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夜には危険が潜んでいる。しかもすぐ近くに。

殿下視点です。


※今回の注意事項

女性を軽く扱うような表現があります。嫌いな方はご注意下さい。

長いです。でも分割したくなかったので。

会話文多過ぎのため、セリフが連続した場合、一行開けています。



 魔物の領域の異変。それを引き起こした犯人たちの捕縛作戦。

 それは僅か一日で、つつがなく完了した。

 あとは報告書をまとめてしかるべき部署に任せるのみ。

 今回私に与えられた調査任務は、その報告書をまとめ、提出した段階で終了する。

 だから本当にあと一仕事で完了するのだが……。


『疲れた。明日報告する』


『気分が悪くなるものを見せられたからな、今日は早く寝てしまいたい』


 残って研究施設を調査していた先生方から詳しい話を聞けなかったので、明日に延期することになった。

 そもそも私が提出する報告書も形式だけの物に近い。最終的には先生方の作る報告書こそ重要なのだから、私が急ぐ必要もない。


 それ以上に、疲れ切っている私に聞かせるのは躊躇われた。ということなのだろうが。


 一応隠そうとしたつもりだが、私が憔悴していたことなど全員がわかっていただろう。

 いつもなら私が用意していた夕食だが、いつの間にかエレアノーラが用意していた。

 オリビエ嬢とサイア嬢も、どことなく気を遣ってくれているようだった。

 一応は私が指揮官なのだから 、本来は私が部下を気使うべきなのだろう。

 忘れていたつもりはないが先に気を遣われてしまって辺り、つまりは“そういうこと”だということだ。


 ……いかん、早めに休もうとベッドに入ったのだが、サッパリ眠れん。

 体はさほど疲れていない。疲れているのは精神的な面だろう。

 だから、なのだろうな。やくたいもない事ばかり考えて眠りにつけないのは。

 少し、外で涼むか……。


 ベッドからでて上着をはおり、部屋から出る。

 そして籠から出ようとしたところで気付いたが、いつの間にか剣を持っていた。

 そのこと自体は正しい。仮にも魔物の領域の近くなのだから、万が一と言うこともある。昨日までは不寝番も立てて、交替で警戒していた。


 だが今日は全員が疲れているだろうということで、先生が持って来ていた結界魔道具を使って全員が休んでいる。

 範囲が広いうえ、Sランク以上が来なければ安心という貴重な物だ。余程のことが起こらない限りは安全だろう。

 だから剣など持っていく必要は無いのだが……置きに戻るのも面倒だしな。このままでいいか。


 一応警戒しつつドアを開け、籠の外へ。

 籠の外は目の前に森。

 闇一色の森の奥と、月に照らされた木々。

 上と下で二色に染まった森は、不思議と怖さを感じなかった。


 そんな森のすぐ手前で、エレアノーラが佇んでいた。


「……殿下?」


 さすがはエレアノーラ。背を向けていたのに一瞬で気付いたな。


「眠れないのですか」


 出てきた理由までお見通しか……。


「そんなところだ。エレアノーラこそどうした。森に異変でもあったのか?」


 バレているなら強がったところで意味はない。大人しく認めたついでに、エレアノーラの理由を尋ねる。


「いえ、軽く魔法制御の訓練をしていました。こちらに来てから怠っていましたので」


 魔法制御の、訓練?

