17 恋に落ちることはない
「カレンさん!ダメです!」
魔女も人形も立場は弱い。
刃向かったら、理由なんて関係なく殺されてしまう。
ソフィアさんがどうして火を吹いたのかわからない。
でも、危険な任務を負わされるのは立場が弱いからだ。
ギルド長は、この国、世界の中で地位が高いはずだ。
だって賑やかなギルド、豪華な調度品、どれだけ潤っているのか分かる。
ギルドで登録をすれば、世界中のギルドで使える。
そんな巨大組織の長と、私のような魔女や人形の立場なんて言うまでもない。
「スパイダー、カレンさんを固定!」
私は、即座に空間バッグからスパイダーの糸を二階から一階に向けて放つ。
そして、自身も二階の踊り場から飛び出し、瞬時に浮遊着地して、カレンを追いかける......が......
「あ......これは、見てよかったのか?」
着地した直後、背後から聞き覚えがある声に心臓がドキンと音を立てる。
そーっと振り返ると、花束を持ったギルド長が、呆然とたっていた。
その先には──
包丁を振りかざしたままで、私の蜘蛛の糸にぐるぐるに巻きにされて固定されたカレン。
そして、私。
しまった!!言い逃れできない。
これはかなり......やばい...よね?
ちらっと私も視線を移す。
呆然としたギルド長、そして、その後ろに頭を抱える5人を前にして──
あああああああ!
覆水、盆には返りません!
私の顔色はみるみる間に真っ青になる。
蜘蛛の糸固定で動けなくても、ガコガコとカレンさんがなんとかして動く音が響く。
ギルド長に一矢報いてやろうとするカレンの音が、私の心の動揺と同調して、むなしくリビングに響いていた。
◇
「毒殺がよろしいですか?刺殺がよろしいですか?」
「カレン、そういじめないでくれよ。ソフィアは工房でメンテナンスを受けている。俺もビルダーからがっつり叱られたんだから。」
ギルド長は、はぁーっとため息をついた。
「わかりました。毒殺にします」
そう言って、蜘蛛の糸が取り除かれ、家庭用包丁を奪われたカレンは、仕方なくお茶を入れ始める。
同じポットで入れられた紅茶なのに、確実にギルド長に飲ませるカップの色だけ濃度を濃く注入したとしか思えない毒々しい色の紅茶が湯気をたてる。
これは……本当に毒があったら間違いなく盛ってるわ
私は無表情のカレンの顔をまじまじと見つめる。
「うわぁ、渋そう.......」
バインも、心の囁きがつい声になる。
カレンさんは、ソフィアさんが、ギルドで軽んじられたと怒っているのよね。
感情がないはずの自動人形だけど、作り手の思いがカレンさんに宿ってるんだわ......
そう考えると腑に落ちる。
「やろうと思ってもここまで一つのカップに濃度を集中させる力が凄いよなあ」
ヘンケルが、うへぇと言いながら濃く出たカップを見つめた。
「カレンが怒るのは無理もないとわかっているさ。もちろん、お前たち【閃光の頭】のメンバーからもデボラを危険な目に合わせたわけだから怒られるのは無理もない。ただ、これは意図しないことだったんだ。まずは、デボラ、君に謝りに来た」
私は花束を受け取る。
「ありがとう......ございます」
きれいな美しいピンクの薔薇が、ふんわり鼻腔にやわらかく良い香りを立てる。
思わずふわぁと顔の緊張が綻ぶ。
「その、お花をいただいたことはなくて、うれしいです」
花束も初めてだし、薔薇も調合に使う以外で手にしたことはない。
飾るためのものなんてもったいないわ。
空間バッグに入れて枯れないように保管しようかしら?
私はお礼を伝えると、思わず笑みがこぼれる。
ギルド長は居心地が悪そうに、ちらっとキリフを見た。
「デボラが喜ぶ体験を俺たちが潰すわけにはいかないからな。普段なら、花束をお前の顔面に叩きつけて返すところだ」
ぶすっとキリフがギルド長に返答するのを聞いて、
「へっ?あ、あの......」
素直に花束を喜んでよかったのかしら?
とてつもない不安が襲う。
「大丈夫。お見舞いの花だ。デボラは優しい子だからね。ギルド長、受け取ってもらえてよかったじゃないか?こんな素直な子に、ソフィアを使って手をかけた意図を教えてもらおうか?」
レグスタインは私に微笑んだ後、無表情でギルド長に向き直る。ギルド長も、申し訳なさそうな顔を私に見せた。
「デボラには何かあるのだろうと考えて、警戒していない場面で、デボラの能力をこっそり測ろうとしたんだ。誰に対しても、平等をモットーにするギルドが、明らかに不平等な対応をしたと思っている。その点をまず謝りたい」
ギルド長は、その場で深々と頭を下げた。
水晶に手を当てると聞いていたが、ソフィアさんの手にその機能をとりつけていたということかしら?
でも、私、ギルド長とは初対面だったわよね?
