「クロ・キャットウォーク」#2
マンモスうれピー奈と申します!
学業との両立を目指し『毎日投稿』を目標に掲げているので、応援の程よろしくお願いします〜〜!
※本作はカクヨム様にも重複投稿しております。
たまたま昨晩コンビニに行って。
たまたまその帰りに黒猫と遭遇して。
たまたまその場にイチコちゃんが居合わせて。
たまたま私は「クロちゃん」になった。
日常を逸脱した出会いに、私は運命的というか、神様の作為的な何かを感じてしまった。
人を好きになるだとか、その人の恋心を掌握したいだとか。恒久的な人間のエゴとして、「誰かの猫になりたい」も同列に扱われるのではないだろうか。
私とイチコちゃんが出会ったのは偶然だとしても、惚れやすい私が彼女を見初めたのは必然といえる。
ロマンス犯罪を企む結婚詐欺師の胸中がありありと分かるのはこれが初めてで、これを最後にしなければならない。
恋愛感情をチラつかせることで恋心を抱いてもらう行為は色恋の常套手段であり、私のやり口もまた同様だった。
恋愛の過程とは、美味しいラーメン屋があるからと一緒に行列に並ぶことであり、そのラーメンが美味しいと感じるか値段が相応だと捉えるかは食べてみて、つまりは関係性を構築した後で初めて分かる。
反して恋愛詐欺とは、美味しいラーメン屋があるからと並ばせた列の行き着く先が便所だと知りながらも並ばせることだ。
私は今から、イチコちゃんを騙す。その覚悟は決めてきた。
私たちが並ぶ行列の行く末はどこになるのだろう。それが例え地獄でも天国でも、道中は笑顔が絶えないものにしたい。
四限の講義が終わると図書館で暇をつぶし、一時間ほど経ってから移動を開始する。
講義によっては既に終了しているものもあるらしく、疎らになって帰路に就く学生の姿を見て歩調を早めた。
イチコちゃんが在籍する生物学科はこの時間、理学部棟で講義を行っているらしく、三階建ての建物の中へと踏み入る。
いくら同じ大学とはいえ、すれ違う顔は見覚えのないものが大半で若干の居心地の悪さを感じてしまう。
廊下の赤黒い床は飴細工のような光沢を放っており、窓から漏れ入る夕陽によってどこか幻想的な雰囲気を漂わせた。
入り組んだ建物内は、照明の光の屈折による錯覚のせいか、外観で見たよりもずっと広いように感じられる。
少し迷いはしたものの、廊下の突き当たりにお目当ての教室を見つけ、扉の前で待機した。
時計を見遣るとどうにか講義が終わる前に着いたようで、教室の中からはやや早口な講師の声が聞こえる。私はそれを判別することはできないが、定刻が差し迫り焦っているのかなと予想した。
少し待つと、わらわらと学生達が教室から出てくる。通行の邪魔にならないようにと廊下の端に移動しながら、もしイチコちゃんが自主休講していたらどうしようかなと不安になった。
しかしそんな考えは杞憂だったようで、すぐに人溜まりの中にイチコちゃんの姿を発見した。
集団の中にいるものの話す相手はいないのか、トートバッグを片手にうつむき加減で歩いている。
恐らく私のファーストインプレッションは最悪であることを鑑み、騒ぎを起こされたら厄介なのでこっそりとその集団の後をついて行く。他の学生に紛れてもイチコちゃんの容姿は目を引くもので、白のサマーニットを着こなす姿はモデルのように洗練されていた。
建物を出たところで、イチコちゃんは誰とも手を振り合うことなく人混みから抜けていく。
今だ、と私は急ぎ足で近づき、好機を逃さないようにその後ろ姿へ声をかけた。
「イチコちゃん」
自分を呼び止める声に覚えがないのか、怪訝そうに後ろを振り向いたイチコちゃんは、私の顔を認めると同時にぎょっとした顔をする。
今の私を「猫のクロちゃん」に見えている可能性も考慮していたが、その様子から人間と認識していると判断。
