27 もう一度話をしよう
またここに来てしまった。
再びギルドを訪れると、以前と同様に、ざわざわとした空気に包まれる。
レグスタインたちはみんな慣れているが、私は落ち着かない。
視線がぐいぐい無遠慮に来る。
「可愛い子じゃないか。顔で選出されたのかな?」
「【閃光の頭】たちも、長く潜りすぎて女が欲しくなったんだろうな。貧民街出身と聞いたぞ。専属娼婦だろうか?」
「いやいや、それがプラチナカードを持つ実力とギルド長が認めたそうだ。【閃光の頭】のメンバーより強いから、入ったってことだよ」
「へーっ!Sより強いってどんな強さだよ!」
(うーん、聞こえてます)
枢機院に力の数値や特技は漏れないけど、プラチナカードを持っているだけで噂になるのでは、目をつけられるのも時間の問題な気がするわ。
それでも、現代ではあり得ない私のスキルが、バレるよりはいいんだろうけど......
「ギルド長に取り次いでくれ」
レグスタインは、無表情で受付に声をかけると、受付の職員たちが何人かパタパタ慌ただしい音を立てながら、奥に入っていった。
私は──
ギルド長に啖呵をきった手前、会いづらい......
知らない方が良かったことも知ってしまったし。
待ち時間の間、なんだか身の置きどころがないというのか?
そわそわする。
無遠慮な視線も気になるし、ギルド長とどう接したらいいのかもわからないし......
視線もどこに固定したらいいのかわからない。
「デボラが気にすることはないよ。向こうがデボラに失礼なことをしてきたんだからさ」
私の様子が落ち着かないのを察知したヘンケルが、私に声をかけてくる。
みんな、私がギルド長に宣戦布告したのは、ギルド長が私のステータスを何度も勝手に探ろうとしたことに対して怒っていると思っている。
でも違うのよ。
彼は、目的のためなら手段を選ばない人だと私は知ってしまったから、怒ったのだ。
私は、300年前も、怒る人をなだめる事はあっても、自分が怒る事はまずなかった。
だから、怒った後のことまで考えたことがなかったわ。
慣れない事はするもんじゃないわね
鋼のメンタルじゃないと、人に強気に出続けるなんて無理だわ。
無意識に、ため息が漏れる。
すると、遠くからまさに、私のため息の元凶であるギルド長が近づいてくるのが見えた。
思わず、身をすくめてしまう。
隠れるところがあったら、隠れてしまいたくなる。
私はギルド長より強いし、ここを吹っ飛ばすことも、逃げることもできるけど、300年後では普通の人のように過ごしたい。
私も、かつての仲間も、大それた事はみんな願わなかった。
出来るなら、普通の人のように過ごし、普通の人のような些細な幸せを噛み締めて過ごしたかっただけだ。
「この間ぶりだな。何のようだ?」
「お前が求めるものを持ってきただけだ。腰を抜かすなよ」
ギルド長にレグスタインが不敵ににやりと笑う。
「ああ、ダンジョンの魔石か。受付で査定が難しそうなものか?」
ギルド長は、ちらっとギルドの受付を見た。
基本的に、買い取ってもらうのは受付を通す決まりで、前回がおかしかったようだ。
「俺はそれでも良かったんだけどな。ソフィアをまだ工房から返してもらってないんだろう?すぐ防御体制に入って捌かないと今夜からガクブル震えながら眠ることになるぞ」
「へぇ、言うねえ。じゃあ、部屋を開ける。これでどうでもいいものばかりだったら、ただじゃおかないからな」
軽口を叩きながら、ギルド長は部屋に案内する。
私に視線を合わせる事は、一度もないまま──
◇
「なんだ!!こりゃ!うそだろう!はぁっ?どうしたんだ、コレ!!」
防音防御しても、突き抜けて響くのではないかと言う勢いで、ギルド長が慌てふためいている。
机の上には、ブラックコウモリの魔石が50個とまだ素材袋から出されていない50個ずつに小分けされた400個、それにレグスタインたちがダンジョンから回収した素材が机に置かれていった。
