38 私が歴史的なんです
歴史博物館に到着して、レグスタインは扉を入るとひんやりとした空気と独特の古い倉庫のような匂いが鼻をくすぐった。
「ここは、お客さんはほとんどいないのね?」
私はその薄暗い誰もいない博物館の中が気味が悪く感じて、キョロキョロと見回した。
展示物を傷めないためだろうか?
薄暗い中に、天井の明かりがぼんやり光っている。
「下手をしたら職員もいないんじゃないか?これはこれで、目立つよな」
ヘンケルが、眉間に皺を寄せた。
外のざわめきと中の静けさの対比が激しすぎる。
「見るのは、300年前からでいいんじゃないのか?それとも、過去を懐かしんで1000年以上前の世界も見る?」
キリフが、私にかける言葉が館内に響く。
「うーん、どこにどんな展示があるのかいまいち分からないですね。何かのテーマごとに展示しているようなんですけど」
室内の案内も丁寧ではないし、あまりにお客が来ないからか、自分で入り口でお金を入れて入るスタイルだ。
入り口でセキュリティを確認するものはあったので、それで構わないんだろうけど……
「必要なのは地図だけど、今、仲間の中でわかる地名はリリーのカラリ村だけなの。みんないろんな地域から集められていた上に、自分の所在を隠しながら生きていたから、地名を口にしないのよね」
かつての会話を思い出すのように、少し目を閉じてみる。
人里離れて農家をしていた人
商人、職人をしながら人ごみに紛れようとした人
船で逃げようとして、捕まったと言っていた人もいたから、海沿いで暮らしていた人もいたかも──
「一度みんなから預かった遺品を、全部出してみた方がいいのかしら?ヒントが出てくるかもしれない」
空間バッグを整理する日が来たのね。
魔物の解体場所を確保できればだいぶバッグもスッキリすると思うのだけど……
レグのお屋敷は綺麗だからやめた方がいいわね──
流石に魔物を解体すると臭いもあるし、血みどろになる。
それを済ませた後の自分の姿を想像する。
そして、今朝のマーヤとココアの顔を思い出し、その反応に恐ろしくなる。
「デボラがいた魔女の集落の地名は覚えていないのか?」
ヘンケルが、聞いてくる。
「名前はあったんだろうけど、それを口にした人がいなかったの。誰かに聞かれたら困るからだと思うんだけど……木々があって、滝があったわ。かなり大きかったの」
「じゃあ、山奥か?」
ヘンケルが、この国に滝があるところは多いからなあと唸っている。
「意外かもしれないけど、山奥ではなかったの。貨幣は必要だったし、みんなだって忌み嫌っていても、魔女の薬や道具、技術を必要としていたから、街も歩いていける範囲にあったわ。」
師匠と街に降りたことはない。
でも、他の魔女が、市井の人たちとやりとりする時に、自分の手に負えなくなって手伝ってほしいと頼まれることはよくあった。
大体は医者もサジを投げてしまった人の治療や、魔物にやられたと思われるダンジョンに入ってから帰ってこない人を探しに行く仕事ばかりだ。
そして、動くのは必ず夜──
魔女のものを買っているなんて人に知られたくないのだ。
だから、街の昼の姿を私は知らない。
行きつけの場所もない。
お互いが、入ってはいけない境界線を知っていて、入らなかった。
「魔女への偏見はあったけど、魔女狩りまでするようになったのは、私がダンジョンに閉じ込められるほんの数年前からよ」
私は、そういいながら展示物を眺める。
説明は読めないけど、明らかに300年より前のものは分かる。
例えば、これは相当前、魔女がまだ世に放たれる前のものだわ。
目の前に、壊れた壁に何やら幾何学模様のものが書き巡らされていたり、古代文字が入っている。
「ここまでは古いと、見覚えすらないわ」
「うん、俺も冒険者になる前は学校に通っていたんだけど、こういうのって歴史の授業で習うんだよ。でも、退屈でいつも寝てた」
バインも、ここに、わざわざ誰も見に来ない理由がわかるよねと、客が来ない館内を見て笑う。
「たしかに、300年前に気軽に来れたとしても、見に来なかった気がする」
ふふっとバインに笑いながら同意する。
だって、ただの変なイラストにしか見えない。
過去の錆びた呪術の道具や、宝物が飾られているのを、観光に来たように「へぇーっ」と他人事のように見る。
どうやらここにいる5人はみんな私と知識が変わらない。
私だけでなくてよかったわ。
しばらくの間、ガラスケースに入れられた展示物を無言で見て回る。
その時──
ん?なんか見覚えが……
「あら?」
私は、一つのすり鉢とすり棒のセットの前で足を止める。
「すり鉢か。この辺りから300年前ぐらいだね。デボラは魔法薬も作るんなら、こういうすり鉢を持っているの?」
グレンが私に笑顔で聞いてくる。
自分の関心分野に近づいたのだろう。
とってもわかりやすい。
でも、今それに返答する余裕がない。
だって──
私はそのすり鉢を、更にじっと見つめる。
気のせいかしら?
ううん、気のせいじゃない!
ばんっ!!
