24 死んでも仲間
「デボラ、ありがとう。ユリアは無事に意識を取り戻した....が......その......その格好はどうしたんだ?」
ギルド長が、上から下まで何度も視線を往復させて、まじまじと私を見つめた。
今、私はグレンの魔法使いのローブを借りて、全身を完全に覆い尽くしている。
見た目はコウモリ。
出るのは手のみだ。
「幻惑蝶の治療の過程で、ユリアさんの体内にいた幻惑蝶の攻撃が予想外に激しくて怪我をしてしまいました。それを隠したくて.....服も破れているのでこの格好でお許しください」
「えっ!あの床の蝶が全部ユリアの中にいたって言うのか?」
ギルド長の顔が引き攣る。
床を蝶の死骸が覆い尽くす状態なのだから、信じられないだろう。
「それが、あの蝶の怖いところです。まだ羽に色がついてないから幻惑蝶ではなく、寄生蝶と言われてます。」
「いや......でもすごい量だぞ」
「ええ、体の中では小さく粒のように過ごします。でも、外では一斉に大きくなります。だから魔力の強い人を見つけたら、傷口から小さく変化して寄生できる性質があって厄介なんです」
ブラックコウモリも幻惑蝶も、個体が弱い種は、数で対抗しようとするので侮れないのは間違いないが.......
話の途中で、私の横にいたグレンが、ギルド長との接触時間を減らすために、私とギルド長の間に体を滑らせ、部屋のドアを指差した。
「とりあえず、そんな危険な蝶だからな。死骸を全部確保させて欲しいんだよ」
そして、私の渡した吸引瓶をギルド長にさりげなく見せる。
「瓶?に入れるのか」
「ああ、風魔法でこの中に密閉する」
私の作った吸引瓶を見た時は、
「なんだよ!これ!風魔法いらずじゃないか!」
そう言って興奮していたグレンだったが、ギルド長の前では、さらっとなんのこともないように話す。
「私は、最後にユリアさんの体調を確認させてもらって、体に寄生がないかを確認して終わりになります」
私の話に、ギルド長は頷いてドアを開けた。
◇
蝶の回収はグレンに頼み、その間にユリアの状況を確認する。
「あなたがデボラさんね。初めまして。もう諦めていたのに、嘘みたいに体が軽いわ。あなたすごいのね」
長く臥せっていたのだろう。
冒険者だったというユリアは、頬はこけ、老け込んで見える。そして、体もすっかり痩せこけていたため、冒険者だったという面影はすでにない状態だ。
それでも、かつてはかなり美人だったのだろうという面影があった。
「最後のチェックをしますね」
私は、その痩せた体に気づかないふりをしながら、ローブから手を出した。
そして、そっと、ユリアの骨と皮になってしまった手を握る。
(全身探知)
目を瞑り、そーっとユリアに知られないように、体の中に極細の魔力の糸を這わせていく。
(幻惑蝶は小さく隠れるので大変だわ)
手から頭、胸、腹部、足と全集中して探し続ける。
(少しでもいたら、必ず私の強い魔力に反応を示すはず...)
極細の魔力を紡ぎ続けながら、10分経過──
額に少し汗が滲む。
「大丈夫......だと思います」
ふぅっと大きく息を吐く。
今度こそ本当にミッションコンプリートだ。
「こっちも全部回収した」
そう言ってグレンは蝶が大量に入った瓶を見せる。
「ユリアさん、実はこれが体の中に寄生していました。今、確認して、体の中の蝶は駆除できています。この後は普通に生活していただけると思います」
そう告げたが、ユリアの表情は冴えずに固かった。
「これが体に......そりゃ、死にかけるわよね。幻惑蝶のせいで、ジークは冒険者として再起不能な怪我をしたし、パーティーも解散になった。それだけでも不幸なのに、まさか体の中で憎き敵を飼ってたなんてね......」
「...........」
呟くように、悔しそうに声を絞り出すユリアの姿は、300年前に多くの同胞を失った私の声に似ている。
「あの......でも、体には今度こそ完全にいなくなったから.......」
どう言えばいいのかわからない。
励ましも、なぐさめも出来ない。
「そうね、あなたのおかげで完全にいなくなった。あなた、キリフと同じパーティーのメンバーになったんですってね。」
ユリアからは、感謝の言葉とは程遠い少し緊張を含んだ硬い声が聞こえてきた。
あれ?ユリアさん、治ったことが嬉しくなさそう
私は、グレンにどうしたらいいかという困惑の目を送る。
グレンも、予定外だったようだ。
「ああ、キリフは俺たちと一緒に例のダンジョンに潜っていたが、危ないところを彼女に助けてもらったんだ。彼女は君と同じ弓使いだよ。これからは、俺たちと共に行動する予定だ。」
そう、私の代わりに答えてくれるが......
