44 片づけられない女ではないの
「まだ起きているのか?もしかして眠れ……うわっ、なんだこれは?」
ドアをノックされて返事をすると、おそるおそるドアを開けたレグスタインが、目の前に広がる私の魔法に使う道具のオンパレードをみて驚愕している。
ちょっと出すだけのつもりだったのよ。
気付けばあっという間に床一面が道具だらけになってしまった。
どうやら、空間バッグの中身もだが、私は片付けられない人らしい。
「空間バッグの袋の中身を出せるものだけでも出して、仲間の故郷のヒントになるものはないか調べていたんです。
ただ、中身が多すぎちゃって」
片付けられない人だということを誤魔化したくて、中身が多すぎる問題にすり替えようとしてみる。
「そんなに、バッグの中身はいっぱいなのか?」
目を見開き呆れたように聞くレグスタインをみると、嘔吐に、抱きつき行為、同衾疑惑に、風呂入らない界隈、文字が読めないテーブルマナー知らず。
レグスタインにとって、少しも私、いいところがないわ!
片付けられない問題は、中身が少なければ片付けられることにしていいはず……
しぶしぶ仕方ないという顔をして、言い訳にはしってみる。
「300年前は生きるか死ぬかだったので、使えそうなものや、すぐ処理が難しいものは全部投げこむしかなかったんですよ。ただ、地上に上がりましたし、空間バッグには欠点があるんでそろそろその対応をしようと思ってるんですよね」
これは仕方ないことだわ。
誰だって、片付けなんてできないわよ!
ほら、レグだってそう思うでしょう?
それを前面に押し出したが、レグスタインが注目したのはそこではない。
「欠点?」
流石、レグだわ。
空間バッグが乱雑なことなど些細なことだとスルーしてくれているじゃないの!
そんなレグスタインは、間違えて広がった道具を踏まないように恐る恐る部屋に足を踏み入れながら心配そうな顔をする。
そして、触れてもいいかと確認して、足元にあるビーカーを手にして眉間に皺を寄せていた。
「やっぱり《D》のマークが入っているんだな」
独り言をいうように、レグスタインは呟いている。
「ね、同じでしょう?博物館にあるものと」
ここにあるマークを見れば、あのすり鉢が私のものだと主張する理由も納得だと思う。
「だから、空間バッグにある師匠からもらったものも全部確認したくて」
私は、スッと手を伸ばすと、床から体に馴染む杖が浮き上がり、手の中に収まる。
その杖の底にも《D》が彫り込まれている。
普段は使わないので、すっかり存在を忘れていたが、私の力を増幅させることができる、グレンにも自慢できるすごい杖だ。
「空間バッグは異空間と繋がっているの。時間を止めるし、大容量だけど、自分が出したいものを求めないと出ないのよ。
ところが、多すぎて何を入れたか思い出せなくなって。この杖もダンジョンで落としたのかなと思っていたのよね」
頭に思い浮かぶ道具を出しただけで、この床だ。
まだ、袋の中にはたくさんの道具がある気がする。
「亡くなった仲間の空間バッグの物を引き継ぐ時は、一度すべてを外に出すと念じたんです。同じ要領で、このバッグの中身を全て出せば、何が入っていたのか分かると思いまして……」
ダンジョンの中だったので、軽い分類をして、それぞれ私のバッグに入れただけだ。
じっくり中身を確認していない。
「なるほどな。ユニコーンの時は、ユニコーンを出そうとデボラが思っていたから出てきたってことか。普通、あんなのが袋の入り口にあったら邪魔で奥のものが取れないよな」
レグスタインは、ナイトシャツの姿でリラックスするように、私の横に座る。
「俺は魔法使いの道具はグレンのものしか知らないけど、かなりいろんな種類があるな。剣士は量は多くないし、今の時代は空間バッグがないから、素材も圧縮するか、その場で加工するしかないんだ」
「そうなんですね……私たちが出会ったようなあんな深いダンジョンは、そうないですし、普段ならそれで対応できますよね。」
私もため息をついた。
300年潜るとは思わなかったけど、それでも、楽に数年は下層300階までかかっている。
普通のバッグであのダンジョンに入れば、年月で素材もダメになるし、魔石もみんなで分けても重くて運べる量には限界がある。
「私も今回は特別なんです。亡くなった仲間の薬や道具、素材は私がダンジョンで使うものとしてもらって、後はみんなの遺品になるんですけど、普通こんな何人分ものバッグの中身を受け継ぐことはないんです」
もう食料を溜め込んでおく必要はない。
素材は取っておいた方がいいが、生涯で使う量は限られる。
外に出したらダメになるものは調合して、使える薬や道具に変えた方が、みんなのためになるだろう。
「遺品には、故郷のヒントが含まれているものも多いと思うんです。片付けをして、何が入っているのか把握するためにも、一度全部袋から出して、物を減らしたいんです」
「全部……ユニコーンも?」
レグスタインが、以前私が見せたユニコーン一体の丸々を思い出したらしく、眉をひそめた。
だが、あんなのは死んでいるからなんとでもなる。
「ユニコーンぐらいなら簡単なんですけど。この間のマージェスター通りの話に出てきたゴーストウルフになる前のスピンウルフなんかも、解体が面倒で空間バッグに投げ込んでいて……」
「そ、それ、出して放置したらゴーストウルフに……」
