3 私は318歳です
5人の男たちが完全に目を覚ました時──
そこには、仁王立ちした人型の黒竜に、300年前から目覚めた私がいた。
「つまり、君はかつての魔女狩りの被害者なのか?」
「そうです。」
目の前にいる魔法使い、名はグレンというらしい。
先ほど黒竜にデコピンされていた人だ。
私は、神妙に頷いた。
見た目18歳、眠ってた時間300年。
「よって318歳になりました。名前は、デボラです」
300年前、兵士に尋問を受けた時の癖が抜けず、ハキハキと背筋を伸ばして名乗る。
だが、グレンを含む5人は困ったように顔を見合わせる。
「嘘ではない。私が生き証人となってやろう」
その黒竜の低い声がその場に響いた瞬間、空気がおしつぶされるような圧が襲ってくる。
せっかく目覚めた彼らは、再び困惑から恐怖へと顔の形を変貌し、また意識を失いそうで私は慌てる。
「その、私は怪しくないですし、黒竜も付き合ってみたらいい人なのでそこまでみなさんも堅苦しくならなくても......」
そう言っても、みんな一列にそれぞれの武器を前に置いて正座姿勢を崩さない。
──黒竜、ちょっと威圧感出しすぎよ!
黒竜は、そこにいるだけなのに、圧倒的な威圧で空間を支配し続ける。
──あら?ということは、この人たちが正座しているのは私に対してではなく、黒竜に対して?
じゃあ......今、この黒竜を奉る正座の列に私も加わった方がいいのかもしれないわ。
だって、5人からすれば、仁王立ちした黒竜と、300年眠り続けた魔女が目の前に立って威圧するようにしか見えない。
──完全に悪役じゃないの!!
しかも、300年前に、この黒竜に刃を突き立てた記憶が蘇る。
私、もしかしたら、天然記念物を殺そうとしたんじゃないのかしら?
ちらっと黒竜を視界に捉える。
相変わらず、人型になってもバシバシ刺さる威圧感だ。
だが、私を守るためか、室内全体にかけていた威圧を、5人のみに集中してかけ始める。
悪い竜じゃないのよね。
私が眠る前から、黒竜は伝説の生き物だったけど、300年面倒を見てくれたし、本当に殺さなくて良かった。
むしろ......
私は5人をみつめて胸がドキドキしてきた。
黒竜が警戒するように、目の前の人が、私を殺しにきた可能性もないとは言えない。
「じゃ、じゃあ、君はもしかして300年前は魔女殿だったのかな?」
恐る恐る聞いていいのだろうかと言わんばかりに、グレンの横で正座をしたままの剣士が声をかけてきた。
ドキッ!
久しぶりに聞く人の声だ。
しかも、「魔女め!」ではなく、「魔女殿」だ。
今までは、怒鳴られて追われていたのに。
なんか...感動してはいけないんだろうけど.......
敵意はなさそうだ。
胸が、熱くなってくる。
「あなたは?」
思わず、ニマニマしてしまう。
私はこんなに人を求めていたのだろうか?
「俺はこのパーティーのリーダーで、剣士のレグスタインだ。冒険者をしている」
「冒険......者?」
「ああ、デボラ殿の時代にはなかったかもしれない。」
レグスタインは頷きながら、私がここで眠っていた間の地上の変化を話してくれた。
「じゃあ、今は魔女狩りはないんだ」
「魔力を持っているものは、男女問わず貴重なんだ。俺たちのパーティにいる魔法使いのグレンも国からもいろんな仕事を請け負う一目置かれた存在だ。他のメンバーも魔力を持っているからそれなりに今まで力を持っていたつもりだったのだが...」
レグスタインは黒竜をチラリと見て、肩を落とした。
強いと言っても、黒竜より強い人は少ないということだろうか。
「へぇ......まぁ...昔から魔力もちの男は重宝がられていたから。女は...そうはいかなかったけど」
私は、少し目を閉じた。
多くの魔女仲間の屍を見た。
最初は震えながら協力しあっていた。
それが、だんだん自分の盾にしようとするもの
騙そうとするもの
突然攻撃してくるもの
光の見えない暗闇と、魔物を倒し食べるしかない生活にみんな疲弊し、おかしくなっていった。
その景色を思い出し、私は目をギュッとつぶり、一息吐く。
「私は、ただ魔力が強いというだけでこのダンジョンに投げ込まれたんだ。黒竜が自分の魔力で、私の時を止めてくれた。魔女じゃない」
そう言うと、レグスタインはさらに驚く。
「えっ!それって一人でここまで来れたってことじゃないのか?魔女じゃないのに?」
魔女が生きていると誰にも知られたくない。
時代が変わっても、時の勢力者が変わればいつ魔女狩りに遭うかわからない。
誤魔化したいが──
下層300階。
黒竜と過ごす女。
私が魔女じゃないと思わせるのは無理があるか.....
