1 300年眠らされてました
連載始めました。
本日は5話、明日からは21時10分更新です。
300年眠っていたらしい──
鼻に長く嗅いでいた土の湿ったような香りが蘇ってくる。
そう黒竜はあっさり300年時を止めておいたと言うのだけど.......うそ...よね?
私は......どうしていたのだっけ?
一生懸命置かれた立場を思い出そうとする。
たしか──
私はダンジョンの最下層300階に単独で降りた。
そこにはダンジョンのボス、黒竜がいて、最後の戦いで私が勝ったんだったわ。
でも、黒竜にトドメをさす代わりに、私は願いを告げた。
ここがダンジョンの最後なら、私には戻れる場所もない。
私には戻る理由もない。
だがここに来るまでに、同胞たちにはその帰る理由も場所もあったのに、帰れなくなってしまった。
生きたかった命を生きられなかった人たちがいるのに、自らの命を断つことはできない。
だから、代わりに私を終わらせてくれないか?
黒竜は返事をしなかった。
そのかわり、返事の代わりに細い目がガッと開いた。
その瞬間、私の意識は遠のいて、
「ああ、これで私も終わることができたのだ」
そう思っていたのに......どうして??
◆◆◆
「ええと、黒竜。どうやら私、死なせてもらったはずなのに生きているみたいなのだけど.....どうしてかしら?その人たちは?」
私は、死んだと思っていたのに、突然黒竜に起こされた。
思わず目をこすりながら黒竜に聞く。
「単純にここに潜った来訪者だ」
人を突然起こしたくせに、いやそもそも終わりにしてくれたお願いしたはずなのに、黒竜は全く悪びれない。
「ここに?わざわざ?」
私は、改めて床に転がっている5人の男を見つめ直す。
久しぶりに見る「人間」だ。
みんな囚人の服と違うものを着ている。
背中には多くの荷物を持ち歩いて......
私が眠っている間に、ダンジョンは魔女狩りの処刑場から、人がピクニックをする場所に変更したのだろうか?
魔物が徘徊するこの場所は、地上に魔物が出て行かないように、普段は封鎖されていたはずだ。
「わざわざ潜る理由があったのかしら?」
5人全員が致命傷を負わずに倒れている。
潜った理由も倒れた理由もわからない。
「なんで倒れたの?」
私は、普通と違う状況に首をかしげた。
「あまりに久々の人だったからな。思わず竜の姿のまま話しかけてしまった」
すでに人型になった黒竜が、困ったように倒れた5人を見下ろしている。
「ああ、ダメだよ。黒龍の咆哮は、普通の人の脳天を打ち抜くもの。生きてるのかなあ?」
以前戦った時には、完全に防御魔法を展開して、無音シールドをつけていたのだ。それをしても耳に残る音なのに...
私は、一人の男の目を開き、生存確認をする。
「あっ、一応生きてる。どうやら、防御魔法をかけて助かったみたい。でも、展開が弱過ぎるのよね。どうせかけるならがっつり防御したら良かったのに。でも、鼓膜はみんな破れてるっぽい」
みんなの状況を確認して私は手をふりかざした。
「ヒールオール」
全員に淡い光がパチパチと光り、見た目の傷が癒えていく。
きっと鼓膜も回復したはずだ。、
「私を殺しに来た人たちかな?」
助けてみたものの、助けない方が良かっただろうか?
私の心に黒い影が過ぎる。
「それはあるまい。お前の時を止めてすでに300年は経った。私の体ももう老いたというのに、人の子が生きられるわけがない」
さらっと黒竜が話す言葉に、へっ?と顔が固まる。
「ねえ?300?300って言った?嘘じゃないのよね?」
そりゃ、黒竜ほどの魔力なら時も止めることはできるだろうけど。
「300なんて、子供が成人になるぐらいの歳だろう。私なんて、お前が来るよりよっぽど前に生きてるんだからな。」
「黒竜と人を一緒にしたらダメよ!ええっ!じゃあ、この人たち、未来の人なの?」
思わず、床に寝転がっている5人を指差す。
「違うな。お前が過去の人だ。詳しい状況は彼らが起きて聞いてみようと思ったんだが、起きやしない。5人も集まって貧弱な!よっぽどお前の方が強かった」
黒竜はあきれたように腕を組みながら「困ったもんだ」とため息をついた。
私は思わず黙り込む。
胸の奥に、ここに来た過去の記憶と、周りの犠牲が浮かんできた。
そうか......
