2 この人たちはだれ?
数時間前
まだ少女が長い眠りについていた時──
300年ぶりに最下層300階に足を踏み入れた5人の男たちがいた。
◇◇◇
足元の岩のごつごつとした感触が続く中、踏み締めるとぐらりと揺れる。
「本当にちゃんと道は続いてるんだろうな?」
その声も、壁のない奥に吸い込まれるように幾重にも反響して響く。
「奥がどれだけ深いのかわからないな」
灯りは、魔法使い、グレンが解き放つ小さな火炎球のみだ。
それをヒュンヒュン飛ばしても、やっと数歩先の足元がわかるのみだ。
ひゅうーひゅー
更には、どこからともなく岩の隙間から吹き上げてくる冷たい風が、まるで悲鳴のような音に耳に刺さって聞こえてくる。
誰もが自然と身を縮めて、そのゴツゴツした壁に手を当て、歩みを進めていた。
「これが下層300階か?」
天井があると思われる真っ暗闇の上を見上げた剣士のレグスタインが、手元の剣を固く握り直した。
もう何年も、外の風も陽の光も浴びていない。
どこまでも、いつまでもただ続くダンジョン。
「そろそろ魔物以外の飯が食いたい」
「文句言うな。食糧になって、武器にもなる。魔物様々じゃねえか」
仲間の強がりの声も、みんな、もうダンジョンから出たいと思っている隠しきれない疲労感が滲み出ている。
踏破を依頼されたとはいえ、こんなに深いダンジョンと思ってなかった。
もしかしたら、もう死んでると思われてるんじゃないか?
そんな不安が胸をよぎる。
「しばらくはお前たちと同じ飯は食いたくないな」
野郎ばかりの5人パーティーだからこそ何年もダンジョン生活を送ってもやってこれた。
これで、他のパーティみたいに女が混ざってたら、間違いなくもっと上層で恋愛絡みのトラブルに発展していただろう。
そのぐらい長く女も見ていない。
「レグ、最下層300階で終わりだと思うか?」
「どうだろうな。でも、そろそろ日に当たらないと骨がカスカスになるぞ。299層でも死にかけたし、もう終わりにしようぜ」
「そうだな。区切り良く300階か。」
5人はゆっくりと壁から手を離す。
その先は巨大な閉ざされた岩場の扉だ。
5人の男たちは、顔を見合わせた。
「ガルディアシールド」
パーティーの魔法使い、グレンが呪文を唱える。
防御魔法を5人を包み淡い光が纏う。
その瞬間、目の前の岩でできた扉は、それを合図のように触れもしないのに、まるで滑るように静かに引き音をたて、開いていく。
その音と共に彼らは、分散して飛び込んだ。
◇
「あれ?」
「なんもなくね?」
「油断するな!気配はある」
グレンが鋭く声を飛ばした。
それも、とてつもない──
どこだ?
上か!
いや...下か?
「おい、部屋全体から気配がする。とてつもなくでかい」
諜報役のヘンケルの声が震えていた。
そんな漠然とした諜報結果を299階層まで送ってきたことはない。
未開の魔物だらけでも、的確に大きさ、強さ、属性、攻撃ポイントをまとめてきたヘンケルが把握できないだと!
それはもう最初から異常。
「てっ...撤退しよ...」
グレンは魔法陣を床に飛ばして転出場所の確保を急ごうと杖を取り出そうとした。
だが、まるで金縛りにあったように動けなくなる。
それはグレンだけではない。
パーティーメンバーみんなが動けない。
入ってまだ1分も経たない。
相手の姿も見えない。
完全な負けだ──
レグスタインが、パーティーのリーダーとして最後の役目を果たすかと剣を構えて握りしめるカチャリという音が響いた。
──諦めが早いのぉ──
なんだ?
どこから聞こえる?
思考を分断するような、冷たい刃の声。
レグスタインは耳を澄ませる。
──何百年ぶりかに人が来たからこれでお役御免かと思ったのに.......大丈夫かいな......