 今日までしていなかったのは当然だろう。何が起きるかわからない異変が起きている魔物の領域を目の前にして、訓練で力を使い果たすわけにはいかない。

 なのに、異変を解消した当日に訓練を再開。

 『軽く』と言っているのだから、何かあっても対処できる程度の余力は残しているだろう。

 つまりエレアノーラにとって今回の事件は、その程度のもの、という事なのか。


 森の中ではAランクの魔物に囲まれても眉一つ動かさず、一匹も近づけさせない圧倒的な力を見せた。

 戦闘以外でも、相手の結界をあっさり見破り拠点の位置まで調べ上げてしまうなど、確かな力量を示していた。

 普通、戦闘に参加する魔法士とそれ以外の魔法士は専門が異なるはずなのだが……本当に、恐ろしいほどの魔法の使い手だな。


 そしてそんな力を持っているにもかかわらず、なお訓練を重ねる。

 強いわけだな。

 まだまだ、私の手の届かない場所に居るということか……。


「……殿下、どうぞ」


 いつの間にか近づいていたエレアノーラが飲み物を差し出してきた。

 休憩用に用意していた果実水か。喉は渇いていないのだが、折角だしな。

 また、気を遣わせてしまったな……ッ、

 ~~~~~!!

 な、なんだこのマズさは! 冷たい果実水のはずがどうして中途半端に暖かいのだ! 絶妙のマズさを演出しているぞ!?

 ……よく見れば、器だけ冷やして中身だけ暖かいという無駄に高度な魔法が使われている。技術が凄いのはわかったがどんなイヤガラセだ!?


「口を付けたのですから、最後まで飲んで下さい」


 なみなみと注がれたこれを全てか!? どんな拷問だ!


「それが嫌なのであれば、少し私の用に付き合って下さい」


「……最初からそれが目的だったんだろう。ならそう言ってくれ……」


「必要な手順です」


 こんな物を飲まされるのが必要な手順のはずないだろう……。


「鬱陶しい根暗思考に陥っているようだったので。効果があったのでは?」


「……確かに良くない方向にばかり考えていた。考えていたが、もう少し何とかならなかったのか……」


「そうですね、他には訓練で徹底的に叩きのめして指一本動かせなくしてから語りかけるとか、しばらく放置して自滅させてから語りかけるとか、女の体でも覚えさせてから語りかけるとかありましたが、そちらが良かったですか?」


 訓練……エレアノーラが行う指一本動かせなくなるほどの訓練など、地獄にしか思えない。

 放置して自滅など、その頃には人生が終わっていそうな気がするな。

 女の体というのは……まぁそういうことなのだろう。


「すまない。これが最善だった……」


 結局のところ、思考できないほどの状態にさせたいということなのだろう。であれば他にもやりようはあるはずだが……これ以上の抵抗は無意味だな……。


「それで、用とはなんなのだ?」


「まずここに座って下さい」


 指し示したのは地面に直接敷かれた敷布の上。

 先ほどの飲み物も元はそこに置いてあった。よく見れば菓子もある。

 休憩用に用意していたのか? とにかく言われるまま座った。そしたら隅に寄れと指で指示された。

 一体なんなのだと思っていると、反対の隅にエレアノーラが座った。

 敷布は人一人が余裕を持って座れる程度だが、二人で座れば当然狭い。

 いくら相手がエレアノーラと言えど、この距離は遠慮したいのだが……エレアノーラも敷布からはみ出る限界まで遠ざかっているな。ついでに体の向きは私と全く違う方向を向いている。

 エレアノーラもできれば避けたい状況のようだが、そこまでする用とは本当になんなのだ……。

 心の中で警戒しながら次の言葉を待ったが、考えていたのとは全く違う意味で驚かされた。


「では、存分に愚痴をどうぞ」


 ……愚痴? しかも私がするのか? 用があるのはエレアノーラではなかったか?


「殿下の愚痴を聞くのが私の用です。ついでに私も言います。こういうものはどちらか一方がするより、言い合った方が盛り上がりますので」


 盛り上がる愚痴とはなんだ……。


「私も殿下も、基本的には頭の中で考えてから口を開きます。たまには何も考えず、直接口を動かすのも良いものですよ」


「む……」


 言われた通り、私は一通り考えてから口に出している。

 立場上、迂闊な事は言えないからな。


「飲み物もありますし、甘さ控えめのクッキーも用意してあります。それから防音と姿消しの結界も張りました」


 言いながら出てくるさきほどの果実水(きちんと冷えているし、今持っている物も魔法で冷やされた)とクッキーの山。