「みんながいなくなったんだね」
わたしが一人になって......
私一人取り残された。
そして更に300年が経った。
その事実に、思わず目から涙がほろりと溢れる。
「へへっ、300年も経ったんだもん。きっとみんな生まれ変わって幸せだよね。私だけ一人になっちゃった。」
指で拭う手は、あの日、あの時のまま──
私は成長もしていない。
衰えてもない。
でも、あの時の最後と同じ。
私の周りにかつての仲間はいない。
「そうか、死なせてくれってあなたに伝えたつもりだったのに、時を止めて私を助けてくれたのね」
黒竜の咆哮を受けた5人はまだ起きない。
目覚めたら、私を見て何を思うだろう?
最初に向けるのは、怒り?
罵声?
それとも、刃だろうか?
「この5人はとても弱い。なんとか話し合いで私に命乞いをしようともしてきたが。
逆に、単身で、ここまで来て、私にトドメを刺すところまでいったのに、殺してくれとお前は嘆願した。
人というのは面白いものだ」
黒竜は、ふっと5人の寝顔を満足そうに見つめた。
「黒竜は、彼らをどうするつもりなの?」
「ふん、本当なら、お前が私を倒し、このダンジョンは消えゆく運命だ。だが、お前は地上に帰れぬ身で死を願った。
だから、次にお前を連れて帰ってくれる人が来るまで、私は自身の消滅を先延ばしにしただけだ。
こいつらは弱いが300年経ってやっとやってきたんだ。これでダンジョンは終わりにしてお前と共に地上に戻すのみだ」
黒竜は、静かに目を閉じた。
光も入らない最下層300階。
ずっと私一人のために、300年の時を止めて、次の人が来るまで待ってくれたのだ。
「私はお前が来る前から私は生きている。私もずいぶん歳を取った。別に不老不死ではないしな。これで私の役目も終わりだ」
「私は......ごめんなさい。時まで止めてくれたけど、もう誰もいないもの。私もここで終わっていい。黒竜と終わっていい」
私は叫ぶように黒竜を見つめた。
人の姿に変えた黒竜。
私の時を止められる力をもつ存在。
それでも、老いに抗えないのだろうか?
「人の世界は、同じことの繰り返しのように思えるが命が短い分、考えも環境も変わる。
お前は、私をやっつけた唯一の人間だ。魔女だと追うものがいても、お前なら街を焼き払うことも、姿を消して生きることもできるだろう」
「そんなの.......また同じことだ。嫌だ。もう逃げない。もう魔法なんて人間の世界で使わない」
「ならば、人として生きてみたらいい。ほら、やつらも起きるぞ。」
黒竜が指を指すと、床に寝転がっていた5人の手足がぴくぴくと動き始めた。
「どいつに面倒を見させようか?」
黒竜は面白そうに、肩を揺らして笑いながら一人一人の額をデコピンして歩く。
「こいつはどうだ?魔力が強い。魔法使いか?」
うっ....う....
魔法使いと言われた男の薄目がゆっくり開かれる。
その視線は私と確実に交差した。
お互い様子を探るように視線を外せない。
「こ...く...竜......は?」
「ここにいるが?」
その外さない視線を遮るように、ぬっと人型になった黒竜が、魔法使いの男と自分のと間に顔を突き出す。
ひゅっ....
男の喉元から声にならない声が聞こえて息が止まる。
あっ、気絶しかけた!
再び意識を失いそうになる男をみて、慌てて
「大丈夫よ。こら、黒竜!せっかく目覚めたのに何するのよ」
私は思わず声を張り上げる。
「ここからあなたたちが出るには、あなたたちと黒竜の話し合いにかかっているのよ。気絶する場合じゃないでしょ!」
そんな私の声を聞き、さらに化け物か幽霊を見るかのように目を見開く。
怒りでも、刃でもない。
300年ぶりに私を出迎えたのは──
「恐怖かぁ、これは想定外」
思わず、私の口からつぶやきが漏れて、男はさらに目を丸くするのだった。
◇
「それで、あなたたちは何をするためにここまで?」
私は久しぶりの人に私も驚きを隠せないが、口をぱくぱくさせるのみだ。
代わりに黒竜が苦笑いをして答えた。
「数時間前のことだ」




