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夜爪を切る、足元を黒猫が横切る、目の前に死体が横たわる。  作者: マンモスうれピー奈


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4/10

「イチコ・シークレット」#1

マンモスうれピー奈と申します!

学業との両立を目指し『毎日投稿』を目標に掲げているので、応援の程よろしくお願いします〜〜!


※本作はカクヨム様にも重複投稿しております。

 私たちはその後、まるで昨晩の再放送かのように仲睦《なかむつ》まじく手を繋いで帰路に就いた。もちろん、イチコちゃんの家に。

 道中、試しに街灯の下で立ち尽くしてみるも、「どうかした?」と小首を傾げるイチコちゃんに特段の変化は見られない。電灯に群がる虫の羽音だけが、闇雲に鼓膜を震わす。

 うーむ。辺り一帯を照らす街灯の光でも私の姿が人間に見えていないということは、猫から人間に戻るトリガーは光量でもなく、イチコちゃんがその場を「明るい場所」と認知する必要があるということか。

 ということは逆説的に、昼間でも鍾乳洞とかの暗い場所に入れば私を猫と認識する可能性があるな。

 恙無《つつがな》い日常を送るためにも、この発想は心のイチコちゃん観察日記に記しておこう。

 そんなことを考えている内に、昨日、散々に貶したアパートへ帰ってきた。

 ここに来るのは二回目になるし、なんとなく近隣周辺の地理を把握。私は半人半猫なんだから、動物が持つ帰巣本能は当たり前のように備えとかなくちゃね。

 階段を上っていると、イチコちゃんに叩かれた記憶がフラッシュバックして、繋いでいる手が少しだけ汗ばんだ。

「家に上げるってことは、誘ってるってこと……!?」なんて家へ入るのを緊張している初心な私(ほんとか?)を気に留めず、イチコちゃんは比較的スムーズに解錠をこなす。

 もしまたイチコちゃんが殴りかかってきたら一日の努力が水泡に帰すことになるんだけど、さてどうなるか。

 恐る恐る暗がりの玄関に踏み入り、審判の時を待つ。

 電気をつけるためのカチッっという無機質な音は、爆弾の起動音とも、はたまた導火線に着火するライターの音にも感じられた。

 頭上にともされた昼白色の電灯を浴びた私を、おもむろに振り向いたイチコちゃんが凝視する。

「わっ……また人間になっちゃった。すごいね、クロちゃん」

 もう慣れたのか、思ったよりも淡白なイチコちゃんの反応に思わず拍子抜けしてしまう。

 イチコちゃんは続けざまに、「うん、人間の顔もなんとなくクロちゃんの面影があるかも」と私の頬を引っ張ってきた。本当かな、と半笑いになるしかない。

 イチコちゃんの目には、私が四足歩行から二足歩行に進化したように見えているのかな。となると目線の高さがずっと変わらないのはどうしてだろ?

 機会があれば、また撫子《なでしこ》さんに相談してみるか。

 兎にも角にも昨日みたく追い返されることがないようで、ひとまず関門は突破したことに安心する。

 イチコちゃんの私生活への好奇心が芽生える程度には、心に余裕が生じた。


 イチコちゃん主催のお家ツアーは、「ここお風呂! ここおトイレ! あ、 でも猫砂まだ用意してないか。そしてここがリビングね!」と間取りの説明のみと実に簡潔で、けれども衣食住を慣行するためには視覚情報で補完するしかない。

 イチコちゃんのお家は玄関からリビングまでが直通しており、それまでの左右の扉にトイレとお風呂、計三部屋に区分される。

 リビングのレイアウトとしては、手前にキッチンが設けられており、真ん中には絨毯と食卓用とみられる机が鎮座。その横にはせいぜい三十二型ほどの大きさのテレビと、あまり使っていないのか埃がうっすらと積もったリモコンが置いてあった。

 これまで訪れた女の子の部屋の中でも、断トツで物が少なくこざっぱりしているなと感想を抱く。

 そして奥には窓と、朝日が宛てがわれる位置に置かれたシングルベッド。布団カバーにはリボンを模した柄がデザインされていて、フリルが施された純白の枕は触るまでもなく柔らかな質感だと分かる。

 甘い印象を抱く装飾とは異なり、フレームは、もしも万が一ベッド上で激しい運動がなされようともそれに耐えうる程度には床との設置面が多く頑丈そうで、大変好ましい。

 全体的に寝具は白を基調としていて、染みや汚れが一切なく清純な印象を見る者に感じさせる。

 やや長くなってしまったベッドの描写(女の子の部屋アナリストの私にとっては一番重要まである)は程々にして、掛け布団に僅かな膨らみがあることに気づく。

 捲《めく》ってみると、細長い黒猫のぬいぐるみと目が合った。耳の部分によだれの跡があることから、抱き枕として使われているのかもしれない。

 悪いね、今日からその役目は私が引き継ぐ。


 そろそろお部屋紹介は終いにして、肝心なこれからの話を切り出さなければならない。

「イチコちゃん、私はここを自分の家だと思っていいのかな?」

 不安げに瞳を潤ませ、きゅるるんと上目遣い。今まで磨いてきた容姿はきっとこの瞬間のためだ。

「もちろんだよ! ここが今日から、クロちゃんの帰ってくるお家!」

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいな」

 クールに澄ましながらも内心ガッツポーズ。

 すねかじりも、「パラサイト」なんて横文字にしたら少しは格好がつくよね、イチ太郎。へけっ!




