29 十数年後の失恋と友情の復活
「ギルド長が、またデボラに何か仕掛けようとしている。」
「レグがいるからなんとか守ってくれるとは思うが……」
ヘンケルとバインが何も聞こえないドアの外で落ち着かず歩き回っている。
その横で、グレンもなんとか中の声が聞けないかと、ギルド防御を解除できないか企んでいた。
「お前たち、落ち着け。デボラだけなら心配になるが、レグも同席してもいいとジークが言ってるんだからやましいことはないんだろう。それに、ジークと二人で話したいと言ったのはデボラなんだからな」
俺──キリフはそうみんなをたしなめた。
とはいえ、二人で何を話すことがあるのか想像もつかない。
デボラにしたって、二度もステータスを見られそうになってあんなに怒っていたし、ユリアを助けたにも関わらず、感謝されずに凹んでいたというのに。
ガチャ
「みんなすまない。待たせたな」
レグスタインがドアを開けながら、淡々とみんなに声をかける後ろから、おずおずとデボラも出てくる。
「デボラ!大丈夫?」
3人は、ドアが開いたと同時に、デボラに駆け寄り、どさくさに紛れて抱きついていく。
そして、みんなでキッとジークを睨みつける。
それなのに、肝心のデボラは、なにかパニックに陥ったような、心ここに在らずな顔をしている。
これは、また何かやらかしたか?
俺は、苦笑いをしながらレグスタインに視線を送った。
だが、おや?レグも……浮かない顔をしているな。
これは、相当な事をデボラがやらかしたんだろうか?
「キリフ、待たせたな」
ジークが笑って近づいてくる。
なんだ?
レグの冴えない顔とすごく対照的にスッキリしすぎだろう。
俺は首を傾げて、ジークに声をかけた。
「何があったのかは聞いてはいけないか?レグとデボラの表情が浮かないんだが?」
俺はギロッとジークを睨む。
どんなにレグがリーダーとしてしっかりしていても、まだ若いもんな。
ジークからすれば、赤子の手をひねるようなもんだ。
「いや、俺もデボラに助けてもらったんだ」
そう言われて、俺の行動は止まる。
「俺も?」
ジークがデボラに助けてもらった。何を……?
「脚だ。あの時の……な!」
それを聞いた瞬間、レグを除いた俺たち4人の男たちの叫び声が響く
「デボラーーー!」
◇
「じゃあ、本当に……本当に完治したのか?」
「はい、古傷治すの得意なので……」
みんなに囲まれて、デボラはしょんぼりとしている。
だが──
俺は、思わず、勝手に目から涙が溢れ出す。
「良かった!良かったじゃねえか!」
ユリアとジーク、二人を苦しめていた原因が消えた。
これで、あとユリアが元気になってくれれば、またみんなで笑って飲み合える日も、かつての友情も戻ってくるかもしれない。
かつての友情も、恋愛もすでに俺の中では苦い青春に変わって輝いていた。
俺は、かつての仲間と過ごし、酒を開け、酔い潰れ、ジークと俺の二人でユリアを口説きまくっていた日々を思い出す。
「俺とユリアの中を邪魔するなよ!」
「何言ってるんだ!ユリアが好きなのは俺だよな」
そんな笑い声が懐かしい。
俺は、目を瞑り、流れる涙が頬を伝うのを止めることなく、ジークを見つめた。
「キリフ、本当にすまなかった。ううっ……俺のせいで…すまなかった」
ジークも、俺の反応を見て、少し放心状態になった後、泣きじゃくりはじめた。
そんな俺たちをみて、他の奴らまでもらい泣きをしてみんなで涙を流す。
「デボラ……ありがとうな。本当にありがとう」
俺は、感謝の気持ちを込めて、デボラの両手を握った。
だが──
ん?
そういえば、また、デボラやらかしたんだよな。
古傷を治すのが得意だからって、後遺症になっている状況を今の技術では治せない。
ユリアの幻惑蝶の件といい、ジークの脚の後遺症といい、すでに現代の医療をレベルを超えている。
ジークが何も感じないわけがない。
「あ、あのジーク、デボラの……その…」
冷静になればなるほど、涙がヒュッと引っ込む。
コレ、やばいんじゃね?
ちらっとレグスタインを見ると、無言で首を振っている。
うわあああああっ!
何やってるんだ!