思わず、自分の身なりを見直してみる。
だが、服はレグスタインたちが買って来てくれたものを直しただけだし、目立つとは思えない。
「なぜ、デボラに何があると思った?そして不平等な対応をしたのか聞かせてもらおうか?」
キリフが、私の思いを汲んだかのように、淡々とギルド長に質問していく。
本当にそうだわ。
面識もないのに、わざわざ別室に呼んで、自動人形を使って能力を測ろうとするなんて......
服装でなかったとしたら、私は何をしてしまったのだろう?
「レグスタインとキリフの枢機院の報告で、新しいパーティーメンバーに、女性を入れると伝えた情報がギルドに流れて来た。だから、パッと聞いて、その女性には何かがあると疑った。」
「えっ?パーティーに加入しただけでですか?」
思わず、反射的にギルド長に言い返してしまう。
そんなに女がパーティーに入るのはおかしいことだったのかしら?入れると言われて、素直に甘えたのは間違い?
私は途端に言われるままに流されていたことに気づく。
「男女混同のパーティーはたくさんあるだろう。俺たちが女性を加入させたいと思うことが何が悪い?そこまで、ジークが俺たちに関心を持つとはね?」
キリフがギルド長をギロッと睨む。
女性が入っていてもおかしくはなかったんだわ。
でも、何かを含ませたような言い方に聞こえるのは気のせいかしら?
「確かに、ただ入れるならな。だが何年か消息不明の【閃光の頭】が、帰ってきたと思ったら、女をパーティーに加入させると突然言うんだ。【閃光の頭】は女性は入れない方針と知っていたからさ。何かがあったと思うだろう?」
そう鼻息荒く叫ぶギルド長を、レグスタインは一瞥して、余裕ありげに鼻でふんと笑う。
「なんてことはない話だ。彼女は弓使いで、空中で飛び交う魔物の討伐で助けてもらった。今のメンツは空中戦だと、グレン1人に負担がかかる。だから、腕がいいデボラを仲間にした」
弓というところを除けば、翼を持った黒竜から5人を助けた(正確にいうと黒竜自身が助けた)のは事実なので、私もそこまで抵抗なく頷いた。
「ダンジョンでか?おかしいだろうが!あのダンジョンはギルドでも危険なダンジョンとしてSランク以外は入れないようにしている。依頼もSだけだ。更に、そのSの中で、先に進めたのはお前たちだけ。デボラはどこから入れるというんだ?」
「普通に入り口から入りましたけど......」
(ただし、300年前に......)
嘘はついてないので、ギルド長の目を見てしっかりと話す。
レグスタインはそれを見て頷き、話を合わせる。
「彼女はギルド登録はしていなかった。貧しい育ちで、身寄りもいない。素晴らしい弓使いだけど、それを伝える場もなくあのダンジョンに潜って生活を営んでいたんだ」
これも、弓使いというところを除けば嘘ではないわ。
弓は使ったことないけどね
私は心の中で頷いた。
300年前に、ギルドはなかったから登録していない。
貧しく、身寄りもいない。
魔法を伝える場もなく、ダンジョンに潜ったまま生活して、300年ほど眠っていた。
ほとんど本当だ。
「だが、入り口に見張りを立てて、ギルドの調査班は何度もお前たちを探すために潜ったんだぞ。もちろんデボラとは一度も会っていないし、人が暮らすような空間はない。常に魔物が襲ってくる世界だからな」
ギルド長は、嘘は見抜いているという顔をしている。
でも、嘘はついていないんだから正直に話すしかない。
「一度入ったら出られなくなってしまったので、下層にいました。それこそ、何年も長く潜ってました。
その層では5人以外の人とは会ったことがありません」
嘘じゃないわ。
ただ300年潜って、下層は300階だっただけよ。
「それならダンジョンを出たらさようならなはずだよ。弓使いは外の世界に出れば多くいる。
レグスタインたちは、女には困っていないし、今までも優秀な奴がいても女性は入れていない。
恋愛沙汰によるトラブルや異性への配慮がめんどくさいと言っていたからじゃなかったか?」
そうギルド長が語気を強めて話す言葉に、私は、思わずレグスタインを凝視する。
それは初耳!
やっぱり、女性を入れるなんて望んでいなかったんじゃないの!
「確かに、うちのパーティーは女性は入れない方針だった。実際に、そのトラブルを体験した奴もいるからな......」
そうレグスタインがギルド長をギロッと見る。
ギルド長も自分が話していながらも、決まり悪そうな顔をしている。
なんなのかしら?
なんかワケありそうだけど......
二人、いやキリフを含めたみんなの表情が硬い。
「だが、ダンジョンで彼女と出会い、俺たちは確認しあった。デボラに恋に落ちることは絶対にない。だから安心してパーティーに加入してもらった。それだけのことだ」
そうなのね。
全員、私と恋に落ちることは絶対ない。
それなら、安心......?
ん??
何かしら?
なんかむかむかするような?
なんか引っかかる気がするのは気のせい...かしら?