 立場などの面倒な事は、今この場では気にする必要はないという事か。

 そういうことなら否やはないのだが……。


「すまんが、愚痴と言われても何を話していいのかわからなくてな……」


 頭で考える癖が付いているせいか、何か口にしようにもつい頭の中で『そんなこと、口にするだけ無駄だ』と考えてしまう。

 もっと軽く考えればいいのだろうが……。


「いえ、それで十分です」


 何?


「つまり、殿下は愚痴も言えないヘタレだということですね」


 いきなりそれか……。


「大方、今日は口を出すだけで何もできなかったとかウダウダ考えているのでしょうが、お飾りの指揮官には誰も期待なんてしていませんから、それでいいのです。有能な部下におだてられながら堂々と無能っぷりをさらすことこそ、新米指揮官の勤めです」


「ぐっ」


 き、気にしてることを。

 確かに事実なのだが、もう少し言い方というものが……。


「失礼しました。今日に限った話ではありませんでしたね。こちらに来てからの殿下は見てるだけ、聞いてるだけ、立ってるだけ、たまーに口を出すだけの、国内一豪華なお飾り指揮官でしたね。訂正します」


「そこまで言わなくてもいいだろう!?」


 全く否定出来んがな!


「しかも三バカを尋問しているときの、あの腰の引けっぷりときたら……はぁ」


 わざとらしく溜め息まで吐いて!


「仕方がないだろう! あのような得体の知れない者と会話したのはこれが初めてだったのだぞ」


「それはそうでしょう。常日頃から殿下の周囲にそんな者が居たら、それはもう国家の危機です」


 日常的に会っていたら恐ろしすぎるぞ……。


「大体どうしてエレアノーラは平然としていたのだ。まさかサースヴェール領にはあんな者ばかりなのか?」


「前線では珍しくないですね」


「何!?」


 軽く言い返したらとんでもない返事が返ってきたぞ!?


「それに私には前世の知識があります。あの程度のフェティシズムなら可愛いものです」


「一体どんな世界だったのだ……」


「機会があれば、話してあげましょう」


 聞きたくない気もするな……。


「前線で珍しくないというのはいい。話だけでは想像できないほど過酷な場所だろうからな。そんなところに居れば多少頭がおかしくなるのも頷ける。だがあいつら三人がおかしくなったのはどういうことだ? この領域はそれほどでもなかろう」


 領域のランクが突然上がったのは恐ろしいことだが、Aランク以下の領域であればそこまで脅威ではない。

 今回は役割分担上、エレアノーラばかりが前に出て戦っていたが、私が前に立っても十分に役を全うできた程度だったからな。

 腐ってもあの三人は学園でも上位の成績。というかエレアノーラと私の次に位置していたはずだ。この領域であれば対処もできるだろう。


「殿下、あの三バカの成績をご存知ないのですね」


「細かな数値までは知らなかったが……まさか」


「殿下と私、それ以下とでは、隔絶した差が開いています。あの程度の成績で、しかも実戦経験もろくにない者ばかりが集まる。結果がどうなるかなど、わかりきったことです」


「そういえばあの三人、最初に見たとき随分やつれているように見えたが……」


「あの小屋を覆っていた結界ですが、見た目を誤魔化す効果がほとんどで魔物避けの効果は小さいものでした。かなりの頻度で魔物に襲われていたでしょうね」


 疲れていたのは魔物と戦って消耗していたから。のこのこ出てきたのは、私たちを魔物と勘違いしたからだったのか……。


「まぁ、あの三人がおかしくなった原因には、あまり関係ないでしょうが」


「何か心当たりでも……いや、一つしかないな」


 どう考えてもアイナ・ハリマーが原因だろう。


「だがあの事件の何がそうさせたのだ? アイナ・ハリマーを崇拝していたように見受けられたのだが、あの三人は騙されていた側だろう。だったら逆になるのではないか?」


 エレアノーラがアイナ・ハリマーに嫌がらせをしていたというのは、全て自作自演。それにあの三人も利用されていた。

 普通は利用された事に怒りを覚えるものではないか?


「その答えは宰相子息が言ってたではないですか」


「……?」


 そんなこと、言っていたか?


「『降臨に失敗した出来損ない』と。つまり、彼らにとってあのアイナ・ハリマーは偽物という扱いになっているのです」


「ああ、そんなこと言っていたな。なんと都合のいい……いや、その“都合のいいアイナ・ハリマー”を求め、作りだそうをした結果が今回の事件というわけか」


「そういうことです」


 愚かにもほどがあるだろう……。


