45【ギルド長 ジーク視点】 すべては恩人のために
「ギルド長、ブラックコウモリの魔石ですが、問い合わせが殺到しております。量が多いだけに、一気に放出するよりは、少しづつギルドの保管庫から売りに出す方が、価値を更に上げることができるのではないでしょうか?」
副ギルド長からの提案に、俺、ジークフリトは唸っていた。
「一気に450個、それも1週間でルートを作るとなると値崩れは起きるよな。今後こんなに一気に手に入る機会がなけれは、確実にこれから値が上がる。
投資目的に必要なくても欲しがる奴だっているし、話題の魔石で飾り立てたい奴も多いか……」
本当は、生活に困っている冒険者や怪我の後遺症で仕事がない奴らに生活を少しでも良くするための魔石を少しおろしてほしいというつもりで、レグスタインたちには言ったんだが……
ダイヤモンド鉱山が3つほど突然現れましたというような騒ぎだもんな……
俺は、予定外の連続で、どう動くべきか迷っている。
本当は、失恋、いや下手すれば愛する人の喪失の痛みを抱えて仕事に明け暮れるはずだったの予想しないことばかりの連続だ。
ユリアは日増しに元気になるし、毎日ユリアが納得するまで愛を囁くハメに……いや、それは嬉しいんだけど……
「レグスタインたちに支払える金を作らないといけないだろう。
払えなければ、魔石はレグスタインたちに返すことになり、他所の国のギルド行きになる。それならうちで一気に放出した方がいいだろうな」
ブラックコウモリの魔石なんて、10年に一度オークションにでてくるかどうかの一品なのに、450個。
欠けなし、品質よし、魔力濃度高く、見た目も宝石
ドレスに魔石を飾る趣味を疑う俺だって、ユリアに一つ贈りたくなる。
はぁーっ、ため息しか出ない。
その時──
「レグスタイン様とキリフ様がギルド長と面会したいと言っておられます」
「は?1週間待ってくれとお願いしたよな?まだ二日しか経ってないぞ?」
俺は慌てて立ち上がる。
まさか、やっぱり売るのはやめた!とか──
あいつらに無理難題ぶっかけて、更にキリフにも悪いことをしてしまったしな。
だって、ユリアが俺のことを思ってくれていたなんて……
怪我なんて関係なく、俺と一緒にいたいと思ってくれていたなんて思いもしなかったんだ。
当て馬にされたキリフが、冷静になって怒りをぶつけてきた可能もあるな。
ブラックコウモリの魔石は全て返せ!とか……
どう言われても受け入れるしかないか……
あいつは、俺やユリアのせいで、十数年、他の恋愛をする機会も、結婚の機会もこれまで逃してしまったわけで。
俺たちのパーティーがあんなに後味の悪い解散の仕方でなければ、その後は神官として道を極めて、冒険者であり続けることもなかったのかもしれないし。
「入ってもらってくれ」
俺は、殴られる覚悟でレグスタインとキリフを迎え入れた。
◇
「ジーク!お前にしか頼めない。力を貸してくれ」
部屋に入って早々、キリフとレグスタインが俺に頭を下げてきた。かなり切羽詰まっている。
「おい、どうした?何があったんだよ。そりゃお前たちには大きな借りがある。俺ができることならなんでもするさ」
全然、予想していた話と違って俺は呆気にとられた。
だが、レグスタインがとキリフのその表情は、かつて俺がユリアの命がかかっている時、ユニコーンの角を探していたときと同じくらいの切羽詰まった感だ。
俺に依頼するということは、自分たちでは手に入れることが難しいものか?
「枢機院にあるマルコスの画で「水浴びの少女」の絵を手に入れてくれ」
レグスタインの目が珍しく動揺を含んでいる。
「もちろん、金に糸目はつけない。ブラックコウモリの売り上げは全額支払っても構わない」
「へ?マルコスのあの絵は確かに有名だが……そこまでお前たち絵に関心があったか?」
ブラックコウモリの売り上げ全てをかけるほどの素晴らしい絵だとは思わないが、それを受ければブラックコウモリの魔石の売買のペースはこちらで調整が可能になるが……
「枢機院にはいろんな絵が飾られているから、よっぽどその絵に思い入れがない限りは、金と引き換えなら売ってくれると思うし、誰が買ったかも足はつかないと思うが……」
俺は、【水浴びの少女】の絵を思い浮かべた。
300年ほど前の画家で、当時の皇帝のお抱え絵師だったか?
「そこまで絵がうまい画家とは思わないんだけどな。花を描いた作品を見たことがあるが、センスのある構図とは言い難いし。ただ、確かにあの絵だけは、湖の清涼な水と少女の若さの瑞々しさが対比となっていて、少女の無垢な心が伝わる……ん?」
俺は、あの絵の価値について述べようと頭に絵を思い浮かべた。
あれ?
