夜、引っ付いて離れなったからといって、ベッドで添い寝するなんてありえない。
もしかして、本気でデボラのことを想っているんだろうか?
「でも、仕方ないだろう。俺には圧倒的に彼女を守る力も権力も足りない。ダンジョンの時のように、下手をすれば彼女からまた守られてしまう」
思わず両手で自らの顔を覆い、自身の力のなさに落ち込むレグスタインを見て、俺は目を見開いた。
あんなに自信満々なレグが?
「それはみんな同じだ。おそらく彼女より強い力のある奴はいないだろう」
レグはやっぱり本気でデボラに心を奪われてないか?
俺は焦り始める。
おいおい……貴族である俺たちとデボラが添い遂げるには、彼女が国内で最大の魔力を持つ女であることを世間に知らしめるか、駆け落ちでもしないと無理だぞ。
俺は、レグスタインが自覚していない厄介な気持ちを見てしまい、知らなかったことにする。
それなのに、同時に、レグスタインが悔しそうに歯ぎしりする姿を見つめながら、かつてユリアに恋をして、成就できず引き下がった俺と重なって見えて、その気持ちを支えてやりたい気持ちになる。
枢機院という大きな組織と、貴族5人の息子で構成される国内最強パーティーを比べてみろ。
俺たちパーティーの力なんて、せいぜい縁組にはいい肩書きであっても、枢機院という国内最大宗派のトップの集まりに叶うはずがない。
対抗できるのは独立した別組織のギルドだけ。
悔しくても、レグはデボラを守る最善の手を的確にとっている。
「ギルドは、デボラのもつ物や力を欲しがるだろうが、枢機院のように彼女の尊厳を奪うような欲しがり方はしないだろう。
枢機院が求めるのは、300年前の皇帝と真逆の【高い魔力を持った女】だからな。俺は、ジークにデボラを守るための協力を得ようと考えたのは最良の判断だと思う」
しかも、ジークはデボラに恩がある。
ユリアの協力をもらってでも、枢機院からデボラを守る算段をしてくれるだろう。
「俺が思った以上に、300年前と今の常識の差が大きすぎるんだ。あと、シャルバンポール城の中の情報の把握は、俺たちでは限界がある。ギルドなら金銭的価値のあるものは全て把握しているからな」
レグスタインは、苦しげに顔を覆い続ける。
自分が好いた女を、自分の力で守れない。
それは悔しいだろうな。
「歴史博物館のグレードが、城の中にある歴史的に価値のある物を知る機会がないことを嘆いていただろう。
デボラの師匠が《D》の魔法使い部隊となんらかの接点があったなら、城にはデボラの師匠や他の魔女の情報がまだ隠れている可能性が高い。
だが、枢機院の中にあり、中を探ることもできないとなると、いろんな方面でギルドの力が必要なんだ」
「たしかに、ギルドなら、どこにどんなものがあって、いくら積めば手に入るかまでの情報を持っているだろうな」
俺は、デボラへの気持ちに気づかないくせに、情報を得るために冷静な判断をしていくレグに驚きを隠せない。
なんか、もう少し自分の感情のコントロールが効かなくなるレグを見たいんだが……いや、それはそれで恐ろしいか。
暴れるレグスタインを想像するとぶるっと震える。
いやいや、このまま淡い恋心に気づかないままでいてもらおう。
叶う恋ならまだしも……こういうタイプで、成就しないで暴れられたら、死人が出る。
俺は、気を取り直して、空飛ぶ絨毯が進むデボラが待つ家の方向を見つめる。
「300年は長いな。ただ、デボラの仲間の故郷を回るだけかと思っていたのに、その仲間一人一人の故郷をひとつひとつ調べないといけないんだから……」
数年で回り終えられたらいいが……
だが、俺たちも、貴族の責務から逃げ回っているが、みんなこの後は縁談、結婚となっていく未来は見えている。
完全に婚期を逃した俺ですら来るだろうな。
数年で旅を終わらさないといけない。
いつかは、6人で暮らし続ける生活に終わりはくる。
デボラは、俺たちが拠点とする家でカレンと過ごすことになるだろう。
「魔女の仲間といっても、同じ集落で過ごしたものだけではなく、ダンジョンで初めて出会って会話を交わしたものも含まれるわけだろう?国内の魔女だけとはかぎらないしな」
レグスタインは、歴史博物館の売店で購入した地図を広げて、ボタンを押す。
すると、空中に地図が映し出される。
茶色に塗りつぶされた土地と、薄く透明になった陸地が重なる。
茶色が300年前の国の形らしい。
今の国の形態より少し横に広い。
「今の国の形とは違って、隣の国にまたがっている場所があるんだよな。デボラの故郷とカラリ村は、おそらくなんとかなりそうだけど」
レグスタインは、さらにその地図に触れる。
するとピンが立ち、シャルバンポール城が現れる。
「デボラが住んでいた集落の森から右手に城があると言われていたらしいんだけど……」
肉眼で城が見えるならこのあたりだろうか?
レグスタインは、ピンが立った城の西を指差す。
「でも、シャルバンポール城がこの方向にと言われていただけで、実際に見えていたわけじゃないんだろう?本当に木々が城を隠してくれていたんだろうか?」
あれ以上デボラに傷ついてほしくはないが……
マルコスといい、デボラの師匠といい、本当に味方だったのかが怪しい。何も世の中を知らない魔女たちを欺いていた可能性はある。
俺が地図を見ながら唸る横で、レグはやはり冷静だった。
「行けるところを一つ一つ抑えるしかないな。それに、仲間のために遺品を届け終わったら、最後は、彼女の気持ちにケリをつけさせるためにも【デボラのための遺品】を届けないといけないところがあるんじゃないか?」
「デボラのための遺品?」
デボラは生きている。
だが、デボラがダンジョンの最後に終わらせたかった理由は戻りたい場所と人がいないためだ。
俺は、どんな人物か分からないが、デボラの師匠こそが、これからの彼女の未来を作る全てのキーパーソンのような気がしていた。
「デボラの師匠、ラファ。デボラが最後にいきつくところは、場所じゃなくて、ラファという人の元だろう。彼女の眠る場所を探してやらないとデボラの300年前は終わらない気がする」
レグスタインは、苦しそうな顔をした。
そこまで、レグはデボラのことを考えているのかよ。
俺は衝撃を受ける。
現時点で、敵の魔法使い部隊の道具を大量に融通できるラファが裏切り者である可能性が高い。
それでも、親代わりで、彼女を魔女に育てた女性だ。
「全てが終わった時、デボラはどうするんだろうな?」
俺は、デボラが待つ方を見て呟いた。
◇
だが、その頃──
歴史博物館で、過去の思い出を探しているはずのデボラが、とんでもない新たな騒動を巻き起こしているなんて……
デボラの規格外をどう守ったらいいのか悩むレグスタインに言えるとしたら、俺たちが守ろうとすることがそもそもの間違いなのだと言うだろう。
もしかしたら、この時代で俺たちこそが、デボラの新たな足枷になっているかもしれないことに、俺はまだ気づいてなかった。




