30 魔法使いの街〜マージェスター通り〜
キリフが、まさかのユリアの告白で、十数年越しの失恋をしている頃──
◇
「キリフがギルド長の家に行っている間に、俺たちは買い出しでもするか?」
レグスタインが困ったようにみんなに声をかけた。
半強制的にキリフがギルド長に連れ出されてしまい、私たちは時間を持て余してしまった。
「時間が押してるからさ、レグの別宅は絨毯移動だよ。別宅まではちょっと距離があるし、夜、馬車を走らせるのは避けたいからね」
グレンから、念押しのように言われ、私は気弱に「分かったわ」とうつむいた。
「本当に、絨毯苦手なんだな?俺のイメージだと魔女って常に空を飛んでる感じなんだけど?」
ヘンケルが、なんでそこまで苦手なんだと不思議そうに聞いてくる。
「魔女は飛びますけど、自分に魔力を這わせて浮かべるか、どう飛ぶかを魔法陣に書き込んだ箒で飛ぶんです。だから、どう動くかが予想つくんですよね。空飛ぶ絨毯は、四方八方に飛ぶし動きが予想できないんですよ」
ああ、また体調崩すかも……
ご飯は控えめにしておかないといけない。
それなのに、街に繰り出すと美味しそうな匂いをたてるお店や、見たこともないキラキラした食べ物が目に入る。
「あのキラキラしたきれいな食べ物はなんですか?」
私は、女性がたくさん並ぶお店を見て、指差した。
その並んでいる女性たちは、私を守るように立つ男性4人に熱い視線を送っている。
「うそー!レグスタイン様だわ」
「お店に入られるのかしら?」
「やだっ!握手してもらいたいんだけど……」
女性たちの華やかな声が響き渡る。
まるで、この食べ物みたいにキラキラして綺麗な人たちばかりだ。
レグやみんなが女性に人気というのは本当なのね。
私は途端に自分の格好が恥ずかしくなる。
「あれは、ケーキだよ。甘いクリームや、チョコレートでデコレーションされていて、全部食べることができるんだよ。たべてみる?」
バインが、その声を無視して、美味しそうだよねといいながら、店の入り口に足を踏み入れようとする。
「ケーキ……」
300年進んでいる間に、あんなキラキラしたものが食べ物になったのね
思わず目を奪われてしまう。
だが──
「あの子だれ?」
「何あの格好?へび柄?汚らしい」
「閃光の頭のメンバーたちと一緒にいるなら、身だしなみぐらいきちんとしたらいいのに」
まるで、私の心の内面で思っていたことと同じ声が聞こえてきて、恥ずかしくなる。
パッと視線を外し、私は入ろうとするバインの服の裾を引いた。
「デボラ、きみは冒険者だからあんな声は無視していいよ。彼女たちみたいな鮮やかな色を着ていたら、敵に見つかるだけだ。」
バインは、私を彼女たちの視線から隠し、声が聞こえる方向を睨むとピタッと会話は止まった。
だが、自分がそうさせてしまった気がしてますます気が滅入ってしまった。
「ねえ、グレン。私も魔法使いのローブ買えないかな?」
ブロンドの髪も気になっていた。
ギルドにいた時もだが、認識阻害をかけたいのに、なまじ魔力がある人たちも存在しているので、魔法がばれないかと躊躇してしまう。
髪の毛を染めるのはダメだってカレンさんからも言われたし、普段はローブを買ってかぶって歩けないかな
「魔法使い以外がローブを被るのはダメかしら?」
「だめじゃないし、女性ものも売ってるけど……魔法使い以外が被ることがないからなあ。君は弓使いだから、弓を背負う時、ローブは邪魔になるだろう?」
そう言われてみればそうだった。
すぐに弓を引けるように普通は背中や腰に弓や矢を持っていたわね。
「ただ、ローブで思い出したんだけど、魔法使いだけしか入れない街があるから見てみたらどうかな?ギルドのカードで魔法使いなら入れるんだけど、プラチナカードなら大丈夫だろう。レグ、デボラのかわいい服を探してきてやってよ。その間に俺たちは、マージェスター通りに行ってくるからさ」
そう言われて、
「グレンとデボラの二人だけで?」
レグスタインは眉間に皺を寄せ、少し唸る。
「マージェスター通りは、魔法使いじゃない俺たちはついていけないから心配なんだけど……魔法使いで女性はいないだろう?男ばかりの中で、一人、デボラが目立つんじゃないのか?」
そういいながら、不安そうに私の顔を見つめる。
だが、それに反して、グレンの目はむしろ輝き始める。
「大丈夫だって!デボラに魔法の街を見せてやりたいんだよ」
レグスタインに、ねえいいだろう?と熱心に言い始めた。
「魔力がある女性は貴重だから、ギルド登録では魔力があるだけの女性も魔法使い認定されているんだよ。
デボラのプラチナカードの話はみんなに知れ渡っているから、魔法使いではないデボラがいても疑問には持たれないよ」
「それ、デボラじゃなくてお前が行きたいだけだろう?」
レグスタインがため息をついて、呆れたように首を振るが、グレンは引かない。
「いいだろ。300年前の魔女の視点で、今の魔法使いの道具がどう見えるのか意見が聞きたいんだよ!あそこなら、魔法使いしかいないから、デボラが何か言われることはないよ。」
行こう!