「何百年かぶりに人?」
グレンは、杖を握り直し、眉を上げ周囲を見渡す。
「まさか?魔女か?」
パーティー5人の背筋にぞわっとするような戦慄が走った。
かつて、このダンジョンは、魔力を持つ女、魔女だと噂されたもの、時の権力者から疎まれた者やその家族を魔女狩りの対象者として、この深淵に投げ込んでいたらしいという伝承を思い出す。
「300階まで降りて来るほど力がある奴がいたということか?」
それはもはや歴史書でも真偽不明で、伝承の可能性も高いと言われるような話だ。
だが──
御伽話と笑えない事実もあった。
残虐行為はあったのだろうといわれるのは、この国に魔力のある者がほとんど産まれなくなったからだ。
仮に魔力を持っても、その魔法を伝達できるものがいなくなった。
そのうち、魔力と魔法に溢れていたはずの政権はみるみる間に衰退する。
力をなくし、人心が得られない政権に人は反旗を翻す。
その結果、今から300年ほど前、一つの大国が崩壊したという歴史的事実があった。
今はその政権が支配していたダンジョン周辺に、流れ者が集まる集落やその頃の名残の遺跡があるだけだ。
その時に、この300階層まで来た女がいたというのか?
「あんたは......誰....だ?」
レグスタインは自身の自慢の剣を床に投げ、投降の意思を示した。
他の四人も一斉に武器を手放す。
いや、圧倒的な力でもう武器を握れなくなっていたという方が正しかったのかもしれない。
手を緩めてくれるとは思わないが、意思疎通が図れる魔物なら何か手がある可能性もある。
──私は誰か?知りたいかね?意味がない戦いをしないところは褒めてやる。だが、諦めが早いところは気にくわぬ。
周囲の、何もなかった空間が、ゆっくり景色を取り戻していく。
そして、最初に入った自動で開くドアのように見えた扉が波打ったのが見えた。
波??
扉が波打つ!
そして、脈打つ生命がその扉に──
いや、もうそれは扉じゃなかった。
生きている
背筋にぞわっとしたものがほとばしる。
......動けない!
目の前の扉と思っていたものは......
ドクン
巨大な心拍のような響きを感じる。
「壁じゃない!!」
グニャッと曲がり、その瞬間、生々しい温もりが伝わり、思わず手を引っ込める。
自動扉?とんでもない!
何もないと思っていた自分たちのいる空間は──
足元が揺れてうねる。
座り込むしかなかった。
彼らのいた空間は、最初から敵の体の要塞で作られた渦の中だったのだから。
そして──
ゆっくりと、二つの赤い光が自分たちを捉える。
その光は完全に5人の男たちの真上にあり、一方的に見下ろしている。
「こ、、、、黒竜!!」
「嘘......だろ?」
視界が開け、巨大なとぐろのなかに閉じ込められた自分達を理解した瞬間男たちの声は消えた。
自分たちを上から眺めて視線を逸らさない魔物は、幻の竜といわれる黒竜だ。
黒竜の口が大きく開き、真っ赤な舌がのぞく。
圧倒的な威圧で、5人は思わず目を閉じる。
終わった───
黒竜の叫び声が耳に入ったか入らなかったか?
5人の男たちはその瞬間、意識を失った。
◇
「何もしてないのにぶっ倒れる奴があるか!」
黒竜は慌てた。
せっかく、あの少女を迎えに来てくれる「未来の使者」を待ちわびていたのだ。
なんで、声をかけただけで倒れるんだ!
情けなさすぎる。
「弱っちくなりおって、300年前の少女は、一人でわしに刃を突き立てたというのに!おい!起きろ!!」
だが、目覚めない。
これは.......想定外だが、想定内。
目覚めた彼女になんとかしてもらおう!
かくして、300年の時を経て一人の少女が長い眠りから強引に起こされる。
「あれ??私、もしかしてまだ生きてる?」
少女の前には、床に雑魚寝するように5人の男が倒れており、
「どういうこと?」
と首を傾げてから、物語は動き出すのである。