私は、ガラスケースに手をつく。
「うおっ!」
そばにいたグレンが音にびっくりして目を見開く。
「お、おい!デボラ近づきすぎだ。どうしたんだよ?流石に警報装置が鳴るだろうが!」
ヘンケルが急いで私をガラスケースから引き剥がそうとする。
私は、ぷるぷる手をガラスケースにべったり貼り付けて、へばりつく。
ガラスケースには私の手形が付いている。
「ヘンケル?あなた諜報活動が得意ということは、盗む技術もあるの?」
「スティールスキルか?ないわけじゃないけど、基本的にものではなくて、相手の生命力を盗んだりスキルを封じる方がおおいかな……って、おい!ここのものは盗めないぞ。デボラ」
何を突然言い出した?とばかりに、ヘンケルは焦ったようにキョロキョロ周囲を見て私の口を塞ぐ。
「むぐぐぐーーっ!むぐーっ!」
私は言いたいことを手で必死に伝える。
「デボラ、ここの博物館は奥に宗教画も飾られている関係で、枢機院のものも出入りする。多少はいいが、声を落とせ。誰もいないからって見られていないわけじゃない」
キリフがそう耳元で囁いてくるので、頷く。
つい声が大きくなっていたらしい。
だって、大きくもなるわよ!
「あのね、そこのすり鉢は私のものなの。誰がどんな権利で、私のものを勝手に奪って飾っているのかしら?すり鉢の底とすり棒にDのマークが入っているでしょ。あれは300年前のDの文字で、名前の頭文字を入れて師匠がプレゼントしてくれたものなの」
私はヘンケルが口に当てた手を離したと同時にみんなに伝える。
「えーっ!」
5人も思わず大きな声をあげ、その声は館内に響き渡る。
間違いなく、フロア全体に響いているに違いない。
みんな、慌てて口を押さえて一緒にすり鉢を見る。
「そうだよな。デボラがそもそも歴史的人物みたいなもんだ。道具だって歴史的になるかもな」
グレンがまるで私を古いもののように言う。
ただ、300年前の人ってだけなのにひどいわ。
私はグレンを軽く睨む。
見た目は18歳なんですからね。
「ガラスケースを壊していいなら私にもできるんだけど」
ガラスを割らずに、取り戻す方法はないかしら。
いろいろな方角からガラスを見るが 隙間はない。
私のその様子を見て、レグスタインがダメダメと慌て始める。
「なんでいつものバッグに入れてなかったの?」
バインも、デボラはなんでもあのバッグに投げ込んでいるんじゃないの?と失礼なことを言ってくる。
なんでも投げ込んでなんてないわ。
ただ、整理整頓が出来てないだけなのに!
私はむーっと頬を膨らませる。
「だって、汚いもの専用のすり鉢だったんだもの。こっそり集落に隠しておいたの。
私のバッグは整理整頓はできてないけど、食べ物だって入ってるんだから一応きれいなものと汚いものは分けているの。その中でも、入れたくないぐらい汚いものを擦るんだもの」
仕方ないのよ。私にだってバッグに入れたくないものはあるわ。でも、あのすり鉢には思い入れがあるのに──
「何をすっていたの?魔物か動物の汚物かい?」
グレンは、そこまで私がバッグに入れたくないものといえば、臭いもあるし汚いからそのぐらいしか思い浮かばないと語る。
「ううん……その……ミノタウルスの睾丸よ……」
言って思わず赤面する。
「ミノタウルスの………」
「睾丸?」
グレンとヘンケルが顔を見合わせて、私の顔をまじまじと見つめる。
「ミノタウルスって結構下層ボスだよな?」
「それの……睾丸……」
何度も言わないでちょうだい!
恥ずかしいじゃないの!
あれ、汚いし、擦ると臭いんだから!
私は恥ずかしさからプルプル肩を震わせる。
「おいおい、デボラは仕事でいろんなものを扱うんだよ。それだって、ちゃんと何かを作りたいから使ったものなのだろう。外にずっとすり鉢を置いておくぐらいだから、ニーズが高かった薬なんじゃないか?」
レグスタインが、気にしなくていいと私を見て、展示されているすり鉢の説明を覗き込んでいる。
だが──そんな高尚なお薬ではない。
レシピ通りに作ったものを、師匠が売り捌いていただけだ。
それによると、すごい効果で高値で売れるものだったらしいけど……
「男性が……夜、元気に活動できるお薬ですって。私は女性だし、試したことないから知らないわ。でも、三晩ぐらい眠らなくても、楽しめるんですって」
もちろん、なんの目的でそれを求めるのか、意味はわかっている。
そんなことを5人の前で言わせないでよ。
10代でそんな薬を作るのも恥ずかしい。
でも、生きていくためだったんだから仕方ないじゃない。
「そ、そうか。それは……欲しがる人も……うん、多いかもしれないな」
レグスタインも、どう反応していいか分からない顔をしている。
「ええと、それをまた作りたいからあのすり鉢が欲しいってことかな?」
キリフもそわそわしている。
「三晩か……それは最強……」
バインとヘンケルはお互い顔を見合わせる。
何よ!
みんなはずかしそうにしながら、しっかり関心持ってるじゃないの!
作りたいわけがない。
「違います!あれは、師匠のくれたものだから大切なものなの!」
私は再び叫んだ。




