「クロ・キャットウォーク」#1
マンモスうれピー奈と申します!
学業との両立を目指し『毎日投稿』を目標に掲げているので、応援の程よろしくお願いします〜〜!
※本作はカクヨム様にも重複投稿しております。
「考えられる症状としては、フレゴリ症候群と獣化妄想の二つね」
翌日。大学の食堂で、友人である撫子さんに昨晩のことを相談していた。軽い気持ちで首を突っ込んでもろくなことにならないと頭では理解しているつもりだが、私を猫と認識する彼女へ純粋に興味が湧いた。そしてその後の豹変ぶりも。
撫子さんは心理学を専攻しているためこの手の話を得意としていて、今も得たり顔で講釈を垂れてくれている。
オリーブグレージュのボブカットに縁なし眼鏡といった風貌は文学少女といって差し支えないのだが、彼女はフィクションよりも脳科学を好む。
そうでないとこんな与太話、誰が信じるのって話なんだけど。
二限の時間の食堂は程よく喧騒で溢れていて、こういった類の話も非常にしやすかった。
「んー、つまりはイッチちゃんは、フレゴリ症候群と獣化妄想とやらの二つを併発してるってこと?」
浮かんだまま発せられた私の問いに、撫子さんは「違う」とふるふると首を振って否定の意を示した。その拍子にズレ落ちそうになった眼鏡を気恥しげに正す。
やっぱりかわいいなこの子。
ちなみにプライバシー保護の観点からイチコちゃんの名前は伏せていて、某掲示板のように「イッチちゃん」と呼称している。あまり差異が見受けられないのはきっと気の所為だ。
「いい?一から説明するとね、まずフレゴリ症候群っていうのは、自分の親しい人や愛着の湧いた物、動物なんかが他人に化けてると思い込む妄想のことを指すの。あんたも経験あるでしょ、知人だと思って声をかけた相手が全くの他人だったってこと。それがより強く日常で頻発する症状」
「ふむふむ」
「原因は……色々考えられるけど、脳への外傷か、もしくはストレス。あとは先天的な要因も考えられる」
「ふむふむふむ」
「やめて、その取って付けたような相槌」
「私から聞いといてなんだけど、症状名とかはどうでもいいかな。そもそもイッチちゃんがその症状だとは限らないし、ただ人が人間と動物を混同する前例があるかを知りたかっただけだから」
それに、私は人の数だけ精神疾患があると思ってるしね。
私としては真摯に心中を話したつもりなのだけど、撫子さんは「はぁ」と咎めるような視線を送ってくる。
「ね、ちなみにさっき言ってた獣化妄想ってやつは?なんで併発はないって言い切れるの?」
私は先ほど話に挙がっていた、獣化妄想という症状を矢面に立たせる。理由は単純に興味と、撫子さんの機嫌を直したいの半々ってところかな。
席を立ちかけていた撫子さんは渋々といった様子で、説明を再開してくれる。
「こっちは症状の説明は簡単で、自分が犬や牛とか動物に変身したと思い込むこと。イッチちゃんに併発がないと言ったのは、話を聞いてる限りは発症の傾向が見られないから。要するに症状の疑いがあるのは、」
撫子さんは一度そこで区切って、細く肉付きの薄い人差し指を私に向けた。
「──あんたよ」
「ところで撫子さんって、正面から見ても目の大きさ変わらないね。もしかして眼鏡の度数けっこー低め?」
「まるで正面以外からも見たことがあるような言い草ね。お察しの通り伊達眼鏡だけどなに、かけちゃ悪い?」
そりゃ上下左右どの方向からも見たことあるし。それに眼鏡をかけ始めたのもつい最近じゃん。
「ううん、インテリ美少女って感じですごくいい」
私からの称賛を撫子さんは「あっそ」と軽く流し、はぁーと重いため息を吐く。
「あのね、私これでもあんたのこと心配してるの。なんというか、獣化妄想の原因はストレスやうつ病とかの精神疾患だったりするから……」
なるほど、つまり撫子さんはツンのデレってことね。それにしては氷河期が異様に短かったけど、地球温暖化がホットな昨今だしな。
撫子さんはまだ言い足りないのか、感情が昂った様子で更に言葉を紡ぐ。
「今はなんだかんだあんたのこと大事な友達だと思っているし、その、長い付き合いでご家庭の事情も知っちゃってるしさ」
それで撫子さんは私に特段の気遣いを見せているのかと、得心がいく。
「お気持ちはありがたいけどね。確かに妹のことはまだ踏ん切りがついてないけど、それは私の問題だから」
私はそう言って、間にしっかりと線引きをする。
自分の暗い過去を明けっ広げにして同情を誘うなんて、忌むべき下劣な行為だ。妹はそんなことのために、むざむざ殺されたわけじゃないというのに。
「撫子さんのことは信頼してるし、すごく救われてる。なにかあったら相談するし、現に今もしてるでしょ?」
そこまで言うと、ようやく撫子さんは安堵した表情を浮かべた。
「なにかあったら私にすぐ連絡すること。それと気分が落ち込んだり、不眠や幻覚とかの症状も余すことなく報告!」
撫子さんに無理やり小指同士を繋げられ、ぶんぶんと振り回される。
私はそんなに不安定に見えるのか、と別のベクトルから気分が沈みそうになった。
「幻覚といえばさ、最近ふとした時に撫子さんの顔が思い浮かぶんだけど」
私の軽薄な態度に心底呆れたように、撫子さんは先ほどよりも深い深いため息を吐いた。吹奏楽や、はたまた水泳サークルに勧誘されるほどの肺活量の多さだなと嘯いてみる。
「これからは幻覚の私に相手してもらいなさい」
「ごめんうそうそ、生が一番ですやっぱ」
あぁ私はこの短時間で何回撫子さんを怒らせれば気が済むのかな。他者とのコミニュケーションってこんなにも難航するものだったっけ。