「知っての通り、私は三バカとアイナ・ハリマーに囲まれ、罪を追求されました。端的に言ってバカバカしい理由で」


「そうだな。まともに頭が回る人間なら話を鵜呑みにせず事実かどうか調べるし、調べればすぐにわかること……」


 そうか、既にその段階で盲信していたということか。


「三バカがあそこまで盲信するようになった、その経緯はわかりません。ですが彼らにとってはアイナ・ハリマーこそが全てです。そのアイナ・ハリマーが嘘をついていた。無実の罪を着せようとしていた。アイナ・ハリマーがそんな事をするはずがない。であればアレは偽物だ。本物を見つけ出すことこそ自分たちの使命。アイナ・ハリマーは自分たちにとって神にも等しい存在。いやまさしく神であるべきだ。神を信じる我らには神の加護がある。神を作り出すことだってできる。我らが作り出したものが、真のアイナ・ハリマーである。……そんな感じでしょうね。ただの想像ですが」


「アレを見たあとだと、説得力のある想像だな……」


 そのまま報告書に書けそうだぞ……。


「しかしアイナ・ハリマーが嘘をついていた程度で、あそこまでおかしくなるものなのか? 三人にとって重要な存在であったのは、当時のことを思い出せばわかるが……」


 あの三人は色々と抜けている部分はあったが、それでもアイナ・ハリマーと会うまではそこまでおかしな人間ではなかったはずなのだが。


「そうですね……殿下にとってわかりやすい例を出すなら、女性の存在を秘匿されていたいた件と同じほどの衝撃。自身の世界を揺るがすほどの出来事だった、となるのではないでしょうか。これも想像でしかありませんが」


「むぅ……」


 ……なるほど、近いかもしれんな。

 私の場合は嘘をつかれていたというより隠されていたという形なのだが、それでも大きな衝撃を受けた。

 私の知る世界はこんなにも小さかったのかと考えたな……。


「違いがあるとしたら、殿下の場合は今までに無かったモノが追加された、隠されていたモノが姿を現したということでしょうか。世界の変化に戸惑い、大きすぎる世界を受け止められなかったのが、今の殿下です」


「……そうか。あの三人の場合は、今まで存在していたものが嘘だった、あるいは無くなってしまった。だからその穴を埋めようと、嘘だった世界を作り直そうとした。そうして自分の世界を保とうとしたのか」


 私の場合は、世界を受け入れられないことがそのまま女性への恐怖として現れ、女性を拒絶している。

 あの三人に空いた穴は、自分という根幹を揺るがすほど大きな穴。例え埋め直したとしても元通りにはならないし、慌てて直せば歪にもなる。

 おかしくなるのも、仕方がないということか……。


「女一人にそこまで影響されるというのは、私にはわからんな……」


「わかりたくないというのが本音ですね」


「否定はせん。女たちに狙われて平気そうにしている男の心の内など、理解できんからな」


 よく耐えられるものだ。したくはないが尊敬してもいいぞ。


「殿下。一応、世間の一般的な常識を教えておきます」


「なんだ?」


 一般常識? わざわざなんだ。


「貴族、平民を問わず、多くの場合狙うのは男性側のすることであって、女性は狙われる側です」


「なんだとっ!?」


 バカな! 男が女を狙うのが普通のことだというのか!


「男が女を食い散らかすものであって、女は美味しく頂かれるものです」


「言い直さなくていい! というかなんだそのあからさまな表現は!」


「世間では貞淑な女性はそれなりに需要がありますから、美味しく頂かれることを狙っている女性も居るのです。そして男性側は征服欲を満たせる。双方とも満足する関係というものですね」


「解説もいらん! どっちが上位なのかわからんな……」


「最終的には本人たちの考え方次第でしょうが、やはり多くの場合は男性が上位ですね。男性は複数の女性を相手にできますが、女性は身ごもってしまえば子供の相手しかできません。その間、男性は他の女性の所へ行けるわけです。繋ぎ止めようとする女性側は日々努力が欠かせません」


「よくわかった……だからそういう言い方はやめてくれ……」


 女性に対して無理に貞淑さを求めるつもりはないが、その女性からそういう話は聞きたくないぞ……。


「何を言っているのです。これくらいで音を上げていては、将来騎士団に入ってから大変ですよ」


「……どういうことだ?」


 学園卒業後は騎士団に入る予定だ。

 数年所属したあと、その次は城で文官として仕事を行う。

 騎士と文官、両方の経験を積まないと立派な王になれないというのが王族の方針だからだ。