「そうです。なります」
私は、うんうんと首を振った。
死んだあと復活する魔物の方が厄介。
だから、安全で広くて、誰にも見られないところで、すべての解体と、袋の整理をしたいのだ。
だが、穏やかに私の話を聞いてくれていたレグスタインの顔が完全に固まった。
「ちゃんと処理しますよ?」
レグの責任感が強い性格を考えたら、外に魔物が放出する可能性のあることはしたくないのだろう。
うーん、と言葉の次が出ない。
「この間小さい魔石袋だけで15トンだったよな」
レグスタインの目が泳ぎ動揺している。
「大丈夫です。もう机を壊しませんとも」
私は胸を張って、あんな失敗はしないと誓う。
「大きい魔石もゴロゴロして困ってるんですよね。売れるといいんだけど」
正直、魔石も道具を作る時の魔力の原料に使うぐらいで、しっかり暖かいベッドで眠らせてもらった今、私の魔力は満タンフルチャージで使い道はない。
「そんなにまだ、魔石があるのか?」
レグスタインは、ごくっと唾を飲み込む。
「そうですね。黒竜を除く299階分のボスは仲間たちと倒しましたので、その魔石はこの中にあります」
「そうか」
がくっと膝をつきそうな勢いで、黙り込む。
「どこか、全部出しできるいい場所はないでしょうか?」
「うーん、当てがあるにはあるんだが……」
レグスタインの歯切れは最後まで悪かった。
◇
翌朝──
私は、みんなと一緒に朝食を食べることに苦戦していた。
「パンは手でちぎって食べていいよ」
渦を巻いたパンに、私はナイフとフォークを突き刺す勢いで切り刻もうとすると、隣に座るヘンケルが声をかけてきた。
「手で?本当に?」
ほっとして、私はパンを手に取る。
みんなも、それぞれの手元にあるパンをちぎり、バターをつけて口に入れている。
なるほど……
私もそれを真似て、同じようにするが……
渦巻きのパンは、ボロボロとパン屑が落ちるわ。
せっかく綺麗な服を着たのに、パン屑だらけになっちゃう。
「デボラ様、ナプキンをご利用ください」
ココアが横から膝の上に敷こうとする。
「ごめんなさい。こぼしちゃったパンはどうしたらいいかしら?浮かすわけにはいかないし……」
5人がギョッとしたように私を見る。
だから、浮かしたらダメってちゃんと言ってるでしょ。
浮かしませんとも。
私は、ちゃんと淑女のように対応する。
「浮かす?なにかのジョークですか?こちらで対応しますので気になさらず。ですがこぼさない練習をしていただけると助かります」
ココアはニコリともせず、むしろ嫌悪感いっぱいに私の膝にナプキンを敷く。
「ココア、なんて失礼な物言いをするんだい。デボラ様、気を悪くされたなら、年配の侍女もおりますので変更しましょうか?」
マーヤは、ココアが自分の娘ということもあり、肩身が狭そうに苦しげに顔を歪めた。
「ココアさんは、おかしいことをおかしいというだけだから気にならないわ。一番怖いのは、大丈夫だと言って大丈夫じゃない状態にする人よ。レグが信頼しているマーヤとその娘さんなんだもの。私は安心して色々聞くことができるわ」
それを見て5人とマーヤはホッとしたように肩を下ろす。
ココアさんは厳しいが、意地が悪いわけではない。
良くも悪くも正直。
分からないならさっさと学びなさいよ!
そんな感じだ。
だが、ココアさんは私の返答が気に入らなかったらしい。
「大丈夫じゃない状態の人を、大丈夫だと送り出せば、レグスタイン様の名誉に関わりますので」
そう言って、ココアはツンとしたまま、私の後ろで食事のフォローを続けるのだった。
「ところで、今日のことなんだが……」
キリフの歯切れが悪い。
レグスタインと目を合わせ、グレンにも目線を送る。
グレンも無言で頷いている。
なんなのかしら?
「歴史博物館は、お前たち3人とデボラだけで行っても大丈夫か?」
「昨日みたいに、感情が激しく昂ることはないと思うわ。むしろ、グレードさんがおられたら、300年前から今までの経過を聞きたいと思っているの」
私が、口にパンを入れながらもごもごと話すと、後ろにいたココアから
「デボラ様、食べ終わって話すのです」
と言われ、慌ててごくっと口の残りを飲み込む。
マナーって大変だわ。
以前は肉を焼いて口の中で引きちぎりながら、みんなと喋っていたのだもの。
ナプキンで口を拭う間に、グレンが頷いている。
「デボラからは目を離さないように気をつけるよ。昨日の雰囲気だと、あの博物館に客が来ることは少ないようだしね」
「大丈夫、デボラが迷子になるなら俺と手を繋いで歩いたらいいしね」
バインも、邪魔者が今日はいない!と叫んでいる。
邪魔者?
昨日もいなかったと思うけど……
私は、うーんと首を傾げた。
「やっと、諜報の特技を活かす機会がやってきたじゃないか。俺に任せとけ!」
ヘンケルがいつになく自信ありげに私を見る。
なんだか心強いわ
私はいつにもまして嬉しくなる。
「キリフと俺は、ギルド長に掛け合うことが急遽出来たのでもう一度ギルドに行ってくる。デボラが部屋を荒らさないように、帰りは遅くならないようにするから」
レグスタインが私に笑顔を向ける。
もう!酷いんだから!
そんなに散らかす予定は……ない……はずよね?
博物館から帰ってからの私の行動は、レグスタインにとってお見通しのようだった。
本日は21時10分にも更新予定です




