19 本当に欲しいのはどっち?
「幻惑蝶だよ」
ギルド長がポツンと呟く言葉に、5人の、特にキリフに激しい動揺が走った。
「なんで......今その魔物の名前が出てくるんだよ.......」
キリフは顔を背け、悔しそうに唇を噛み締める。だが、その背中は小さく小刻みに震えていた。
幻惑蝶.......
やっかいな魔物だわ。
私は、心の中でその不気味な生態を思い出していた。
幻惑蝶は、ブラックコウモリと似ているのだ。
一つ一つはとても弱い。
だから集団で群れとなって、生きているものを狙って動く。
かといって、ブラックコウモリのように喉元を食いちぎろうとしてくることはない。
あの蝶は、人の精神を混乱させる力があるのだ。
人と人同士が混乱で攻撃し合うようにしたり、弱っているものの魔力を吸い取る。
そして、時限爆弾のように、忘れた頃に思いもしない攻撃をする生態を隠し持っている。
「幻惑蝶の幻惑にやられたユリア殿は、ギルド長が冒険者として再起できないように脚を壊した。ユリア殿は、責任を感じて想い合っていたキリフではなく、あなたの手をとった。
パーティーも解散した。それでその話も終わったことだろう。
これ以上、キリフを傷つけるな。そっちで何とかしろよ」
レグスタインだけは、リーダーとして、キリフを守るべく、ギルド長への嫌悪の表情を崩さない。
しかし──
「なんで?何で、ユリアの容体が幻惑蝶と関係しているんだ?」
キリフは、ギルド長に縋るように叫んだ。
レグスタインはそれを止めようと口を開きかけたが、キリフの必死の形相に言葉を紡ぐのをやめた。
今の話の内容で、理解ができる部分があった。
彼らの過去に何があったのか?
このパーティーでは、なぜ、女性を避けていたのか。
それなのに、突然ダンジョンから戻ってきたと思ったら、私をパーティーに入れるというのだから、ギルド長に関心を持たれて当然だわ。
「すまない。わかっている。お前たちに頼む筋合いではないのは......だが、幻惑蝶のせいで、ユリアの心臓がどんどん魔石化しているんだ。
彼女が幻惑蝶に襲われた時、彼女に出来た傷口から幻惑蝶は卵を産みつけていた。それが年月をかけて彼女の体に寄生していた」
ひゅっ......
息を飲む音が聞こえる。
それはキリフさんからなのか?
それとも他のメンバーからなのか?
ただ、みんなもその症状が進行した未来は「死」だとわかっている様子だ。
そして──
心臓が魔石化しているということは......
それだけ、ユリアさんは魔物に近づいていることを意味する。
だが、私には解せないことがあった。
「幻惑蝶の寄生から、どうして突然ユニコーンの話が?」
「万病に効くユニコーンのツノなら何とかなるかもしれないと治療院から言われたんだ。それを飲めば治るって。だが、ユニコーンなんておとぎ話のような話だ。かつてダンジョンや人里離れたところにはいたというレベルのな。
俺は、戦えるが、長時間歩き続けることができない。腕利きの者に頼むしかないんだ」
ギルド長は、絶望的な顔をしていた。
だが、レグスタインは冷たく嫌なものを見る目をして、ギルド長に一喝した。
「そんなおとぎ話のような依頼、誰が引き受ける?