 だが今の話と騎士団の、何が関係があるのだ?


「規律を重んじる騎士たちとはいえ、職務を離れれば一人の男。そして未婚の男性が集まってする話が女性についての話になるというのは、いつの時代も変わりません。夕食時の話題など女性関係ばかりですし、日常会話に猥談なんて当たり前です」


「わいだん!?」


「休み前にはデートスポットと娼館についての情報が飛び交い、休み明けにはデートの結果で凹む者と自信を付けた者に二分され、娼館に行った者はいかに豪遊したかを自慢する。そういうものです」


「しょっ! ちょっと待てエレアノーラ! いかに女性のことを知らない私でも、そういうことを軽々しく口にするものではないということくらいわかるぞ!」


「わざとです。普通こういう話をすると女性の方から誘っているかのように受け止められるというか都合良く勘違いされますが、殿下が相手ではその心配もありませんので」


「確かにそうだがそういう問題か!?」


「前線の砦でする話題なんて、金か酒か性的なことしかありません。男性も女性も。誰でも半年居れば慣れます」


「前線を基準にするな! 騎士団の遠征に付いて行ったことがあるが、そんな話は一切出なかったぞ!」


「遠征に行ったのは学園に入る前ですよね? 女性のことを秘匿されていたのですから、そんな話をするはずがないでしょう。バカですか?」


「エレアノーラが変なことを言うから混乱してるんだ悪かったな!」


「飲み物でも飲んで落ち着いたらどうですか。みっともないですよ」


「猥談だの娼館だの口にしておいてよく言うな!!」


 くそっ、冷えた果実水が美味いっ。

 まぁ日々戦いに明け暮れる現場での話題が、金と酒と……そういうことになるのはわからんでもない。娯楽の少ない場所なら、そういうことに飢えてしまうだろうからな。だが……せ、性的とか、そういう言い方はどうかと思うぞ! せめて異性の話題と…………ああ。


「……そうか、何も相手が異性とは限らないのか……ふっ」


 ぽつりと呟いたあと、つい笑ってしまった。

 エレアノーラなど女性から、しかも二人から言い寄られているからな。こちらに到着したときのエレアノーラの疲れた様子を思い浮かべると……ぷふっ。


「……なんですか。その気に障る笑い方は」


「なに、エレアノーラにも苦手なものがあると思っただけだ。大したことではない……くくっ」


 いかん。こっちに来てからのエレアノーラは優秀な姿しか見せてなかったからな。あのことを思い出すとギャップが凄すぎて我慢できなくなってしまう。

 一見完璧に見えるエレアノーラだが……そうか、エレアノーラも案外普通ということか……。


「……その微笑ましいものでも見るかのような目つきを今すぐやめて土下座して下さい。しなければ私にも考えがあります」


「な、なに?」


 一段低くなった声に驚いてエレアノーラの方を見てみれば、こちらに向けて口の端を吊り上げ悠然と微笑んでいるではないか! その笑い方は怖すぎるぞ!!


「土下座しないのですか。さすが三バカににビビるヘタレ殿下。ビビるの早すぎですね」


「なっ、だからあれは」


「なんですか言い訳がましい。三バカが女体フェチに目覚めたド変態になった程度で狼狽えたくせに。巨乳マニアと尻太腿スキーとセンスの狂った面食い相手に瞬殺されるとか。いくらなんでも精神耐性低すぎませんかヘタレ殿下」


「仕方ないだろう嫌いな女のことをああも力説されれば! 学園で初めて女性に囲まれたとき以上の恐怖だったぞ! 大体私だけでなく他の者も引いていただろうが!」


「先生二人はほとんどスルーしてましたし、オリビエとサイアはすぐに復活して突っ込み入れてましたしたが。いつまでも帰ってこなかったのはヘタレ殿下だけです」


「ヘタレヘタレと……そういうエレアノーラこそオリビエ嬢に引いて逃げ回っていたではないか! 見苦しい逃亡劇を繰り広げたと聞いているぞ!」


「古い話を持ち出しまして勝ったつもりですかヘタレ殿下。あれはもう終わった件ですので、何を言われようと痛くありません」


「ほう、さすが変態を取り巻きにする悪の女王。器が違うな」


「なっ……んのことでしょう? この国で同性愛は至って普通のこと。私の近くに変態など居るはずがありませんが……」


「本人から聞いているぞ? オリビエ嬢はエレアノーラから蔑まれるのが好きらしいな。いかにエレアノーラの罵倒が素晴らしいか恍惚とした表情で語ってくれたぞ。しかもサイア嬢も似た趣味をもっているそうではないか。被虐趣味は立派な変態だと思うのだがな変態の主人?」