ユリアの表情は、ますます苦々しげに歪む。
私を見る目は、治ったことへの喜びとは程遠い。
むしろ憎悪だ。
思わず、困惑でたじろいでしまう。
「そう、キリフたちを助けるなんて......じゃあとても強いし、幻惑蝶の寄生の治療もできるんだから、とても博識なのね。ねえ、デボラさん、その博識の頭で正直に言って欲しいの」
ユリアは、どうして私を助けたの!と言っているようだ。
私を見守ってくれた黒竜に、私もこんなふうに怒りを向けていたのだろうか?
「正直に......ですか?」
「ええ、正直にあなたから見て、私はかつてのように冒険者に戻れるかしら?」
ユリアは誤魔化す事は許さないとばかりに、じっと私を見つめた。
「おい、お前はギルド長の妻でもあるんだ。もう、パーティーもない。冒険者として動く必要はないだろう?」
ギルド長が困惑したように、ユリアに声をかける。
だが、首を横に振りユリアは涙をこぼし始めた。
「嫌よ。あなたはギルドで仕事をして、みんなからの信頼もあるし、頼りにされているわ。
キリフだって、もう、新しいパーティで新しい仲間も引き入れて活動してる。
私は?こんなに痩せて、こんなに力が無くなって、どこにも出ず、今度は老いて衰えるまでここで過ごすの?」
ユリアは、キッと私を睨みつけた。
「ねぇ、どうして私を助けたの?あのまま死なせてくれなかったのはなぜ?こんなガリガリになって、冒険者......うっ.......うっ......もう無理よね。
なんで、キリフはあなたを次のパートナーに選んだの?ねぇ!あの人は、もう女性とパーティーで一緒に過ごすことはないって言ってたのよ」
ギルド長の悲しそうに凍りついた表情が目に入る。
これは、嫉妬だ。
ユリアさんは、ギルド長と結婚しても、キリフさんを忘れてないんだわ。
これは、私に頼んできたギルド長が報われない。
私は大きく息を吸った。
「あなたは完治しました。この後はどこまで回復するのかはわかりません。私が請け負ったのは、あなたの命を助けるところまでです。
だから、あなたの人生が満足いくかどうかは、あなたの仲間にかかっていると思います。」
黒竜は、私を助けてしまった。
終わらせて欲しいと望む私の言葉を聞かずに、最高の仲間に私を託してくれた。
「だから、ユリアさんのこれからを支えてくれる仲間と一緒にこれからやりたいことを叶えていけばいいと思います。」
「支えてくれる仲間って夫のジークのこと?」
私はこくんと頷いた。
「私はあなたの元仲間のキリフさんとギルド長にあなたを助けて欲しいとお願いされたにすぎません。
そして、あなたを助けた理由は、私の仲間であるキリフさんがそれを願ったからです。」
「そうだよ。俺とキリフが彼女にお願いしたんだ。デボラは怪我を負ってでも君を助けてくれたんだよ」
ギルド長は、ユリアの背中をさすりながら、私に申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、私だけではなく、パーティーのみんなでそれぞれ出来る役割をやったに過ぎません。キリフさんは、私にとってもみんなにとっても大切な仲間なんです」
「キリフは、もう、私の仲間じゃないと......」
「いえ、そうは言っていません。あくまでもパーティーの話です。パーティーメンバーでなくなったら仲間ではない、そんなことはないと思います。その......わたしの仲間は、亡くなった者も多いのですが......いつまでも仲間です」
最後は、私も震えていたと思う。
目の前でユリアさんが泣き崩れたのを、私は見つめるしかなかった。
グレンに促されて、部屋を出てからはどうしたのか覚えていない。
私は一人魔女狩りで生き残った。
仲間たちは、みんな死んでしまった。
死んでも仲間だよ
そう思っているのは私だけなのかもしれない。
生きたくても死んでしまった。
お前なんて許せない
仲間じゃない!
もしかしたら、あの世で私を恨んでいるのかもしれない。
「デボラ、よく頑張ったな。あそこまで言われて、俺だったらキレてた。えらいぞ」
ローブ越しに、グレンが頭を撫でる。
「いえ、ユリアさんを見て一つ後悔してしまいました。私、黒竜にありがとうって、300年見てくれて、守ってくれてありがとう。この世界に戻してくれて.......ありがとうって伝えてなかった。
黒竜は、最後の力を振り絞って守ってくれたのに......」
この世界でも、私は後悔ばかりだ。




