39 私のイニシャルではないの?
「でも、本当にデボラのものだとしたらここにある説明が合わないんだけどな」
レグスタインが、ガラスケースの上に頭を寄せて、顎に手を置いてうーんと首を捻っている。
「なんて書いてあるの?」
「まず、見つかった場所が山じゃない。かつて300年ほど前にこの国を支配していた皇帝が住んでいたとされるシャルバンポール城だ」
「えっ?シャルバンポール……その名前には聞き覚えがあるけど、行ったことはないわよ」
私は少し動きを止めて、目を瞑りながら過去の会話を思い出す。
◇
「山の中にいるとシャルバンポールが目に入らなくてホッとするよ」
「権力者が住んでいるお城ね。街のどこからでも見えるけど、ここは木が私たちを隠してくれるものね」
私はベテラン魔女たちが雑談しながら酒を飲む横で、月を眺めていた。
夜風が気持ちいい。
特に、木々の葉のざわめきは、私の心の不安を打ち消してくれるような気持ちだった。
シャルバンポール城はこの国の支配者の居城だ。
彼は、いつも魔女がどこかで魔法を使っていないか、城の展望から探し続けているらしい。
私はこの場所に守られているんだわ。
姿が見えない私たちを追ってくることはできない。
見えない敵には、自分にそう言い聞かせて安心すしか方法がなかった。
「新しく皇帝になった男は、とにかく魔力を持つ子供を欲しがっているらしいが、ぜんぶ魔力なしだってさ」
「そりゃ、皇帝自身に魔力がないし、奥さんが魔力が高くなければ魔力が高い男は無理だろう。しかも、男を産まないといけないんだろう?」
「だから、多くの側妃を作っては産ませるがダメなんだってさ。女の子ですら魔力を持って産まれないっていうんだから、相当皇帝の血が濃いんだろうね」
「しかも、何人もの側妃が、魔力のない子を出産した後、その子もろとも、皇帝のお怒りを買って命を落としているらしい。恐ろしいねえ」
「魔女に対してだけじゃないのかい?とんでもないね」
酒がすすみはじめると、魔女たちの酒盛りゴシップ大会が始まる。
数年前に権力者が代替わりした。
その新しい皇帝は魔力がない。
魔力のないものが皇帝になることは、政権を不安定にさせることにつながる。
早く自分の後継は魔力があるものにしたいらしい。
「いろんな話があるよね。魔女狩りした女の血を、あの城で皇帝に注ぎ込んでいるとか……」
「あいつが権力者になって、魔力を持つ女や魔女への扱いは何年酷くなっているよ。何とかならないもんかね」
あいつ……といいつつ、みんなどんな顔かも知らない。
憎き皇帝の願いが思い通りにならないのはいいことだと言いつつも、魔力のある男児が産まれるまでは犠牲者が増え続ける恐ろしさにみんな震え始める。
私はそれを聞きながらふと気になり、魔女たちに声をかけた。
「そんなことを繰り返していたら魔力のある貴族女性がいなくなるんじゃないの?だって、皇帝なんでしょ?貴族じゃないと結婚できないじゃないの」
貴族の数には限りがあり、その中で魔力がある女性──
いるのかしら?
だって、私が捨て子だったように、魔力がある女は忌み嫌われる。
その中で高い魔力を持つものは魔女になるからと魔女狩り対象になっているのに──
「その通り。だから側妃になっている女は魔力があるといってもかなり低い。そして、子供にも引き継がれず、そのくせ、低くても女なのに、なまじ魔力があるから皇帝の怒りに火を注ぐ」
そういうと、会話をしている魔女たちはぶるっと体を震わせた。
「そろそろ献上できる女がいなくなるよ。どうするんだろうね?それこそ、魔女が狙われるんじゃないのかい?」
「それなら、一気に魔女狩りで殺される方が幸せかもね。デボラ、あんたは特に、若くて魔力が高いんだから気をつけなよ」
そう魔女たちに言われてこくんと頷く。
貴族の娘たちが、魔力があるだけでどんどん謂れ無い罪で殺されてしまう。
すでに魔女だったらどんな扱いをされるか?
皇帝って、そんなに独裁で務まるのかしら?
私は、シャルバンポール城があると思われる方向を見た。
◇
私は仲間たちとの過去の会話の中に出てきたシャルバンポール城と300年前の権力者である皇帝のことを思い出した。
「シャルバンポールね。でも行ったことはないわ。だって、私たちを殺そうとしている権力者の城よ。そこになぜ私のすり鉢があるのかがわからない」
それなりの異臭を放つすり鉢だったはず。
そんなものをわざわざどうして皇帝の住む城へ?