「うっさいわこのヘタレ! つか何口走ってんだあのドMわ! 殿下もドMの変態に両側からすり寄られてみろ自分を保つのだって一苦労なんだからな!」


「本性を現したなエレアノーラ! リーエとルーエからそれとなく聞いているぞ、本当のエレアノーラは学園では見られないとな! それに前々から疑問に思っていたのだ。時々考えていることと発言の内容に微妙なズレを感じていたからな。そうか、そんなにバカでかい猫を被っていれば当然だな。猫を被っていても変態に好かれるとは恐ろしい性根だな! どこまでも変態の主ということか!」


「女は生まれつき擬態スキルを持ってるからいいんだよ8○1ちゃんみたいにファスナーがあるんだよ! つーかあの二人まで何言ってんだ帰ったらシメる! その前に殿下、てめーもシメる。今シメる」


「やれるものならやってみるがいい。変態女王に負ける気はないからな!」


「口だけはマシになったと認めてやろう。だが私が実力で負けるわけないだろうクソ殿下!」


「私だとていつもいつもやられてばかりではない! 今日こそ勝たせてもらおう!」


 エレアノーラが全力で結界を張ると同時に、私は持ってきていた剣を抜いて向かって行った。

 精神が肉体を上回るとはよく言ったものだな。その日の私はいつも以上の動きができた。

 と言っても、それはエレアノーラも同じだったわけだが……。


「あるぇー? 大口叩いといてそれってぇ、どぉいうことですかぁ? ニヤニヤ」


「さっきからイヤらしい手ばかり使いおってこのドSが! オリビエ嬢とサイア嬢が喜ぶのもよくわかる戦い方だな!」


「負け犬の遠吠えって気持ちいいなー! ところで今ってまだ任務中だし、任務中にちょっとした事故で人が死ぬなんて当たり前のことだし、無謀すぎるヘタレ殿下の一人や二人死んじゃっても誰も何も言わないよねー? ってことでコロス」


 エレアノーラのヤツ、今まで一度も見せたことない魔法を連発してくるものだから本当に命の危機を感じた。

 死ぬ気で逃げ回ったがな!!


「面白い逃げ方するね……地面に這いつくばって逃げ回るとかキモイ体勢で攻撃避けるとか、王族としてのプライドないの?」


「王族のプライドを捨てて生き残れるならすぐにでも捨ててやる。人としてのプライドは何があろうと捨てんがな!」


「そんなイモムシみたいな状態で上手いこと言われても全然カッコよくないんだけど。王族のプライドが無いなら殿下と呼ぶ必要もないな。アークレイルの逃げっぷりをもっと見せてもらおうか。つか名前長いっつーのメンドクサイ。アークって略すのは定番過ぎて面白くないな。レイでいいや。南斗○鳥拳覚えて七つの傷を持つ男でも探しに行ってこい」


「名前の長さはそっちも同じだろうが! というか七つの傷とはなんだ意味がわからん! そっちがそう言うなら私も省略してやる。そういえばリーエたちからはレアと呼ばれていたな。私もそう呼ぶか。表と中身が全く違って丁度いいからな! 肉と同じで!」


「肉の焼き方と一緒にすんなウェルダンにすんぞゴラ!!」


 本当に炎の魔法ばかり飛ばしてくるから今度こそ死ぬかと思った。生きてるのが奇跡だな……。

 おかげで逃げ足だけは自慢できるとレアに認めさせたぞ!!


「逃げ足しか自慢できないイケメン王子とか誰得だし! ヤラレ役ポジションのブタ王スキルだからそれープークスクスー! そういえばレイっていっつも女子から逃げ回ってるもんねー。そりゃ逃亡スキルカンストするわ!!」


「そう言うレアこそ、その他人を嘲笑う姿は書物に出てくる悪役令嬢そのものだな。学園中の生徒がレアのことを悪役扱いしていたのは正しかったというわけだ!」


「前世のラノベじゃ悪役令嬢に転生したほうが生存率が高いからいいんですぅー。ていうか悪いことして放逐しされても好き勝手できる実力あるからそのほうが助かるんですぅー。あーレイも悪役扱いしてくれるんだし、悪いことして学園出て行こっかなー!」


「そんなこと、レアの母君が認めるはずがないだろう。話でしか聞いたことはないが、かの女帝が気に入った者は絶対に逃げられないそうじゃないか。随分大変な家に生まれたものだな!!」


「……………………」


「ど、どうした突然青い顔して」


 母君のことを口にした瞬間目に見えて青くなったぞ。……小刻みに震えてないか?


「……いや、ちょっと昔のこと思い出しただけだから。うん、大丈夫大丈夫。でもホントね、なんであんな家に生まれたんだろうね。ねぇなんで? 悪役令嬢ってもっと我が儘に生活していいと思うんだけどね、なんで五歳児にあんな訓練させるわけ? ねぇなんで? いや苦労する転生モノもあるって知ってるけどさ、でも読み物だからいいんであって自分がそんな目に遭うのは謹んで辞退したいわけですよ。なのに超ハードな訓練を転生者仕様に特盛り魔改造したスペシャルコースに強制的に放り込まれるとか。ねぇ。ねぇなんで?」