デボラ!やらかしすぎだろう!
「キリフ、女はミステリアスなままがいいんだよ。お前も少しは大人になれ」
バンッ
ジークが背中を叩く。
それはかつての友の激励と同じ強さだった。
(それは……見逃してくれるということか?)
だが、怪我の回復と同時に、かつてのジークが戻ってきたような気持ちになった。
◇
「久しぶりだな」
俺は、そのまま脚が治ったジークに強引に連れられ、ユリアの見舞いに寄った。
デボラに対してのやり取りを聞いていて、ユリアの精神状況が気になっていた。
俺はユリアが覚醒した時、少し視線が重なり、悟ったのだ。
あの時までおれは、ユリアに恋心は残っていた。
でも、それはかつての恋心で、今の恋心ではない。
あの日を境に会うことがなくなり、消化しきれなかった恋心だ。
もちろん、幻惑蝶のせいで見る影もなく痩せ細っていたのもあるが、それでもやはり時は流れているのだと、声に、雰囲気に感じていた。
だから俺の中で、完全に終わった恋心だ。
だが、友人としては、これからがやはり心配だった。
「キリフ......なんで?ジーク、突然どうしたの?」
ユリアは、ベッドから杖を持って歩く練習をしている最中で、驚いてぐらっと崩れそうになる。
それを慌てて、ジークが駆け寄って支えた。
「相変わらず、そそっかしいな」
俺は、ユリアにかつてのように悪態をついた。
「何よ。久しぶりに会ったんだから、大丈夫か?ぐらいの労りの言葉ぐらいいいなさいよ。若い子に鼻伸ばしちゃって。ねぇ、ジークもそう思わない?別れる時には、君以外に女性と組む気はないよって言ってたのに」
ユリアは睨みつけるように、ふんっとそっぽを向いた。
相変わらず、勝ち気な性格だ。
でも、コツコツリハビリをする姿は、かつての必死に弓を引く努力家なところと変わらない。
「デボラを詰ったくせに、ちゃんと生きる気になったか?
彼女は、俺たちの命の恩人で、パーティーに加入してもらったんだ。
あと少し歳を取ったら娘でもおかしくないのに、鼻の下なんて伸ばさないさ」
やっぱりデボラの若さに嫉妬していたか?
元々ユリアはパーティー内でも紅一点で女王様気質だったし、負けず嫌いだからな。
「だけど、ユリアは、命をかけて救ってくれた相手にお礼も言わないような女だったか?」
俺は、ユリアに畳み掛ける。
あんなに頑張ってくれたデボラを傷つけるのはちょっと違う。
「それは……ちょっと悪かったかなって思ってる。なんか、あの子は私が失ったものを全て持っていて、取り残されたような気持ちになったのよ。
というか……なによ、久しぶりに来たと思ったらまさか説教?ねえ、ジーク!なんで、今更キリフを連れてきたわけ?」
ユリアは、体を支えるジークを睨みつけて、椅子に座らせるようにジークに指示をする。
いそいそと、ユリアの望みを叶えようと献身的に世話をするジーク。
側から見てたら、この国のギルドを動かす長とは思えないよな。完全に尻に座らされてるじゃねえか。
呆れたように、二人を眺める。
あの時は、狭いパーティーの中で、日々のダンジョンの危険もあってある種、吊り橋効果のような恋情だったのかもな。
ユリアに想いを告げるか迷っていたけど、俺にはジークの甲斐甲斐しさは無理だ。
少し寂しい気持ちも押し寄せるが、これでよかったんだという気がする。
「ユリア、実はキリフたちが潜ったダンジョンで、謎のワインをもらって飲んだら、後遺症の脚の損傷が改善したんだよ。」
ジークは、座ったユリアの目線までしゃがみ込み、ユリア手の上に手を乗せた。
「ええっ!なにそれ?……うそ……よね?」
ユリアが、信じられない目で俺を見る。
そういうことにしたんだ。
この件はそれ以上突っ込み不要だ。
俺の目は泳ぎ始める。
「本当だ。どうやらワインと思って飲んだものは、かつてのアーティファクトの一つだったようだ」
「本当………なの?」
ユリアはぼろぼろと涙を流し始めた。
「本当だ。もう、苦しまなくていい。長い間、ごめんな」
「ジーク!!」
ユリアは、思わず立ちあがろうとするが立ち上がれず、それを慌ててジークが止める。
