↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/56

第四十九話 好きだから

 日曜日。


 優太は、駅前で綾乃を待っていた。


 約束の時間より、少し早く着いた。


 スマホで時間を確認する。


 まだ十分以上ある。


「……早すぎたな」


 小さく笑う。


 昨日。


 綾乃と別れるときに言った。


『俺の行きたいところ、付き合ってよ』


 綾乃は、嬉しそうに笑って。


『いいよ』


 そう答えてくれた。


 それだけのことなのに。


 優太は、昨日の夜から今日が来るのを楽しみにしていた。


 もちろん。


 動物園に行きたかった。


 でも。


 本当は。


 綾乃と一緒に行きたかった。


 そのことは。


 もう自分でも分かっている。


 優太は、自分が綾乃を好きだと知っている。


 いつからなのか。


 正確には分からない。


 一緒に帰ることが増えて。


 映画を見に行って。


 水族館にも行って。


 何でもないことで笑うようになって。


 気づけば。


 綾乃と会える日を楽しみにするようになっていた。


 綾乃が笑うと嬉しい。


 楽しそうにしていると、自分も楽しい。


 何かを迷っていると、力になりたいと思う。


 帰る時間になると、もう少し一緒にいたいと思う。


 そして。


 別れたあとには。


 また会いたいと思う。


 これを好きと言わないなら。


 何を好きと言うのか分からない。


「……好きだな」


 優太は小さく呟いた。


 そのとき。


「松寺くん」


 聞き慣れた声がした。


 顔を上げる。


「綾乃」


 綾乃が小走りで近づいてくる。


「待った?」


「ううん。今来たところ」


「ほんと?」


「ほんと」


 少しだけ嘘だった。


 綾乃が笑う。


「今日、楽しみ」


「俺も」


「動物園、久しぶりだな」


「うん」


「松寺くんが行きたいって言うから、ちょっと意外だった」


「そう?」


「うん」


「昔から結構好きなんだよ」


「知らなかった」


「じゃあ、今日は教える」


「何を?」


「俺が好きな動物」


「楽しそう」


「だろ?」


 二人で笑う。


 優太は思った。


 やっぱり。


 今日を誘ってよかった。


 *


 動物園に入る。


「どこから行く?」


 綾乃が案内図を広げる。


「俺はペンギン」


「最初から?」


「最初に見たい」


「じゃあ、行こう」


「うん」


 二人で歩き出す。


「でも、その前に」


「ん?」


「レッサーパンダ」


 綾乃が言う。


「見たい」


「好きなんだ?」


「うん」


「じゃあ、そっちから」


「いいの?」


「もちろん」


 優太は笑った。


 綾乃が嬉しそうに歩いていく。


 その後ろ姿を見ながら。


 こういうところも好きだと思った。


 *


 レッサーパンダの前。


「かわいい……」


 綾乃が柵の前に近づく。


「見て、松寺くん」


「うん」


「あっち向いた」


「ほんとだ」


「かわいい」


 綾乃が笑う。


 優太は動物より。


 その横顔を見ていた。


「……」


 目が輝いている。


 嬉しそうに笑っている。


 こういう顔を見ると。


 連れてきてよかったと思う。


「松寺くん?」


「ん?」


「見てないでしょ」


「見てるよ」


「動物?」


「うん」


 少しだけ嘘だった。


「ほんとかなあ」


「ほんと」


 綾乃が笑う。


 その笑顔を見て。


 優太も笑った。


 *


 そのあと。


 二人はキリンを見て。


 ゾウを見て。


 サルを見て。


 ゆっくり園内を回った。


 綾乃は見るものすべてに反応する。


「大きい」


「近いね」


「かわいい」


「すごい」


 そのたびに。


 優太は笑ってしまう。


「綾乃、楽しそうだな」


「うん。楽しい」


「よかった」


「松寺くんは?」


「俺も楽しいよ」


 少し間を置いて。


「綾乃といるし」


「……え?」


「何?」


「ううん」


 綾乃は少しだけ視線を逸らした。


 優太は、その反応を見て。


 もしかして。


 少しくらいは意識してくれたのかな。


 そんなことを思った。


 でも。


 まだ聞かない。


 急ぐつもりはなかった。


 *


 ペンギンの前。


「ここ」


 優太が足を止める。


「そんなに好き?」


「好き」


「すごく分かりやすい」


「そう?」


「うん」


 綾乃が笑う。


 水の中を泳ぐペンギンを見て。


「かわいいね」


「だろ?」


「松寺くん、嬉しそう」


「そりゃ嬉しいよ」


「そんなに?」


「うん」


 優太は少し笑った。


「一緒に見られたし」


「……」


 綾乃が黙る。


「どうした?」


「……なんでもない」