「虚ろな目で魔法を撃つな恐怖しか感じんわぁああああああああああ!!」


 ぶつぶつ独り言を呟きながら光の抜けた目を向けてくるレア。

 廃人にしか見えないのに魔法の制御だけ完璧で、私に向かって淡々と攻撃し続ける姿は口では言い表せないほど恐ろしかった。

 サースヴェール家の教育とは一体どれほどのものなのか……。


「くっ、レイの分際で精神攻撃してくるとは……そっちがその気なら私だってやり返すまで! 女体の神秘を語りつくしてやる!」


「やめろぉおおおおおおおおおおお!!」


 レアの口を止めるため、本気で突っ込んでいった。

 それからのことは覚えてない。

 気が付いたら朝だった。鳥の鳴き声が清々しいな。


「だから女ってのは(ピー)で、(ピーッ)が、(ピーッ!)なんだよ。そういうときの(ピーピーピー!!)はー」


「ぬあああああああああああああああ!!」


 何も、覚えて、いないのだ!!


 疲れ果てた私は地面に身を投げ出したまま朝を迎えたのに、レアといえば一晩中魔法を使っていたのに平然としていた。本当に化物か?

 先生たちは何故か疲れ果てている私を見て、現場での訓練はほどほどにと注意した。突っ込むところはそれでいいのか。

 オリビエ嬢とサイア嬢はレアに対して微笑ましい笑顔を向け、そんな笑顔を向けられたレアは随分と居心地が悪そうだった。一矢報いたぞ……。


 疲れ果ててはいたが、報告書をまとめるのは簡単に終わった。

 レアが三バカの変態さを解説してくれたおかげだな。


『宮廷魔法士長子息は巨乳マニアだったじゃん? あれ典型的なマザコン。母親も子煩悩で有名だから間違いない。騎士団長子息は女性騎士と一緒に訓練してるときにお尻と太腿に目覚めたんじゃないかな。走り込みは基本だし、フォームとか覚えるとき絶対目が行くし。あと匂いフェチもあるね、絶対。宰相子息の面食いは……多分あいつ二次オタじゃないかな。この世界の姿絵って補正激しいからねー、フォ○ショ修正どころか魔改造レベルだし。実は三次元はあれが初めてで、そういう人間って相手の顔をまともに見れないから、顔を正確に覚えてない。んで姿絵と同じつもりで改造したらああなったってとこでしょ。二次元と同じものを三次元に求めるなっつーの。それと春画本の収集もしてる気がする』


 実に参考になった。

 本人たちの言動、行動を思い出すとまさしく当てはまっていたからな。ほとんどそのまま書けばよかった。

 先生たちからも犯人の心理的背景を推察する上で非常に役立つと褒められた。

 それ以外の部分も、なんとレアが手伝ってくれたおかげで一日で完成した。

 表向きは私を徹夜させてしまったから手伝ったと言っていたが……。


『本当のところは?』


『早く帰ってあの二人にお仕置きしたいから』


 今の私にはわかる。

 間違いなく本音だ。

 目に怒りが宿っていたからな。


 そう。私はいつの間にかレアの目を見られるようになっていた。

 レアも私と同じで、私の目を見られるようになっていた。

 今までは目を合わすと訳のわからない恥ずかしさがこみ上げてきたが、今は我慢できる程度になった。完全に恥ずかしさが消え去ったわけではないが、適度な緊張感のようなものだ。

 何故こうなったのかはわからんが……まぁ、あんな言い合いをしたあとではな。色々と今更という気がする。


 恐らくだが、私の中ではレアは“女性”という枠から外れてきているのかもしれないな。

 でなければあそこまで近づいて茶を飲むことなど出来ないし、立場も何も忘れて好き放題言い争うことも出来ないだろうしな。

 任務中のレアは任務だけに集中するから、普通の女性とは違うとういうこともわかった。

 ついでに男相手にあんな話を堂々とするのだから、女性という扱いから外れて当然だろう。


 ……ああ、なるほどな。そう考えると、あの三人がおかしくなった理由もわかるかもしれん。

 私に中のレアが“女性”という枠から外れて“レア”という扱いになっているとするなら、私の中でレア一人だけのスペースが作られてしまっているだろう。

 まだそこまで大きなスペースではないが、だがそれが消えてしまえば少なからずショックを受けることくらいはわかる。

 あの三人は、それが大きすぎたからああなったんだろう。

 理由はわかったが、だからと言って三人を擁護するつもりはないが。


 とにかく、報告書の作成も終わったので私たちの任務は完了した。

 事件も無事解決。