「説明によると、皇帝レオグラードの枕元で、薬師が調合するために使っていたと言われるらしい」
レグスタインは、説明文を読み上げる。
「調合を寝室で?しかもあの臭いミノタウルスの睾丸のすり鉢を?」
私は、あの臭いを思い出し、どんな趣味だと首を傾げる。
グレンも納得いかないようだ。
「マージェスター通りの薬屋を見てもわかるが、普通、目の前で魔法薬は作らない。
製法は魔法使いの専売特許だ。材料を知られることも、配合も、入れ込む魔力も人によって異なる。
それを、魔法を嫌い、薬を作ることもできない人の目の前で作るなんて考えられないよ」
私はもう一回、展示されているすり鉢を見直す。
どうみても、やっぱり私のものだ。
誰がこれを持っていったのかしら?
思わず黙って考え込んでしまった。
その時──
「おや、何やら気になるものがありますか?」
カツンカツン
眼鏡をかけ、柔らかいグレーの髪の細身の男性が、靴音を響かせながら、暗闇の奥から私たちの前にやってくる。
いつから様子を伺っていたのだろう?
声が聞こえてないか心配になる。
レグスタインの執事と同じように、まっすぐな背筋で無駄がない動きをしている。
それが、じっと観察していたぞと言われている気持ちになって、不安感が増すのだ。
私はそーっとレグスタインの背後に隠れた。
知らない人との接触は避けたい。
迂闊に何かを話さないか心配になる。
「こんなに一つの展示物を熱心に見てくださるお客様は久しぶりですよ。【閃光の頭】のメンバーの皆様と……数日前に話題になっていた女性でプラチナカードを手に入れられた猛者?」
そういって、ちらっと私を見て、大袈裟に驚くふりをする。
「いや、こんな可憐な方が??これは、驚いた。……あれ?どちらかでお会いしたことがございましたか?」
私は、小さく会釈して、更に完全にレグスタインの体の後ろに隠れた。
300年潜っていたのに、お会いするわけがないじゃないの
でも、そう言われると、何かしたわけでもないのに後ろめたさと何かで目をつけられたのではないかという恐怖を感じてしまうわ。
レグスタインも、そばにいたヘンケルに目配せして私の横を隠す。
「あなたは?」
「ご挨拶が遅れました。私はここの学芸員をしておりますグレードと申します。展示物のことで分からないことや疑問に思われることは何でもお聞きください」
レグスタインが、グレードの話に軽く頷き、質問した。
「この小鉢の説明がおかしいのではないかと、うちの魔法使いと話していたんだ。」
レグスタインは、説明文を指さす。
「魔法使いが作る魔法薬は、誰かの目の前で技術を見せることはないらしくてね。
権力者はなぜ寝室で薬を作らせていたのだろうな?」
グレードは、大袈裟にうんうんと頷いた。
「なるほど、専門性のある方からのご指摘、流石ですな。まず、薬の内容は諸説あるのです。」
「諸説?魔法薬ではない普通の薬ということか?」
キリフも関心を持って質問する。
「一つは、皇帝レオグラードは、魔力がなかったため魔力を含むものを作らせていた説。
魔力がないので魔力ある後継を作るのが急務で精力剤を作らせていた説。
後は皇帝は目の前の処方を求めていないが、毒を目の前で誰かが盛っていた説ですな。」
私は、それを聞いてゾワっと寒気が襲う気持ちになった。
前二つの説は可能性はある。
ミノタウルスの睾丸は、魔力として高いだけでなく品質もいいのだ。
ただ、臭すぎて精力剤以外で使う気にはなれないと思ったけど……そもそもが精力剤だったのかどうかも分からない。
師匠から言われた通り作ったものだし、ものがものなので試してないからだ。
「あのマークは?ああいうマークのものはよくあるのか?」
レグスタインは続けて、私のイニシャルのDを指さして聞く。
グレードは、ああという顔つきで、頷いた。
「それはございます。これは当時のこの城の魔法使いの部隊のマークですから」
それを聞き、えっ?と自分の耳を疑う。
「名前……じゃなくて、部隊の名前?」
師匠は私にデボラの「D」だと言ってくれたのに。
私の道具には全てに頭文字が入っている。
魔法薬のほとんどは師匠が売り捌いてきてくれていたのだけど……師匠は、皇帝の手下だったの?