見つからなければ報酬がない上に、ユリア殿の命という期限があるんだぞ。
お前は、デボラとキリフの足元を見たんだ。プラチナカードが必要だろうというのとキリフの報われない恋情を利用しようとした。最低だな......自分さえ良ければいいのかよ」
「......その通りだ。最低な男だと思っていい。だが、ユリアが助かるなら俺は周囲から後ろ指をさされようと、使えるものは全て使う。」
再び、静寂が支配する。
私以外のメンバーは怒りを滲ませ、誰もがいつでもギルド長に向かって攻撃を仕掛けられるように一触即発の空気だ。
だが、知っていることだけでも伝えた方がいいかもしれない。
私は口を開いた。
「ユニコーンの角は万能薬の材料にはなりますが、角本体だけでは何の効果もないです。
そして、万能薬は幻惑蝶の寄生にも効きません。
だって、幻惑蝶の寄生は、生物の種付け行為ですから病ではないんです。だから、ユニコーンの角を求めてもどうにもなりません」
私が話し出す姿を見て、レグスタインとグレンの二人はギョッとする。
多分、今の時代の魔法使いが失った知識を、私が話してしまっているからだろう。
でも、効きもしないのに、伝説のものがあれば助かるかも...なんて伝える医者はいやらしいと思う。
それこそ、自分の能力を棚に上げて、人の弱さにつけこんだ言動だと思うもの。
それさえあれば元気になれたのに......そんな後悔を植え付けて、どうするつもりなんだか?
「ギルド長さん、私はそのプラチナカードが欲しいと思ってます。ユニコーンの角も用意が不可能とは思いません。
奥様の治療に使えなくても、治らなくてもいいなら、期限までにお渡しする手段を考えます」
そこまで伝えて、私はしーっと言うように、人差し指を唇に当てた。
「ですが......もし奥様を救いたいということでしたら.......ユニコーンの角ではなく、私が治せる努力をします。治療法は知っているからです。
そして、これこそが、私がプラチナカードを欲している理由です。私には、人が欲しいと思う力と知識があります」
「デボラが?」
ポカンとしたように、ギルド長が私を見つめる。
言葉に嘘はない。
けれど、治せる努力だ。
正直、そこまで進行した幻惑蝶の寄生は厄介だ。
助からないかもしれない。
そして、その治療は、ユリアさんも私も命を落とす可能性があるものだ。
ユニコーンの角を渡してプラチナカードを得る方がよっぽど楽だ。
だが、300年前、私は多くの命を見殺しにしてしまった。
300年後のこの世界で、助けられるかもしれない命を、新たに見殺しにするのは嫌だ。
「デボラ、やめるんだ。君にだって確信があるわけじゃないんだろう?」
グレンが、私の含みのある言い方に気付いたようだ。
今まで黙っていたヘンケルも、慌てて私を止めにはしる。
「この件は、色々事情のある話なんだ。これでデボラに何かあったら、俺たちは自分たちが許せない。ギルド長が解決する問題だよ」
そうはいっても......
助けられる可能性があるのに、助けないのは......
キリフはどう思っているのだろう?
キリフには付与魔法の時に、どこまで助けるのか線引きはあるのかと叱られた。
誰もが私の力を欲しがると、利用したいものが取り巻いてくる危険性を指摘されたばかりだった。
私はそっと、キリフを見る。
いつもの表情とは違う。
おそらくユリアさんという人をまだ愛しているんだわ
「俺は最低だ。以前、君に偉そうなことを言っておきながら君を利用しようとしている。それでも、デボラ、頼む。こんなことを......お願いしてはいけないのはわかっている。それでも、すまない。助けてくれないか」
絶望感に打ちひしがれたキリフは私の足元にすがり、涙ぐんでいる。
そんなキリフを見たことがないみんなは、言葉が止まった。
助けたい人がいて、助けられるかもしれない人が近くにいるんだもの。当たり前だわ。
私もキリフのそばにひざまづいて頷いた。
「大丈夫です。難しいですけど......うん、勝ち筋も見えてますから。」
そう、キリフに微笑んだ。
だが、レグスタインたちに知られたら間違いなく止められるほど危険だ。
実は危険なのは、ユリアさんだけではない。
私自身もなのだ。
そして、私はもう一度ギルド長を見つめる。
「さあ、ギルド長、選んでください。ユニコーンのツノか、奥様を治すための私の治療か?どちらになさいますか?」