 また。


 少しだけ顔が赤い。


 優太は、それを見て。


 胸の奥がくすぐったくなった。


 *


「綾乃」


「ん?」


「写真撮ろう」


「写真?」


「せっかくだし」


「うん」


 優太がスマホを取り出す。


 二人で並ぶ。


「もう少しこっち」


「え?」


「ペンギン入らない」


「あ、そっか」


 綾乃が少し近づく。


 肩が触れた。


「……」


 一瞬。


 二人とも止まる。


「……撮るよ」


 優太が言った。


「う、うん」


 シャッターを押す。


「撮れた」


「見せて」


 二人で画面を見る。


 そこには。


 ペンギンを背景に。


 並んで笑っている二人が写っていた。


「……いいね」


 綾乃が笑う。


「うん」


「送って」


「いいよ」


「ありがとう」


 優太は写真を送る。


 それから。


 小さく思った。


 この写真。


 大事にしそうだな。


 自分でも。


 *


 昼。


 二人は園内のベンチで昼食を食べた。


「疲れた」


 綾乃が笑う。


「まだ半分くらいだよ」


「え?」


「全部見るんだろ?」


「見る」


「じゃあ頑張らないと」


「松寺くん、元気だね」


「陸上部だから」


「それ言われると何も言えない」


 二人で笑う。


 しばらくして。


 綾乃が飲み物を探した。


「あれ?」


「どうした?」


「なくなった」


「買ってくるよ」


「いいよ。私が行く」


「座ってて」


「でも」


「何がいい?」


「えっと……」


「昨日飲んでたやつでいい?」


「……覚えてたの?」


「うん」


「じゃあ、それ」


「分かった」


 優太は売店へ向かう。


 飲み物を買って戻る。


「はい」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 綾乃が飲み物を見る。


「……松寺くんって」


「ん?」


「こういうの、よく覚えてるよね」


「そうかな」


「うん」


 綾乃が少し笑う。


「なんか嬉しい」


 その言葉に。


 優太も嬉しくなった。


「じゃあ、覚えとく」


「もう覚えてるじゃん」


「これからも」


「……うん」


 綾乃が小さく笑った。


 *


 午後。


 二人はふれあい広場へ向かった。


「触れるんだって」


「行ってみる?」


「行きたい」


「じゃあ行こう」


 中に入る。


 綾乃が動物に近づく。


「かわいい」


「気をつけて」


「うん」


 そのとき。


 足元にいた動物に気を取られ。


 綾乃が一歩下がった。


「危ない」


 優太が咄嗟に綾乃の腕を掴む。


「……!」


 二人の距離が近くなる。


「大丈夫?」


「……うん」


「よかった」


 優太が手を離す。


 綾乃は少し頬を赤くしていた。


「……ありがとう」


「うん」


 優太も少しだけ心臓が速くなっていた。


 好きな子に触れれば。


 そりゃ、意識する。


 でも。


 今は。


 それ以上のことをするつもりはなかった。


 綾乃が嫌がることはしたくない。


 ただ。


 こうして一緒にいられるだけで。


 十分嬉しい。


 *


 ふれあい広場を出る。


「松寺くん」


「ん?」


「さっき」


「うん」


「ありがとう」


「また?」


「だって、今日何回も助けてもらってる」


「そんなに?」


「うん」


 綾乃が笑う。


「今日の松寺くん、なんか頼りになる」


「普段は?」


「普段も頼りになるよ」


「じゃあよかった」


「ふふ」


 二人で笑う。


 優太は思う。


 こういう言葉を。


 もっと聞きたい。


 でも。


 今はまだ。


 これでいい。


 *


 帰る前に。


 二人は園内のショップへ入った。


 動物のぬいぐるみや文房具、お菓子などが並んでいる。


「わあ……」


 綾乃が足を止めた。


「どうした?」


「これ」


 綾乃が指差す。


 小さなキーホルダーが並んでいた。


 丸い形をしたアクリル製のキーホルダー。


 同じシリーズの動物たちが、それぞれ描かれている。


「かわいい……」


 綾乃が一つ手に取る。


 丸いプレートの中央には、ちょこんと座ったレッサーパンダ。


 大きな黒い目。


 小さな耳。


 両手には木の実を抱えている。


 後ろには、ふわふわした大きな尻尾。


 周りには小さな葉っぱの模様まで入っていた。


「これ、綾乃好きそう」


「……好き」


「やっぱり」


 優太が笑う。


「どうしよう」


「欲しい?」


「うん」


「じゃあ買えば?」


「でも、今日いっぱい買ったし」


「これくらいならいいんじゃない?」


「うーん……」


 綾乃は迷っている。


 でも。


 キーホルダーを棚に戻そうとはしない。