すでにグレンがぐいぐい私の腕を引っ張る。
そう言われると、私も、300年後の魔法の世界を見てみたくなる。
「レグ、ちょっとだけ見てきちゃダメかしら?使えそうなものがあれば、買いたいし」
グレンの楽しそうな声を聞くと、そうよね、魔法って本当はとても楽しいものよねと自分の過去を肯定してもらえる気がする。
レグスタインは、相変わらず無遠慮に眺めてくる女性たちをチラッと見て、仕方ないと頷いた。
「グレン、あまり見るものに夢中になりすぎて、デボラを守るのを忘れるなよ。デボラも特別なカードを持っているけど、普通は魔力がある人以外は入れない通りだからね。魔法を使うことは禁止、魔力も弱いふりをするんだよ」
そう言われて、コクコクと頷く。
「じゃあ行ってくるよ!」
グレンは、私の腕を捕まえて、嬉しそうに雑踏に向かって走り始めた。
◇
「ここだ!」
「ここ?これ、ただのドアよね?」
普通に街の中の煉瓦の壁に、飾り気のない石で出来た【ただのドア】がある。
私は、思わず壁の裏側に回り込んでみる。
だが、前からも後ろからもただの無機質な石のドアしか見えない。
ただ、ポツンとドアが街に立っているのだ。
「ここ見て、ドアに細い隙間があるでしょ。ここに、ギルドからもらったカードを通すんだ」
「ここに?」
私はギルド長からもらったプラチナカードをそっと差した。
細い溝に入れた瞬間、カチッと音がして、ふわっと魔力を感じる。
「入れるのは一人ずつだ。ドアを開いて入ってごらん」
私は、ごくんと唾を飲み込み、おそるおそる石のドアを押してみる。
ガ、ガガガ──
少し重いものを引きずるような音がして、開いた先は……
目の前には、賑やかな街が広がっている。
「えっ!ええっ!これ転移扉ですか?どうなってるんだろう。」
私は思わず一歩下がって、元の街並みと目の前に広がる世界を何度も見比べる。
「石の中に魔法陣入れてるのかな?魔力は感じたんだけど……
うわぁ!気になります。私、このドアの前で一日遊べます」
思わず、石の扉に触れながらどうなっているのか調べようとしてしまう。
「声を落として。デボラ!喜びすぎ!」
喜ぶ私に、しーっとグレンが指で静かにするように促し、私が入ったあと、グレンもカードを通して二人で街の入り口に入る。
「魔力はどのくらいって聞かれたら?」
「ゼロではないと言っておこう。君は弓使いだから、魔力持ちでも物理攻撃の方が上と認識されるはずだ。ここは枢機院に関わりのある奴らも出入りするから、とにかくほとんど魔力はないふりをして」
私は、コクリと頷く。
ここにいる人たちは、みんな魔法使い。
でも、ほぼ男性だし、ちらほらみえる女性は、魔法使いになれるまでの魔力を持つものはいない。
「300年前と比べると、本当に魔力を持つ女性は少なくなったのね。しかも魔法が使えないなんて」
あれから300年──
魔女狩りで、ほとんどの魔女は、後継を産むことなく消し去られたと言うことなんだろう。
「道具を見たいし、遺跡から出てきた昔の魔法使いの道具も飾られていたりするから見てみよう。一応、ローブもみてみようか?」
グレンの提案に、私も頷く。
その街の空間は、かつて魔女たちが住んでいた懐かしい集落の香りが漂っていた。