 先刻までの私は大いに浮かれていた。

 同棲に目が眩んで目先の受難に考えが至らなかった自分を心底殴ってやりたい。

 イチコちゃんは「ごめんね。今日は食べるもの、これくらいしかないの」と申し訳なさそうにち(・)ゅ(・)ー(・)る(・)を三本差し出す。

 愕然《がくぜん》とした。

 一人暮らしの食事とは個人差はあれど全員等しく五大栄養素のなにかしらは欠けているもので、またそれも醍醐味ではあるものの、人間性までもが欠けた食餌はついぞしたことがなかった。

 あー、どうやってこの状況を切り抜けるかな。

「実は私、この姿だと人間の食べ物も食べれちゃうんだよね」

 何一つ出されるものに文句は言わないから、せめて食具を使う食べ物を出して欲しい。

「食べられるものってこれ以外にあったりする? ……例えばご飯とか」

 私の目は、キッチンの隅に置かれた炊飯器を逃すことなく捉えていた。

 イチコちゃんはどうやら、当然クロちゃんは猫のご飯を食べるよねと思い込んでいたらしく「そうだったんだ」と驚いている。

 どうにも私の生活水準及び生活様式は猫と同等と思われているようで、まずはその誤った認識を正す必要があると思われた。

「イチコちゃんは誤解しているようだけど」と前置きを挟みつつ、さて何から話すかなと頭を捻らせる。

「実は私が人間の姿になれるようになったのは、大分前のことなんだ。日が出ている間は強制的に人間に変身して、最初はすごく混乱した」

 時折、表情に陰りを入れつつ「クロちゃんロールプレイ」を行う私。

 イチコちゃんはそんな私に寄り添うように、じっと黙って話を聞いてくれていた。

「でもそんな私が人間社会に順応できたのは、イチコちゃん、君のお陰なんだよ」

 突然、矛先を向けられたイチコちゃんは「え、私?」と目を見開いていた。

「昔イチコちゃんと暮らしていたから、人間が行うべき生活が手に取るように分かったんだ。お陰で、食事や排泄、入浴までも一人で出来るようになったんだよ」

「すごい……! クロちゃんお風呂大っ嫌いで、入るときいつも暴れてたのに」

 しまった、お風呂だけはまだ怖いから入れて欲しいにゃんとか言えばよかった。

「そう。だから私が人間の姿でいる時は、人と同じように扱ってほしい。せっかく大好きなイチコちゃんと同じ姿になれたんだから」

 嘘っぱちの弁舌にイチコちゃんは甚《いた》く感動したようで、「うん、わかった!」と力強く頷いてくれた。

「それじゃあクロちゃんのために、がんばっておむすび作るね! 梅と鮭、どっちがいい?」

 私は思惑通りでしめしめとニヤつく。

「鮭がいいかな」

 図らずも猫らしい回答をしたせいか、イチコちゃんは「やっぱり」と嬉しそうに歯を見せる。

 ちゅーるが食道を通過することなく済みそうで、一息ついたのも束の間。せっせと米を握るイチコちゃんから、実に非情な宣告がなされた。

「あ、そうだ。おむすびだけじゃお腹空くし、ちゅーるも食べていいよ!」

「…………え?」

 もう一度、差し出されたちゅーるに目を遣る。まぐろ、かつお、ほたて貝柱の海鮮三種類。こんなに心が踊らない三択は生まれて初めてだ。

 状況的には、「ここに三つのボールがあるじゃろ?」と同じはずなのにおかしいな。

 どれがマシかなと逡巡《しゅんじゅん》していると、イチコちゃんはその様子をどう判断したのか、「分かった、食べさせて欲しいんでしょ!」と見当違いの気遣いを見せてくれる。

「甘えん坊なのは昔と変わってないんだね。どれから食べたいの?」

「……じゃあ、まぐろで」

 比較的、普段から食べ慣れた味を選ぶ。センスが測られる回転寿司の初手でもないのだし実直にいこう。

 イチコちゃんは「いいよ」とその細い指先で封を開けて、切り口を私に差し出してくれた。この画角はコマーシャルで見るやつだなと、半ば諦め四つん這いとなる。

 意を決して縦長のパウチを口に含めると、少ししてにゅるにゅると液体状のそれが口内に入って来た。

 …………ん? 意外といけるかも。

 若干の生臭さはあるものの、水ゼリーのようにとろみのついた液体は仄かにマグロの鉄っぽさが移っていて、風味がちゃんとある。

 味は希釈されまくった嚥下食《えんげしょく》のように薄いが、思ったよりもおいしい。

 人間が食べることを想定されていないためか、しっかり味わう間もなく中身はすぐに袋から出し切られた。

 私は口を拭って口内に蔓延《はびこ》る生臭さに辟易しつつ、「ありがとう。残りの二つは今度いただくかな」と日本人らしく遠慮の精神を体現する。

「そう? もっと食べていいのにー」

 物足りなさそうにおむすび作りに戻ったイチコちゃんは、手を米粒まみれにしながら、「でも良い食べっぷりだったね! よっぽどおいしかったのかなー?」と朗《ほが》らかに屈辱を贈呈してくれた。

 自らの手を煩わない食事は離乳食以来なことに気づき、私はこれからの生活に心が折れそうになった。

 一片も余すことなく自業自得なんだけど。

最後まで読んでいただきありがとうございます✨


猫ちゃんのおやつ、匂いのクセは強めですが薄味なものが多いみたいです!


これからの展開が気になるよって方は、ブックマークや⭐️など応援していただけると嬉しいですっ!


『次回更新 → 11/2 19:00』

※第一部が完結するまで、毎日12時と19時にそれぞれ更新します。

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