小学生であれば防犯ベルを優に鳴らしているほど狼狽するイチコちゃんに、助けを呼ばれる前にと話しかける。
「ひどいなぁ忘れちゃったの? イチコちゃん」
もう後戻りは出来ないぞと覚悟を決めて、舌を濡らす。
なるべく猫なで声というものに近づけるよう意識し、虚言を吐く。
「私、クロだよ。人間に化けて、イチコちゃんに会いに来たんだ」
目をまんまるにさせたイチコちゃんは、唖然とした顔で「うそ……」とだけ呟く。
はい嘘です。
「本当だよ。信じられない?」
「だってあなたは人間で、」
「私たちは昨日、コンビニの近くで巡り会って、そのままイチコちゃんの家に帰った。玄関で急に現れたのは、この顔だったでしょ?」
かわいい自分の顔を指さす私に、イチコちゃんはこくりと頷いてくれはしたものの、その目からは疑いの色は消えない。
「とてもじゃないけど信じられません。私が電気をつけている間に、貴女が玄関から侵入してクロちゃんはびっくりして逃げたんです。だからクロちゃんはいなくなって、貴女だけが残った」
なるほどね、入れ替わり説を主張するんだ。猫が人に化ける(正しくは人が猫に見えていたんだけど)よりかは遥かに現実的な考え方かな。
ただ天邪鬼な私は、猫が人間に化けたという新説を提唱しよう。
「そうだよね。こんなこと、普通は信じられないよね」
少しでも騙す確率を上げるため、綽々綽々と余裕な態度を崩さない。
「なら、証拠を見せるよ」
「消防署の近くに公園があったよね? そこに移動しよう」
イチコちゃんに背を向けて歩き出す。
「……なんで移動しないといけないんですか」
「だって、猫の姿になるところを誰かに見られたら騒ぎになっちゃうでしょ?」
私の言い分に一応は納得した様子で、「なにかしたら、警察呼びますから」とイチコちゃんは距離を離しつつ付いてきてくれる。
なにかもう一つ、騙し切るための布石を打っておきたいなとイチコちゃんを観察していると、色褪せたトートバッグに黒猫の刺繍を発見した。
恐らくその刺繍は「クロちゃん」を模したものだし、会話の足がかりにはなるかなと触れてみる。
「そのトートバッグさ、」
「……あ、これですか?」
ちらりとトートバッグへ視線を向けたイチコちゃんは、過去を懐かしむようにほんのわずかだが口元を緩めた。
「ニコちゃんが私が使ってたバッグに、クロちゃんの刺繍をしてくれたやつ……」
……ニコちゃん? 当たり前だけど聞いたことない人名だ。ちゃん付けしているくらいだし、恐らく家族か友達だよね。
うーん、イチコが「一子」なら、ニコは「二子」になる。だとすると妹かな。
ここらで一度、リスクを踏むか。
「懐かしいな。私の刺繍が入ったバッグ、まだ使ってくれているんだね」
その刺繍が「クロちゃん」がいなくなった後に入れられたものだとすれば懐疑心は増すだろうけど、持ち手のくたびれ具合から勝算は高いと思い踏み切った。
果たして博打は、会心の一撃だったようで。
「あ、うん。大切な物だから大事にしてる」
言いながらも笑みが増すイチコちゃん。段々と敬語が取れてきたのも良い傾向だね。
「ニコちゃんにはしばらく会っていないな。今頃どうしてるかな?」
「お母さんが蒸発する少し前に、ニコちゃんいなくなっちゃったでしょ。私も知らないよ……」
やっばいミスっちゃった。妹さんのことはクロちゃんでも知り得る情報だったか。慌てて「そうだよね」と取り繕う。
というか、お母さんは蒸発して妹さんは失踪してるんだ。予想はしていたけど、結構壮絶な家庭環境なのかも。
ここまでの話を統合すると、ニコちゃん失踪、お母さん蒸発、クロちゃんいなくなるっていう時系列になるかな。
お父さんの名前がここまで出なかったということは、早逝もしくは離婚して片親か、まだバリバリご存命かだよね。でももし生きてる場合、普通の親は一人暮らしを許可しないよな。もう片方の娘は失踪しているわけだし。
