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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第四十七話 やっぱり、お似合い

 月曜日の放課後。


 美術室には、いつもより大きなキャンバスが置かれていた。


 生徒玄関に飾るための作品だ。


 学校に来た人が最初に目にする場所だからと、先生から美術部に制作を任されたものだった。


「大きすぎない?」


 綾乃がキャンバスを見上げる。


「大きいね」


 すずも隣で見上げた。


「これ、どうやって描くの?」


「脚立使うんじゃない?」


「私、高いところ苦手なんだけど」


「じゃあ下担当」


「それならできる」


 綾乃が笑う。


 すずも小さく笑った。


「とりあえず、下書きからだね」


「うん」


 二人で準備を始める。


 そのとき。


「こんにちは」


 美術室の扉が開いた。


 綾乃が顔を上げる。


「あ」


「森本先輩」


「こんにちは」


 そこに立っていたのは、森本環だった。


 環は手に数枚の紙を持っている。


「先生に頼まれて」


「何ですか?」


「生徒玄関の作品。手伝ってほしいって」


「ああ」


 すずが頷く。


「ちょうど今から始めるところ」


「よかった」


 環は紙を机の上に置いた。


「じゃあ、私も混ざっていい?」


「もちろんです」


 綾乃が笑った。


 *


 三人で床に紙を広げる。


「何描くか、まだ決まってないんですよ」


 綾乃が言う。


「そうなんだ」


「季節ものにするか、学校っぽいものにするかで迷ってて」


「生徒玄関なら、あまり季節を限定しないほうがいいかもね」


 環が言った。


「冬になっても飾るんでしょ?」


「あ」


 綾乃が頷く。


「確かに」


「じゃあ、空とか?」


 環が紙に簡単な線を描く。


「大きな空にして、いろんなものを入れるとか」


「いいですね」


 綾乃が覗き込む。


「じゃあ、ここに学校を入れて……」


「うん」


「こっちは木とか?」


「いいと思う」


 少しずつ案がまとまっていく。


「森本先輩、こういうの考えるの上手ですね」


 綾乃が言う。


「そう?」


「はい」


「牧さんも結構早いよ」


「本当ですか?」


「うん」


「じゃあ、もっと頑張ります」


 綾乃が笑う。


 環も笑った。


 すずは少し離れたところで、その様子を見ていた。


 特に何か特別なことを話しているわけではない。


 それでも。


 二人の会話は自然に続いている。


 *


 しばらくして。


「そういえば」


 綾乃が顔を上げた。


「森本先輩、この前の映画どうでした?」


「ああ」


 環が笑う。


「面白かったよ」


「続編ですよね?」


「うん」


「私も結構好きでした」


「私も」


 環が頷く。


「前の作品より、今回のほうが好きかも」


「あ、分かります」


 綾乃が嬉しそうに笑った。


「最後のところ、よかったですよね」


「うん。あそこ好き」


「ですよね」


 二人で映画の話を続ける。


「そういえば、海藤も同じこと言ってた」


「え?」


「続編のほうが好きだって」


「ああ……」


 綾乃が少し笑った。


「先輩らしいですね」


「何が?」


「なんとなくです」


 環が笑う。


「でも、海藤って映画見ながら寝てたよ」


「え?」


「途中で少しだけ」


「寝たんですか?」


「うん」


 綾乃が吹き出す。


「ふふっ」


「本人には言わないでね」


「絶対言いたくなります」


「じゃあ駄目」


「分かりました」


 そう言いながら。


 綾乃はまた笑った。


 環もつられて笑う。


「でも」


 環が言った。


「起きてからはちゃんと見てたよ」


「それならよかったです」


「海藤、ああ見えて結構映画好きなのかもね」


「そうなんですね」


 綾乃は少し考えた。


「なんか意外です」


「私も最初はそう思った」


「森本先輩も?」


「うん」


 二人でまた笑う。


 すずは黙って、その様子を見ていた。


 *


 少し休憩することになった。


 三人で机を囲む。