「えっ!本物......だよな?」
「真贋を調べるのはそっちの仕事だろ」
目を丸くして興奮が抑えきれないギルド長をみて、キリフが楽しそうに肩を振るわせて笑いをこらえている。
「いや、デボラと一緒に狩ったといっても、いくらなんでも多過ぎないか?」
「仕方ないだろう。ブラックコウモリは集団で襲ってくるから、魔石も大量になるんだよ。噛まれないように防御するのが大変だったんだから高値で買ってくれよ」
しれっと打ち合わせ通りに話すレグスタインの様子は、昨夜ギルドに流すべきか本気で悩んでいた姿と同一とは思えない。
みんなの意見をまとめて、きちんと話し合った通りにこなす
(やっぱりレグはすばらしいリーダーだわ)
私は心の中で感心していた。
普段からの私に対しての、きめ細やかなフォローもすごいが、他のメンバーも尊重して、意見を押し付ける様子もない。
みんなからの信頼が厚いのもうなずける。
(それでも、自分の家ではそう見られてない……ってことよね)
「集団でくるとは知らなかったな。珍しい個体だし、普通のダンジョンだとお目にはかかれないからさ。さて、世界中のギルドに買取を打診したい。流石にすぐに金には変えられない。そうだな......1週間は欲しい」
ため息まじりに、ギルド長は魔石を見つめた。
何かの機械で魔力量を測ったり、顕微鏡で覗き込んだり、重さを測ったり……
先ほどから「マジかよ」と連呼し続けている。
「しばらくは、俺の別宅でみんなで過ごそうと思っている。何か用があれば、そちらに連絡を入れてくれ。執事には伝えておくが、そこに俺たちがいる事は他言無用だ。金をもらったら、しばらくは色んなところを転々とするつもりだからな」
レグスタインは、話は終わったとばかりに立ち上がる。
ギルド長は慌てて預かり証を書き、副ギルド長を呼ぶ。
「金庫保管で、護衛官をつけろ」
そう指示をしながら動き始めた。
「とりあえず、前金1000Gをギルドの銀行に入れておくから」
ギルド長がそういうと、5人は一斉に固まる。
「は?せ、せ、せ、1000Gって言ったか?前金だろ?」
レグスタインは、先ほどのポーカーフェイスはどこへやら。
余裕をなくし、完全に動揺してしまっている。
(裕福な彼らも驚く金額なのかしら?)
「すごいの?」
私は、思わず口に出てパッと口を押さえる。
貧民出身でも、いや、貧民だからこそお金の価値を知らないのは怪しまれる。
「そうだな。1Gで庶民が1ヶ月普通に暮らせるぐらいだ」
ギルド長が、くすっと笑って答える。
「えっ??前金……より、あと支払われる方が多いんですよね」
一月に庶民が暮らすのに必要なお金ってどのくらい?
それなりの金額よね。
それに1000掛けたら……私、もうそれだけで、遊んで暮らせるんじゃ?
指で数えながら真っ青になる。
「ああ、後払いの方が多い。ソフィアもいないし、この後は厳重管理だ。デボラ、あやしまれたくないなら、一般常識ぐらいは早く身につけておくんだな」
揶揄うような口調で、ギルド長は笑う。
そして、そっと耳元で囁いた。
「少しだけ......話がしたい」
私はその声に、ビクッと身体をこわばらせる。
「おい、お前またデボラに何かしようとしてるのか」
私の異変に気づいたレグスタインが、ギルド長の肩を抑えた。
「いや、聞きたいことがあっただけだ。どうしても気になるなら......そうだな、レグスタインだけ同席してもいいが.......」
そういうと、ちらっと私を見る。
レグスタインさんに、知られてもいいのだろうか?
でも.......私は戸惑う。
「あの......二人だけで.......レグ、大切な話だから今は二人だけで話したいの」
私はレグスタインを見つめたが、その声も手も震えていた。