うーむ、家族のことは迂闊に踏み込めない。なるべく情報を引き出したかったんだけど。
頭を悩ませていると、視界の端に目当ての公園が見えてきた。今まで使ったことはなかったけれど、遊具が少なくて鬼ごっこには適しているなと思う。
おあつらえ向きに隣合ったブランコがあったため、二人してそこに腰を落ち着かせた。
ぼんやり夕日が落ちるのを眺めていると、痺れを切らしたのかイチコちゃんが催促してくる。
「周りに誰もいないしここならいいでしょ。ほんとにクロちゃんだって言うなら早くなってよ」
そんなイチコちゃんの態度は最初よりも遥かに軟化しており、まだ疑念が大半だろうけど、昔話ができたことが嬉しかったように見受けられた。
「もう少し待って。月の光を浴びないと、猫の姿に戻れないんだよ」
平然と後付けの設定を追加する。「ふーん」と訝しむ様子のイチコちゃん。
多少違和感が残ったとしても、私が「クロちゃん」になるところを見せつければ勝ちなのだ。
軽くブランコで揺れながら、時が経つのをひたすら待つ。
月の光を浴びないと戻れないというのはもちろん出まかせだけど、一考に値するかもな。
そもそもイチコちゃんが、私を「クロちゃん」と誤認する条件がはっきりと分からない以上、夕陽が落ち切る、もしくは月が現れるのがトリガーとなる可能性は十二分にあるわけで。
というか、詐欺とも称せるこの一連の行動がなんの成果も得られなかったらどうしよう。
私は自称猫の不審者として、警察に通報されちゃうのかな。
どうしようもなくなったら撫子さんに泣きつこうかなとか考えていた、その時だった。
夕日が山の奥へと消えて行き、辺りを照らしていた橙色が一気に陰る。
それに呼応するように私の体もキラキラと輝いて……! なんてことは起こり得ないんだけどさ。
冗談はおいといて、私の主観では夜と言えるほどには暗くなってきた。辺りでもぼつりぽつりと街灯が点ってきたし。
ブランコを勢いよく蹴って降り、イチコちゃんの視界に入るように姿を見せつける。
「どう? 変わった?」
果たして、先刻と同様に目を点にしたイチコちゃんは、双眸からぽろぽろと涙を零した。
うん、証明完了かな。
「ほんとに……クロちゃん、なの……?」
「ほらね、言った通りでしょ?」
私は内心、安堵していたものの、自慢げにくるりと一周し微笑んだ。
「久しぶり、イチコちゃん」
そう言いながら顔を覗き込んだが、イチコちゃんは感極まった様子で反応が返ってこない。
あれおかしいなと思うも、そうだイチコちゃんにはもう私の声が猫語に聞こえているのかと合点がいった。
手が汚れるのも厭わず、地面に指を這わせる。
『久しぶり、イチコちゃん。私がいない間も、元気にしてた?』
イチコちゃんは私が書いた文面を尊ぶように、うんうんと何度も首を振る。
「うん、うん。色々あったけど……元気にしてたよ。クロちゃんこそ、もう一度会いに来てくれてうれしい……!」
そこで限界が来たようで、イチコちゃんは「おかえりクロちゃーん!」と泣きじゃくりながら顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
斯くして詐欺は完遂され、私はイチコちゃん専属の猫「クロちゃん」となったのだった。
この出来事はこれから起こる血腥い事件となんら関連はないのだけれど、絵日記の一面を飾る程度には忘れられない夏の一時だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます✨
クロちゃんの悪巧みはどのような結末に行き着くのか…! 乞うご期待です!
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