「それじゃあ最後にもう一つだけ。山本さんって人のこと、なにか知ってる?」
「一体どの山本さん?中年の星か正捕手、もしくはメジャーリーガーの山本さんになら詳しいわよ」
偏った知識だなぁ。他にもいるじゃん、アイドルとかさ。
「いやいやこの大学の。山本イチコさん」
「イチコ? あぁ、そういうこと。……表立っては悪い噂は聞かないわね」
そりゃ悪い噂話は裏でするものだし。
「私が言えるのは、生物学科の二回生ってことだけかな」
ふむふむふむ。あわよくばバイト先なんかの情報も仕入れたかったけど、一学年四百人はいるこの大学において、学科と学年がわかっただけでも大きな収穫だ。
「ありがとう撫子さん。色々と参考になったよ」
「待って」
話の展開から帰る流れだと察したのか、撫子さんは立ち上がろうとした私の手首を掴んでくる。夏服によって露わになった右腕にはピンクゴールドのブレスレットがされていて、あれこんな装飾品好みだったかなと不思議に思う。
「そっか、話聞いてもらったお礼がまだだったね。お礼も兼ねて来週どこかでご飯行こうよ」
「結構です。……あんたね、私たちが別れた理由もう忘れたの?」
うーん、まだ脈があると思って誘ったんだけどな。やっぱり他の女の子の話をした後に切り出すのが良くなかったか。
「不愉快だから、一方的に告げておく。生半可な覚悟で山本さんに関わったら、きっと彼女もあんたも傷つくことになる。そしてあんたが傷つけば……」
撫子さんはそこで言葉を区切ると、がしがしと頭を掻きむしった。
なに、変なところで言い淀まないでよ。「あんたが傷つけば、私も傷つく」とか?まさかね。
私は少しでも彼女の心労と頭皮への負担を和らげるために、先ほどの思いつきを口にする。
「安心してよ。撫子さんは私に獣化妄想の恐れがあると言っていたけど、その確率はゼロだと断言できる」
「……なんでよ」
「ほら私って猫より犬派だし、妄想でもなるなら犬かなーって。なんなら夜でもネコじゃないってことも知ってるでしょ?」
私のその発言に、撫子さんの肺はため息を吐くほどの残気量が既になくなっているのか、「そうかもね」と諦念が広がった顔であしらわれた。
今度こそ会話の終わりを悟ったのか、撫子さんは使用していない机をわざわざ備えつけのアルコール布巾で拭ってから席を立つ。そこで私の生え際の現状に気がついたのか、一気に捲し立ててきた。
「あんたのその髪、頭頂部から色落ちしてる。早く金でも黒でもいいから染め直しなさい、だらしない」
撫子さんは、「そんなくすんだ色じゃ運気も下がるわよ」とお叱りを残して、私たちの素敵な逢瀬は閉幕となった。
「あのあと私なりに考えてみたんだけどさ。
あくまで私じゃなくてイチコちゃん側に原因があると断定して話を進めていくね?
暗い夜道でたまたま私と黒猫を視界に入れたことがトリガーとなって、なぜだか私を『クロちゃん』と思い込んだことまでは理解できる。不可解であることに変わりはないけど、撫子さんの話ではそういった前例があるんでしょ?
問題は、なぜ私がイチコちゃんの部屋に入った途端、人間であることが看破されたのか。
一瞬、『自分の家』といった思い出の空間に偽物のクロちゃんを上げたことで認識に齟齬が生じたのかなと思ったんだけど。イチコちゃん曰く本物のクロちゃんを新居に入れたことがないらしいから、この仮説の確度は低くなる。そもそも本物のクロちゃんは、四年前に失踪してからずっと姿を見せていないようだし。
となると、光だよね。明るさ。
光量が一定量を上回れば私の魔法は解けてクロちゃんから人間に戻るし、下回れば人間からクロちゃんに化けれるって仮説を立ててみた。もちろん比喩だけどね。
そりゃあ本来は顔を識別できるほどの明るい場所にいたら、猫と人を見間違えないっていうのは大前提としてそうなんだけど。その前にイチコちゃんに手を握られたし、なんならキスできそうな距離まで接近したし、それでも猫と認識してたってことは……なんか噎せてるみたいだけど大丈夫?」
撫子さんと別れて僅か十分後、考えがまとまったので電話して再度話を聞いてもらっていた。
つまり、私たちの逢瀬は電波の波に乗って続いているのだ!
撫子さんはどうやら大学を出て外にいるらしく、時折車の過ぎ去る音が電話越しに聞こえてくる。
「なるほどね。光量が閾値となっている説は、一考の余地がありそう。
更に付け加えると、イチコさんは幼少期、クロちゃんといる時は常に暗い場所に閉じ込められていた。もしくは夜にしか会えなかったから暗闇の中でしかクロちゃんの存在を認識できない、といった見方もできるってわけね」
あくまで憶測の域は越えられないけど、と撫子さんは言い添える。
私はそこまでの考えに至ってなかったけれど、「そうそう」と適当に話を合わせておいた。
「でもそんな仮説を立てたところで、あんたどうするつもり?」
「撫子さん話を聞いてくれてありがとう。最近物騒だから夜道には気をつけてね。愛してるよ」
私は言いたいことだけ言ってスマホを耳から離し、無造作に電源を切った。
なぜ撫子さんはそんな分かりきったことを聞いてきたんだろう。
仮説を立てた後は、実験して検証する他ないというのに。
最後まで読んでいただきありがとうございます✨
撫子さんは作者のイチオシキャラとなっております〜〜!
眼鏡っ子、いいですよね…!
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