 レアの目も見られるようになって、話しやすくなった。

 全ては、丸く収まった。




 ……と思っていた。

 帰りの龍籠に乗るまでは。


「殿下、エレアノーラ様と仲が深まっていらっしゃるようですね。私も相談に乗った甲斐がありましたわ。ところで先ほど研いだ包丁の切れ味を試したいのですけど、何か切ってもいい男性の肉があったら教えていただけませんか?」


「殿下、エレアノーラ様と随分親しいのですね。私、エレアノーラ様が快眠できるように新しい薬草茶を作っているのですけど、殿下にもお試し頂けませんか? きっとぐっすり眠れますよ。二度と起きられないほどに」


 何故か男性用の龍籠に乗り込んできたオリビエ嬢とサイア嬢から実にイイ笑顔を向けられ、それは学園に到着するまでひたすら続けられた。

 その笑顔からは、目が虚ろなレアと対峙したときに匹敵するほどの恐怖を覚えた。

 こんな恐ろしい存在を二人も囲っていたとは、さすがレアだな。私には絶対に真似できん。

 変態の主などと失礼な事を言ってしまった。レアはまさしく――


「「今、エレアノーラ様に対して失礼な事を考えませんでしたか?」」


「気のせいだ」


「そうですか。ところでこちらの針ですが、綺麗に刺さるので刺繍に使いやすそうなのです。どれほど堅い物に使えるか、試しに誰かの肌で試させてもらっても――」


 などという応酬が学園に到着するまで続いたが、全て躱して逃げ切った。

 レアも認める逃亡スキルがあるからな。これくらいどうということはない。


「「続きはまた明日ですね」」


 さすがに毎日はやめて欲しいのだが……。

 レア、お前のほうからも言ってやってくれ。

 ……なんだその楽しそうな顔は。私が困っているのがそんなに面白……いから放置してるのか!

 随分と遠慮がなくなってきたな。レアも他人と関わるのは苦手だったはずだが……いや、ただドSなだけだな。


 だが舐められたものだな。レアの攻撃から逃げ切った私が、オリビエ嬢とサイア嬢に遅れを取ると本気で思っているのか?

 二人がかりなら大丈夫だと、甘く思わないことだ!


「オリビエ、サイア、私が許可します。色仕掛けをしなさい」


 それはやめろぉおおおおおおお!!

 最初から全力過ぎるだろ! だが私だとて負けはせん!


「私にする前に、レアに仕掛けて練習したらどうだ?」


「「殿下、素晴らしい案です」」


「!?」


 勝った!


「ですがその前に」


 ん?


「エレアノーラ様のことを『レア』と呼んでらっしゃる件について、詳しくお願いします」


 ……………………しまった。


 その後。

 レアとアイコンタクトを交わし、二人揃って別方向へ逃亡。

 学園に帰還して早々、逃げ回る羽目になった。


(何そっちで呼んでんの! 今更それで呼ぶなとは言わないけど時と場所を考えて使えっての!)


(悪かったな略称などで呼ぶのはレアが初めてだから仕方ないだろう。使い分けに慣れてないんだ!)


(レイってば友達居ないもんねーボッチだもんねーカワイソー)


(友人の代わりに奴隷しか居ないのとどっちがマシだろうな)


(あーそういうこと言う。そんなこと言っちゃうんだ!)


(先に言ったのはそっちだろうが!)


「「お二人とも、随分と仲がよろしいようで」」


「「!?」」


 逃げ回りながらアイコンタクトで意思疎通を図っていたら、いつの間にか回り込まれてしまった。

 その場はなんとか逃げ切ったのだが、さすがレアの従者兼奴隷。僅かな時間で恐ろしいほど追跡技術を向上させていた。

 明日からはこんなのを相手にしなければならないのか……。

 やはり、女性というのは恐ろしいものだな……。


 だが、レアと一緒ならなんとかなるだろう。


 明日からの事を考えると悲観的な未来しか見えないが、今回はレアも同じ境遇だからな。

 オリビエ嬢との件でもレアと協力したらなんとかなった。

 今回も、どうにかなるだろう。


 暗い未来の中に、僅かばかりの安心を感じながら、私は自室へと戻った。




まさかの朝チュン(違

……イチャついてない? き、気のせい気のせい。

ごめんなさい、まだこの二人にはこれが限界です……。

そのうち進歩する……といいなぁ……。



スキルがカンストどうこう言ってますがステータスとかはありません。

ただの比喩表現です。



今回でストックさんが早めの夏休みに行ってしまいましたので、次回更新はストックさんが帰ってきたらになります……。


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