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夜爪を切る、足元を黒猫が横切る、目の前に死体が横たわる。  作者: マンモスうれピー奈


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黒猫往来 ──あるいは日常の崩壊

マンモスうれピー奈と申します!

学業との両立を目指し『毎日投稿』を目標に掲げているので、応援の程よろしくお願いします〜〜!


※本作はカクヨム様にも重複投稿しております。

 脱水というのは脳が水を欲した時点で既に発症しているらしく、ともすれば今の私は限りなく限界に近かった。

 暗い夜道を、へとへとになりながらも歩みを止めることなく進んでいる。

 先刻、散らかった部屋でうだるような暑さに苦しむ中、腹の虫だけが元気に主張を続けており、持ち主に似たのか中身のない冷蔵庫の惨状を目の当たりにしてようやく私は外出を決意した。

 大層な言い方をしてしまうも、行き先はただのコンビニなのが悲しいところ。

 他の大学生を真似て、軽装で山に入るくらいのフットワークの軽さを身につけたいなと嘲る。

 現在大学二回生である私は、幸いにもコンビニ行きに適した服装というのを未だ確立しておらず、痩せ細った財布とスマホを手にして最寄り、しかし片道十五分もの道のりを踏破していた。

 こんなことなら誘われた友人宅でのご飯に厄介になればよかったのだけど、ギリギリまで溜めたレポート課題がそれを許さなかった。

 私のように課題を後回しにする人間は総じて欲求の解消には躍起なもので、空腹を一度気にしてしまうと例え文章をしたためている最中だとしても腹を満たすことしか頭に浮かばない。

 痩身願望がそうさせているのか、食事を最後にとったのは一体いつだろうと考えるも、念願の街灯以外の光源の存在を認め、まあどうだっていいやと思考を置き去りにした。

 ここが実家かと錯覚するほどに聞き慣れた電子音に迎えられ、店内に入る。

 慎ましい冷気は節電の煽りを受けているのか、冷房の風はただ闇雲に額を撫でるだけだった。

 空腹を満たす以外に避暑も目的としていたため早くもその半分を失ったことになるが、気を取り直して食べ物の選定に入る。

 しばらく迷いはしたものの胃の安寧より心の欲求を優先し、レジ横のホットスナックを何点か頼んだ。財布の中は風鈴としての機能を果たせるほどの小銭の残量となって、これからの生活に些か不安が生じる。

 とはいえ慣れた手つきで渡されたビニール袋を手にし、喜び勇んで店を出た。

 紙の包装を破り、チキンを口に運ぶ。


 肉汁を堪能しながらそのまま二、三分ほど歩いただろうか、その時だった。

「わっ」

 熱された肉の匂いに導かれてか、黒猫が一匹足元を横切る。突然のことで少し体を仰け反らせた。

 たしか目の前を黒猫が通過するのは縁起が悪いんだっけ。とはいえ、そんな杞憂はその子の愛くるしさが凌駕する。

 目で追っていると、その子は横目で私の相貌を見つめ、挨拶をするかのように「んにゃあ」と鳴く。

 私も釣られて、

「にゃお」

 と鳴くと、そのリアクションは思いがけない方向から返ってきた。

「……うそ。クロちゃん? クロちゃんなの?」

 突然の声に驚いてそちらの方を見遣ると、大学で何度か目にした覚えのある女の子がこちらへ視線を送っていた。

 たしか友達から「イチコちゃん」などと呼ばれていた女の子で、見たところバイト帰りなのか、化粧を施したままの顔でそこに佇んでいた。

 もうすぐ一日が終わるというのに髪や顔は一切崩れることがなく、それも相俟ってとてつもなく美人だなと感想を抱く。

 女性でありながら同性を好む私としては、夜道での思いがけない美少女との遭遇に、やや胸を弾ませたりもした。

 とはいえ彼女の興味の矛先が猫に向いていることは明白で、たしか「クロちゃん」だったか、黒猫につけるにはあまりにも妥当な名前のその子を注視しているのはまず間違いない。

 彼女──イチコちゃんは勢いよくこちらへ走ってくる。

 かわいい女の子と猫の感動の再会を邪魔する訳にはいかないなと、動線を空けるために一歩下がるも、なぜだかイチコちゃんは私の方にずんずん向かってきて。

「へ?」

 いきなり、イチコちゃんに抱きしめられた。

 狼狽した私は手に持ったチキンを落としてしまうも、イチコちゃんはそれを意に介すことなく更に締め付けを強くする。

「クロちゃん、四年間ずっと探してたんだよ! もう、今までどこいってたの!」

 かわいい女の子に抱きしめられるというのは身に余るほどの幸福なのだけど、生憎、非常に残念なことに私はクロという名前ではない。

 むしろ髪は金に染まっており、黒を関する箇所は頭頂部の生え際と二の腕のホクロくらいだった。

 つまり、先刻「クロちゃん」と呼んだのは黒猫ではなくて私のこと?