思わず舌打ちしそうになる。
だが──
「私を誰だと思ってるんだ?このダンジョンの最下層の主の黒竜の手にかかれば、人の子一人掬い上げることぐらいするわい。」
黒竜が、そう言葉を発すると、妙な説得力に包まれる。
「じゃ......じゃあ、俺たちのここに進む経過も全部お見通しだったんですか?」
ざわっと5人に動揺が走る。
黒竜...あなた、私を庇ってくれるのはいいけど──
300年前は誰も来ないことをいいことに、私がそばに行った時は寝てたわよね??
そして、私にやられたんだよね?
思わずじと目でちらっとみると黒竜は素知らぬ顔で、
「当たり前だ!お前たちの動きなんて丸見えだ!」
と頷いている。
5人は、「ははぁーーーっ!」と頭を深く下げている。
300年前、実は私はこの黒竜に勝ったんです。
だが、そう言いたいけど言いたくない。
うぐぐ!!
「そんなお前たちの動きを見て、私は決めたのだ」
黒竜は、目を細めて私の反応をみながらふふっと笑い、静かに息を吐く。
最初に比べ少し威圧も弱まっている。
ただ、私以外の5人は、相変わらず、黒竜の無言ですら、充分な圧になっているようだが......
「デボラ、お前が何を言おうと、このダンジョンは、本来もう終わっているものだ。お前も気づいただろう。わたしはもう保てん」
やっぱり!
人型になって力を使っているのもあるのだろうが、威圧感を維持できないんだ。
黒竜の力が途切れ始めている。
私は、「こくりゅ....」と黒竜に声をかけようとするが、ピシャリと会話を断ち切られる。
「デボラ、私も、ゆっくり地に還るときが来たのだ。そこの5人」
黒竜に呼ばれて、5人は恐る恐る顔を上げる。
「デボラが魔女ではないというのだから、魔女ではないのだろう。だが、きっとお前たちが人道に外れたことをしなければ、デボラは良いパートナーになるぞ。」
ニヤッと笑い、黒竜は私に笑いかける。
だが、人型だったものがゆらりと揺れ始める。
「黒竜!」
私は黒竜に近づこうとすると、ぐらりと床が沈んだ。
どんどん力が途切れ始めている。
「いやぁ、花嫁の父ってこんな感じかな?清々しい。普通はやられて無念のままお前たちの餌になり、ダンジョンがきえゆくのにな。自分で最期を選べるとは思わなんだ」
ふーーっ
その黒竜の息は、もう細く短いものに変わっていく。
5人にもわかったのだろう。
みんな顔を上げて黒竜の揺らぐ人型を見つめる。
「そこの5人!黒竜の私がいうのだ。デボラをちゃんと......大切にするのだぞ」
「ちょ、ちょっとまって!わたしは以前、このまま黒竜と終わるっていったよね。何が花嫁の父よ!ただ私の300年時を止めただけでしょ。あなたが消えるなら、私も消えるわ!」
私は大きく叫んだ。
だが、叫んだと同時にまばゆい光が走る。
「デボラ、せっかく助かった命だ。無念のままの同胞の分、与えられた数だけ生きろ」
頭にそう黒竜の声が響く。
「じゃあな!300年、お前の寝言も楽しかったぞ」
そういうと、黒竜の人型が完全に割れて、霧散した。
次の瞬間──
私の身体は、どちらが地面かどちらが天か?
魔法でも制御できない動きのまま──
うわああああああああああぁぁぁぁ
私は見えない何かに突き落とされ、暗闇の中に落下していった。