「さっきからずっと持ってるけど」


「……そんなに?」


「うん」


「見てたの?」


「見てた」


 優太は笑った。


「買えばいいじゃん」


「……じゃあ」


 綾乃が小さく頷く。


「これにする」


「うん」


 その隣で。


 優太も一つ手に取った。


「じゃあ、俺も」


「え?」


 綾乃が見る。


「これ」


 優太が持ったのは。


 同じシリーズのキーホルダー。


 同じ丸い形。


 同じデザイン。


 ただ。


 描かれている動物はペンギンだった。


 白いお腹。


 黒い羽。


 少し首を傾げて、ちょこんと立っている。


 足元には小さな氷。


「ペンギンだ」


「うん」


「やっぱり好きなんだね」


「好き」


「今日、一番最初に見たかったもんね」


「うん」


 綾乃が笑う。


「じゃあ、私のレッサーパンダと松寺くんのペンギン、お揃いみたい」


「……そうだな」


 二つを並べる。


 丸い形。


 同じシリーズ。


 でも。


 動物は違う。


「かわいい」


 綾乃が言う。


「うん」


「なんかいいね」


「何が?」


「違う動物なのに、お揃いって感じがする」


 優太は少しだけ笑った。


「じゃあ、これにする」


「うん」


 二人は、それぞれのキーホルダーを買った。


 *


 店を出る。


 綾乃は袋からキーホルダーを取り出した。


「今つけようかな」


「いいんじゃない?」


「でも、金具が……」


 綾乃が苦戦する。


「貸して」


「え?」


「俺やる」


「大丈夫だよ」


「いいから」


 優太が受け取る。


 金具を開く。


 綾乃の鞄のファスナーにつける。


「はい」


「……ありがとう」


「うん」


 綾乃が鞄を見る。


 レッサーパンダが小さく揺れている。


「かわいい……」


「よかったな」


「うん」


 優太も自分のペンギンを鞄につける。


「松寺くんのも見せて」


「これ」


「かわいい」


「だろ?」


 二人の鞄に。


 同じシリーズのキーホルダーが揺れている。


 レッサーパンダと。


 ペンギン。


 綾乃が笑った。


「ほんとにお揃いみたい」


「……うん」


 優太は。


 その言葉が嬉しかった。


 *


 動物園を出る。


 夕方の道を、二人で駅へ向かう。


「今日は楽しかった?」


 優太が聞く。


「うん」


 綾乃が笑う。


「すごく楽しかった」


「よかった」


「松寺くんは?」


「俺も」


「また来たいね」


「うん」


「じゃあ、また来よう」


「約束な」


「うん」


 綾乃が頷く。


 その顔を見て。


 優太は思った。


 やっぱり。


 好きだ。


 何度思っても。


 同じ答えになる。


 *


 駅が近づく。


「綾乃」


「ん?」


「今日は、俺の行きたいところに付き合ってくれてありがとう」


「ううん」


 綾乃は首を振る。


「私も楽しかったから」


「そっか」


 少しだけ歩く。


 もうすぐ駅。


 今日も終わる。


 優太は少しだけ寂しくなった。


「……綾乃」


「ん?」


「また会いたい」


 思わず。


 口から出た。


 綾乃が少し目を丸くする。


「……うん」


 それから。


「私も」


 小さな声だった。


 でも。


 優太には十分だった。


「じゃあ、また連絡する」


「うん」


「次も、俺が決めてもいい?」


「もちろん」


「じゃあ考えとく」


「楽しみにしてる」


「俺も」


 二人は笑った。


 *


 帰り道。


 優太は一人で歩いていた。


 今日のことを思い出す。


 綾乃の笑顔。


 ペンギンを見ていた自分を笑っていた顔。


 二人で撮った写真。


 ふれあい広場で触れた腕。


 そして。


 お揃いのキーホルダー。


 全部。


 嬉しかった。


 でも。


 一番嬉しかったのは。


「また会いたい」


 そう言って。


 綾乃が、


「私も」


 と言ってくれたことだった。


 まだ。


 気持ちを伝えたわけでもない。


 それでも。


 焦るつもりはなかった。


 綾乃と一緒にいる時間を。


 少しずつ増やしていきたい。


 そして。


 いつか。


 ちゃんと伝えたい。


「……好きだな」


 優太はもう一度呟いた。


 自分でも。


 笑ってしまうくらい。


 綾乃のことが好きだった。


 鞄についたペンギンのキーホルダーが。


 歩くたびに小さく揺れる。


 綾乃の鞄では。


 レッサーパンダが揺れている。


 同じシリーズの。


 二つの小さなキーホルダー。


 優太は。


 そのことを思い出しながら。


 次に綾乃と会える日を。


 もう楽しみにしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。