 私にそっくりな「クロちゃん」と呼ばれる人がいて、星と街灯しか道標がないような暗い夜道だったから見間違えたってこと?

 長くこの状態でいると後から気まずい対応をされそうなので、早めに誤解を解くことに専念する。

「申し訳ないんだけど、私はそのクロちゃんって人じゃなくて。ただ同じ大学だと思うから怪しい者ではないんだけども。一応、女の子同士だし」

 えーっと……聞こえていますか?

 私はまだイチコちゃんの胸に収まったままで、そろそろ呼吸が苦しくなってきた。

 もしかして、クロちゃんだと思って抱きしめたら全く別の人で収拾つかなくなっちゃったのかな? っと、そろそろほんとに苦しい息が続かない。

 軽く酸欠になりながら、ギブアップの意を込めてぽんぽんと腕を叩くとようやく締めつけが緩められる。

「ごめんごめん、苦しかったよね。じゃ、お家に帰ろ?」

 鼻と鼻がくっつきそうな、どんなド近眼でも顔をはっきりと識別できるほどの至近距離で、イチコちゃんは確かにそう言った。

「クロちゃんがいつ帰ってきてもいいように、家にちゅーる置いてあるから!」


 私こと「クロちゃん」はイチコちゃんと手を繋いで夜道を歩いていて、傍から見ると同性カップルの同棲三日目という感じだった。

 イチコちゃんは酔っぱらいなのか、はたまた頭のご病気かで、特に上気していない顔色から後者なのかなと思う。

 ここまでイチコちゃんと接してきて、分かったことが三つある。

 一つは、どういうわけか私を人間ではなく猫の「クロちゃん」と思い込んでいること。

 二つ目は、私の言葉が聞き取れていないこと。猫の鳴き声のように受け取られているのか、先程からどんなに話しかけても「んー? どしたの?」と一辺倒の返事が返ってくるだけで、私の日本語は言語としての機能を果たせていなかった。

 試しにネイティブイングリッシュを使ってみるも悲しいまでに馬耳東風で、自分の発音に一抹の不安を抱える羽目となった。

 そして三つ目。これが最も重要なのだけど、どうやら私はイチコちゃんの家へお邪魔するらしい。

 本当になんなんだこの状況は。顔と名前しか知らない大学の女の子が、私を飼い猫と認識して家へお持ち帰りしようとしている。

 文章化したところで頭がおかしくなりそうだった。

 視線を気取られないのをいいことに、イチコちゃんをまじまじと眺める。

 肩甲骨の位置まである長い黒髪は街灯に照らされ艶を放っており、薄い唇に小高い鼻。反して目はぱっちりと大きく、同年代の女の子と比べても垢抜けた印象を抱く。

 童顔と垢抜けの同居したお顔立ちは一言に縮めると、とてつもなくかわいい。

 うーん、なんだかこのまま猫としてイチコちゃんに飼われるのもありな気がしてきたぞ。

 意思疎通が困難であるのと人としてイチャイチャできないのは残念だけど、愛さえあれば問題ないよねっ。それに猫ならある程度の接触をしても怒られないかも。

 加えて、恋人ではなく飼い主とペットという関係なのも悪くない。それなら私に恋人ができたとしても、浮気には該当されないし。

 うん、とっても魅力的なことのように思えてきた。

「イチコちゃん、だよね? 同じ大学の。私、女だけど女の子が好きなの。そんなやつ家上げちゃって大丈夫?」

「んー? お腹すいたの? もう着くから我慢してね」

 意を決して再び話しかけるも、イチコちゃんにはにゃあにゃあといった風にしか聞こえていないようで、幸せそうな笑みを向けられた。

 ならいいや、とこのまま着いていくことにする。

 レポートの進捗と締め切りの日時は海馬の外にボッシュートして、自身の短く切り揃えられた爪を見てニヤニヤ。

 たしか好きな歌手の曲に、こんな状況を歌ったものがあったなと思い、自然と歌詞を口ずさむ。

 いちこちゃんにはどう聞こえているのか、呼応するかのように「にゃんにゃんにゃにゃーん。にゃんにゃんにゃにゃーん」と歌声を奏で始めた。いやそれ犬のおまわりさんだってば。