「森本先輩って、普段どんな映画見るんですか?」


 綾乃が聞く。


「結構何でも見るよ」


「恋愛映画も?」


「見る」


「へえ」


「牧さんは?」


「私もです」


「じゃあ、今度おすすめ教えて」


「はい」


 綾乃が笑う。


「森本先輩のおすすめも教えてください」


「いいよ」


 そんな話をしながら。


 綾乃は、ふと環の横顔を見る。


 落ち着いた話し方。


 大人っぽい雰囲気。


 笑うと柔らかい。


 そして。


 映画の好みも恵斗と似ている。


 ――やっぱり。


 綾乃は心の中で思った。


 先輩と森本先輩って。


 なんとなく、似合っている。


 前に恵斗から聞いた話を思い出す。


 自分が相談を受けたとき。


 恵斗は、環のことを話していた。


 好きなんだと。


 そのことを、綾乃は誰にも話していない。


 もちろん、今も。


 だから。


 ただ心の中で思う。


 ――先輩が森本先輩と一緒にいたら、きっとこんな感じなのかな。


 落ち着いて話して。


 好きな映画の話をして。


 今日みたいに笑って。


 そう考えると。


 やっぱり、しっくりくる。


 綾乃は小さく笑った。


「どうしたの?」


 環が聞く。


「あ、いえ」


 綾乃は首を振った。


「ちょっと考え事してました」


「そっか」


 環はそれ以上聞かなかった。


 *


 作業を再開してしばらくすると。


「今日はここまでにしようか」


 すずが言った。


「うん」


 綾乃が頷く。


 環も立ち上がった。


「じゃあ、私は帰るね」


「ありがとうございました」


「こちらこそ」


 環が笑う。


「また手伝うよ」


「お願いします」


 綾乃も笑った。


「じゃあ、またね」


「はい。また」


 環が美術室を出ていく。


 扉が閉まった。


「……」


 綾乃は、しばらく扉を見ていた。


「綾乃」


「ん?」


 すずが声をかける。


「森本先輩と話すの、楽しそうだったね」


「うん」


 綾乃は素直に頷いた。


「映画の話、結構できたし」


「そっか」


「森本先輩って、大人っぽいよね」


「そうだね」


「うん」


 綾乃は頷く。


 さっき思ったことは、口にしない。


 恵斗が環を好きだということも。


 自分が二人をお似合いだと思ったことも。


 全部、心の中にしまっておく。


「また一緒に話したいな」


 綾乃が何気なく言った。


「そうだね」


 すずが答える。


 それだけだった。


 *


 帰り道。


 綾乃は一人で駅へ向かっていた。


 今日は優太は部活。


 明日は一緒に帰れるかもしれない。


 そんなことを考えながら歩く。


 ふと。


 今日の環との会話を思い出した。


 映画のこと。


 作品のこと。


 恵斗のこと。


 環は落ち着いていて。


 大人っぽくて。


 やっぱり、先輩とお似合いだと思った。


 きっと。


 二人なら、うまくいく。


 そう思う。


 そして。


 自分は、それを嬉しいと思っている。


 先輩には。


 好きな人と幸せになってほしい。


 自分も今。


 優太と一緒にいる時間が楽しい。


 次はどこへ行こうか。


 そんなことを考えるのも楽しい。


 だから。


 先輩にも。


 同じように、楽しい時間があればいいと思う。


 それなのに。


 駅へ向かう途中。


 ふと。


 今日、環と恵斗のことを考えたときに感じた、小さな引っかかりを思い出した。


「……」


 綾乃は足を少しだけ緩める。


 何だろう。


 嫌なわけじゃない。


 環が恵斗と仲良くなるのが嫌なわけでもない。


 むしろ。


 うまくいけばいいと思っている。


 それなのに。


 胸の奥に、ほんの少しだけ。


 ざわっとしたものが残っている。


「……変なの」


 綾乃は小さく笑った。


 きっと。


 先輩のことをよく知っているから。


 だから少し気になっただけ。


 そう思って。


 綾乃はまた歩き出した。


 明日は。


 優太と一緒に帰るかもしれない。


 そう考えると。


 また少し、楽しみになった。


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