なんだ、この違和感は……
「気のせいか?デボラに似てないか?その少女……」
違和感の正体は、絵の中にいる少女だ。
俺の恩人で、正体不明──
この世でただ一人、魔法が使える女性であるデボラ……
似ているのは気のせいだよな?
だって、あの絵は300年も前で。
「俺がバカなことを言っていると笑って欲しいんだが……デボラは、この世界でただ一人の魔女で、ギルドが見張るダンジョンにも勝手に入り込めるし、ダンジョンの魔女狩りの時代の魔女の薬を鑑定できる、法外な力を持つただのすごい少女……だよな?」
俺は何を考えているんだ。
300年前の魔女狩りの魔女が、生きて過ごしているなんて。
ドクン ドクン──
バカな考えなのに額と背中から汗が流れ、ドクドクと胸の鼓動を感じる。
これを知ってしまったら、俺はもう戻れない。
そんなわけがわからない不安。
「ただ、デボラがこの世で唯一、高い魔力を持って魔法が使える女性だから、お前たちは、枢機院に狙われないように守っているんじゃないのか?」
俺の声は、掠れていたと思う。
もし、俺が思っている通りなら、かわいい魔女なんてもんじゃない。
「知りたいか?」
キリフが、それを知る勇気はあるのか?と俺に聞いているようだった。
「加えてもう一つ、この世にまだ出てきたこともないような物を売り捌けるルートは作れるか?」
レグスタインが、淡々と俺の目を見つめて聞く。
ひゅっ
俺は息を飲んだ。
ギルド長なら、誰だって扱ってみたいさ。
そんなお宝や素材。
だけど、その出先の情報を完全に秘匿できるかということだろう?
「プラチナカードを受けたデボラは一番最初に、その出先として疑われてしまうだろうな。その素材を、他の国のギルドから出たような形を必ず取らないといけない。
他国のギルド長は必ず協力はする。だが、デボラがすごいルートと力を持った少女だという認識は持たれるだろう」
下手をすれば、他国の要人たちの耳に入れば、デボラを手に入れたい、正体を知りたいために、俺の家族であるユリアを危険な目に遭わせようとすることがあるかもしれない。
「ユリアに理解をもらえないと無理だ。理解をもらうとなるとそれなりの事情を彼女にも説明しないわけにはいかない。財宝のためなら目の色が変わる奴らはいるからな。
そのお宝を守り、情報源を守り、家族を守り切らないといけない。今の俺には無理だ」
かつてのユリアなら、返り討ちにしただろうが……
ギルド長としては失格だな。
ギルドの繁栄より、妻の方が大事なんだから。
レグスタインはそれを聞いて頷いた。
「そうか。それなら、誰も絶対に入ってこない、魔物が出ても外に流出することもないような閉鎖的な広い空間を借りることはできるか?」
「それは……無いわけではないが……俺が入らないと無理だ。だから、そこでする作業は俺の前で行なってもらうことになる。」
あああっ!
どうする?
結局、デボラの正体を俺は知ってしまうことになるじゃないか。
「わかった。俺とユリアにとって、デボラは命の恩人だ。物を売り捌けるかどうかは、絶対とは言えない。デボラの安全にあわせて決断する。場所と確保する。
その代わり、デボラの正体をきちんと正しく把握させてくれ。俺とユリアはお前たちの仲間に入り、全身全霊をかけてデボラを守ることを約束する」
俺はレグスタインとキリフに頭を下げた。
◇
「【水浴びの少女】の絵は、すぐになんとかする。本当にブラックコウモリの追加の金はいいんだな?」
「いらん、そっちこそ、前金1000Gは返さなくていいのか?」
「いい。もしもの時のデボラの逃亡資金にしてくれ」
俺はもう戻れないという気持ちと、あの人外な強さと人の良さを持った魔女デボラの役に立ちたいという気持ちになっていた。
ユリアにも、デボラの置かれた事情を話さないといけないだろう。
300年前の魔女か──
ギルドなら彼女が探し求める物や情報を手に入れる手段を持っているのは間違いない。
レグスタインとキリフが、覚悟を決めて俺に打ち明けに来た理由は納得できる。
「絵が手に入り次第、希望の場所も確保して連絡する」
俺は、大事な局面でいつも決断できなかったからな。
今度は、友人のため、命の恩人のためにきちんと動くさ。
全てを知った時、後悔をするかと思ったが、意外にも今度は大切な人たちを守れるという安堵感が俺の中で広がっていた。