 イチコちゃんに「ここが私の新しいお家だよ!」と紹介されたアパートは新居だろうが旧居だろうが私にとって未知のものには変わりなく、初見の遺跡を探索する程度のワクワク感が生じる。

「クロちゃんはこの家に来るの初めてだよね? 実はしちゃいました、進学に合わせて一人暮らし! 私ね、大学生になったんだよ。クロちゃんわかる? だーいがーくせーい」

 わかるよ私もそうだからね。

 じゃじゃーんとバックダンサーのような手つきで新居を見せびらかすイチコちゃん。

 『新』という漢字を使うにはあまりにも値しない佇まいの建物がそこにはあった。古新聞のように、古新居とでも表記した方がいくらか正確だと思う。

 私の日本語はどうせ誤った翻訳をされるのだろうけど、無反応を貫くのも忍びないため、「天井が低そうな家でいいね」と猫目線で答えておいた。

 再び建物に目を遣る。

 外装は過ぎ去る年月の有難みを感じる程度には雨風で錆びついていて、三匹の子豚だと木の家とレンガの家の間に吹き飛ばされそうなボロさ加減が見て取れる。

 『二』ってところかな。それは外観から予想されるアパートの階数、あるいは倒壊するであろう残りの年数、あるいは家賃から桁を四つほど引いた数なのだけれど、どれも大きくは違わないと思う。

 こんなボロついた建物でも大学に近い位置に根を張っているため、送故迎新の精神で春になると後期を受験した学生が泣く泣く入居する羽目になるんだろうな。

 余すことなく悪口を述べたところで、ここが今から私たちの愛の巣になるわけで。

 結局なにごとも大切なのは中身だよねと思い直し、イチコちゃんに引っ張られるまま外階段を上る。手を繋いだまま上ったからか、いくら華奢な私でも狭いなと感じた。

 案内されたのは二階の角部屋の前で、奥床しい電灯の光を頼りにイチコちゃんは鞄をごそごそと弄り始めた。

 スマホの電灯機能でアシストをするか悩むも、猫がスマホを扱ったらどんな反応をされるか分からないので自重する。

 ふと表札に目を向けると、山本と記名がされていた。

 ふーん、私は山本クロなわけね。悪い気はしないな。ちなみに心の中で本名とも合わせてみたが、さほど違和感はない。

「さ、入っていいよー」

 いつの間にかイチコちゃんは扉の解錠を済ませていたようで、開かれた玄関と対面する。

 どうやら照明のスイッチは靴を脱いだすぐ近くにあるらしく、カチっといった音と同時につい反射で目を瞑るほどの光量が押し寄せてきた。数回瞬きをし、順応した目で私は辺りを見渡す。

 玄関は、脱ぎ散らかした名残りと見られる靴の散らばり具合にそこはかとなくイチコちゃんの生活様式を垣間見てふふっと微笑ましくなって突如として振りかぶられたトートバッグが顔に炸裂して「ぇ?」仰け反りドアに背中からぶつかるも無情にも二撃目が顔の側面に加えられて。


「……は?」

 じんじんと奥歯に響く痛みを感じ、イチコちゃんに殴られたのだとようやく頭が理解した。

「誰ですか、あなた!」

 急に豹変したイチコちゃんは瞳孔が収縮し、フッフッと息が荒い。

「イチコちゃん……?」

 名前を呼ぶと少し困惑した表情を見せるも、すぐに睨めつけるような視線をこちらへ向けてきた。

「出てってください!」

 再度トートバッグを構え対峙するイチコちゃんを見て、私は慌ててドアノブを回し体を外へ滑り込ませることでなんとか三発目の殴打は回避する。


 転がるように階段を下り息を吐いたのも束の間、後方ではバタンと乱雑に扉が閉め切られた音がし、私は肩を震わせた。

 えっえっ、なにこれ。

 猫と呼ばれ、拐かされて、終いには殴られた?

 最新のナンパ撃退術にしても前衛的すぎるでしょ。

 冗談のような状況で、私は化け猫に化かされた気分になった。

最後まで読んでいただきありがとうございます✨


交通事故のような出会い方をしたクロとイチコちゃん!

現代日本が舞台の、退廃的な雰囲気&コミカルな会話劇、そして百合要素がメインのお話となっております!


これからの展開に興味を持ってくれた方は、ブックマークや⭐️など応援していただけると嬉しいですっ!

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