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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第六話 知らないことのほうが多い

 放課後。

 図書室で、恵斗は参考書を閉じた。

 窓の外を見る。

 校庭では、部活動を終えた生徒たちが少しずつ帰り始めている。

「今日も終わった?」

 向かいの席から遥翔が聞いた。

「一応」

「じゃあ帰る?」

「もう少しだけいる」

「珍しいな」

「何が?」

「いつもなら、とっくに片付けてるだろ」

「今日はちょっと疲れた」

 恵斗は椅子の背にもたれた。

 遥翔はそれ以上言わなかった。

 しばらくして。

「……そういえば」

「ん?」

「森本のこと、最近どう?」

 恵斗の表情が少し変わった。

「どうって?」

「何か進展あった?」

「ない」

「即答だな」

「本当に何もないから」

 恵斗は苦笑した。

「受験もあるし、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ」

「でも、好きなんだろ?」

「……まあ」

 恵斗は小さく答えた。

 遥翔は頷いた。

「じゃあ、まだ好きなんだ」

「そこは変わってない」

「そっか」

 遥翔はそれだけ言った。

 けれど。

 恵斗は少しだけ不思議そうに遥翔を見る。

「何で急にそんなこと聞くんだよ」

「別に」

「またそれか」

「確認しただけ」

「何の?」

「お前が今、誰を見てるのか」

 恵斗は少し黙った。

「……森本だろ」

「そうだな」

 遥翔は答えた。

「じゃあ、いいや」

「何だよ、それ」

「何でもない」

 遥翔は鞄を持ち上げた。

「帰ろう」

「おう」

 二人で図書室を出る。

 廊下を歩きながら、恵斗は少し考えていた。

 遥翔が何を確認したかったのか。

 よく分からない。

 けれど。

 自分の中では、答えは決まっている。

 好きな人は、森本環。

 それは変わらない。

 綾乃は。

 ただ、恋愛の話をする後輩だ。

 そう思っていた。

 少なくとも。

 この時までは。

 *

 翌日の放課後。

 美術室。

 綾乃は文化祭の準備をしながら、杏奈の相談を聞いていた。

「恵斗先輩、最近どうかな」

「普通だと思います」

「私とは?」

「……それは、私には分からないです」

「そっか」

 杏奈は少し寂しそうに笑った。

「やっぱり、まだ距離あるよね」

「無理に近づかないほうがいいと思います」

「うん」

 杏奈は頷いた。

「綾乃ちゃんに聞くと、何となく落ち着く」

「そうですか?」

「うん」

 綾乃は少し困ったように笑った。

「私、そんなに大したこと言ってないですよ」

「でも、ちゃんと考えてくれるから」

「それは……」

 綾乃は少し考える。

「杏奈先輩が真剣だからだと思います」

「……ありがとう」

 杏奈は笑った。

 その会話を、少し離れたところですずが聞いていた。

 けれど、今回は何も言わなかった。

 最近。

 綾乃の周りには、恋愛の話が多すぎる。

 本人はいつも通りなのに。

 なぜか、いろいろな人が綾乃に話をする。

「綾乃」

「ん?」

「今日、帰り一緒に帰ろ」

「いいよ」

 すずはそれだけ言った。

 *

 その日の帰り。

 綾乃とすずが昇降口へ向かっていると、廊下の向こうから恵斗が歩いてきた。

「綾乃」

「はい」

「ちょっと聞きたいことある」

「何ですか?」

「この前の話なんだけど」

「はい」

 恵斗は少し声を落とした。

「水上、最近どう?」

 綾乃は少し考える。

「まだ先輩のこと気にしてると思います」

「……そっか」

「でも、前より少し落ち着いてきた感じはします」

「そうなんだ」

「はい」

 恵斗は小さく息を吐いた。

「ならよかった」

「先輩」

「ん?」

「ちゃんと自分で話したほうがいいと思いますよ」

「分かってる」

「本当に?」

「……努力する」

「そこは『分かった』じゃないんですね」

「急に厳しいな」

 二人で笑う。

 すずは少し離れたところで待っていた。

 そして。

 恵斗が去ってから、綾乃の隣に戻る。

「また恋バナ?」

「うん」

「本当に好きだね」

「先輩が相談してくるんだから仕方ないよ」

「まあね」

 すずはそれ以上言わなかった。

 *

 その夜。

 恵斗は自分の部屋で机に向かっていた。

 参考書を開く。

 けれど、なかなか集中できない。

 今日、綾乃と話したことを思い出す。

 杏奈のこと。

 自分のこと。

 いつもの恋愛相談。

 それだけだ。

 なのに。

 最近は、綾乃と話すことが少し楽しみになっている。

 相談すれば、変に気を遣わず答えてくれる。

 何を言っても、必要以上に騒がない。

 だから。

 つい話してしまう。

「……便利な後輩だな」

 恵斗は小さく笑った。

 そのとき。

 スマホが鳴った。

『遥翔:まだ勉強してる?』

『恵斗:してる』

『遥翔:珍しい』

『恵斗:うるさい』

『遥翔:明日、図書室来る?』

『恵斗:行く』

『遥翔:了解』

 短いやり取り。

 恵斗はスマホを伏せた。

 *

 一方。

 遥翔も自分の部屋でスマホを置いた。

 恵斗のことを考える。

 環のことを好きなのは知っている。

 本人から聞いた。

 それは間違いない。

 そして。

 綾乃との会話が増えていることも知っている。

 ただ。

 今のところ、恵斗本人にその二つを結びつける様子はない。

 だからこそ。

 遥翔は何も言わない。

 まだ、言う必要はないと思っていた。

 恵斗が環を好きだということ。

 それを知っているのは、自分だけだ。

 だから。

 誰にも言わない。

 そして。

 恵斗自身が、自分の気持ちに気づくまでは。

 余計なことをするつもりもなかった。

 *

 翌朝。

 教室前の廊下で綾乃は、すずと話していた。

「今日、文化祭準備どうする?」

「昨日の続き」

「了解」

「広沢がちゃんと来れば楽なんだけどね」

「それは期待しないほうがいい」

「やっぱり?」

「うん」

 二人で笑う。

 その少し離れたところで。

 優太が友達と話していた。

 いつもと変わらない朝。

 いつもと変わらない学校。

 けれど。

 少しずつ。

 それぞれの中に、小さな変化が生まれている。

 綾乃はまだ気づいていない。

 恵斗も気づいていない。

 環も知らない。

 杏奈も知らない。

 ただ一人。

 遥翔だけが。

 その変化が、これから誰を巻き込んでいくのか。

 まだ何も言わずに見ていた。



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