ユリアはそのまま、ジークの首に抱きついた。
「わあああああぁぁぁぁぁーー」
ユリアの泣き声が響く。
良かった。
俺はユリアの顔も見たし、そっと帰ろうとする。
だが──
「ユリア、キリフを連れてきたのはね。俺の足がこれで治ったから、キリフとやり直したらどうかと思ったからなんだ」
ジークがとんでもない事を言い始め、俺は思わず動きを止める。
ユリアもボカーンとしている。
「はい?何を言ってるの?」
「だから、俺の脚のせいでユリアは責任感じて俺と一緒になることにしただろう。
俺、あの時に俺のことは気にせず、キリフと幸せになれって言えなかった後悔があるんだ」
ジークは俺とユリアを交互に見て、そっとユリアが流していた涙を指で拭った。
「ごめんな。お前たちが好き合っていたことは知ってたのに、今更だと思ってる。でも、この間、ユリアがデボラに突っかかっているのを聞いて、今も想いはキリフにあるんだなって分かったんだ」
それを聞いて、ユリアはさーっと顔が青ざめた。
「あれは!違う!あれは、私だけみんなから置いてけぼりにされた気がして、その……キリフもデボラって子に取られた気がして言ってしまったの。
あ、あのね、キリフには悪いけど……あの時、私が好きだったのはジークなの」
ユリアがもじもじと言いにくそうに俺の目を見る。
俺は、思わず目を見開く。
こんな十何年経ってから、あの頃の恋に失恋するとは思わなかった。
「え?その、俺たち言葉にはしなかったけど、結構それなりにいい雰囲気だと思ってたんだけど?いや、あの時の恋は俺の中では終わってる。時も経ったしな。だけど……えっ?」
今から思い出せば恥ずかしいが、キスこそしないし、好きだとも言わなかったが、手を繋いだり、いちゃいちゃしたり、それなりに甘酸っぱい記憶があるんだが?
もしかして、ただのダシ?
「だから……ジークがやきもち焼いて、私を好きになってくれないかなって。あの幻惑蝶が現れた時、ジークから呼び出しを受けてたの。もしかしたら、告白してくれるんじゃないかって浮かれてた。だから、あんなふうに幻惑蝶にやられて、ジークまで傷つけて、二度と……冒険者になれなくなって」
やっぱりダシだろ!
完全に当て馬じゃねえか!
「…………」
ジークが固まっている。
ええっ!こんな時間差で、俺こいつに負けたのかよ。
俺は、まさかのユリアからの告白に呆然とする。
「それは…今更だから言ってもらえて良かった。あの時だとダメージデカすぎたかもな。はは」
俺は、どう対応していいか分からず、呆然としているジークと、申し訳なさそうにするユリアの肩を叩く。
「幸せにな。お二人さん。やっぱり歳の差を超えて、デボラに恋するかなあ。」
俺は独り言のように言いながら笑った。
「あ、あの、キリフ。俺、どう言えば……本当に俺はお前たちの幸せを祈って……」
ジークは、オロオロと視線を俺とユリアの間で彷徨わせている。
「何よ!私がキリフと一緒になればいいと思ってるの!さては!!」
ユリアがジークに指を突きつける。
「あんたまで、そのデボラって子に溺れたんじゃないでしょうね。許せない!妻は私ですからね。別れろって言われても別れてあげないから!」
ユリアが、そばにあった杖を持ち、臨戦体制に入る。
やばい!
ユリアが癇癪を起こして切れ始めた。
しかも、杖の下に刃物が仕込んである。
どんな杖与えてるんだ!ジーク!
「ち、ちがうよ!ユリア!君の幸せを祈って、苦しくても諦めないといけないのかと思っただけで!デボラは……あれは、レグスタインと出来ている。間違いない!なあ、キリフ。お前も言ってみただけだよな。俺たちはユリア一筋に決まってるじゃないか。」
「そ、そうだ!うん、誰にも言ってないけど、きっとレグとデボラはできている気がする。濃厚なキスする仲だからな!だから、誰も入る余地はない。俺は今回も温かく見守るだけだ。なあ、ジーク」
そう言って二人は目を合わせ、頷き合い、ユリアの機嫌をとり続ける。
それはかつてからの俺たちの友情が戻った瞬間だった。




