第四十五話 三人なら
放課後。
美術室には、恵斗と環だけが残っていた。
文化祭が終わってから、美術室に来る三年生は少なくなった。
恵斗も受験勉強がある。
環も進路のことで忙しい。
それでも、たまにこうして顔を合わせることはあった。
「海藤」
「ん?」
「この前言ってた映画」
「ああ」
「続編、もう公開してるんだよね」
「してる」
「ちょっと見てみたいんだよね」
環は机の上のプリントを整理しながら言った。
「前の作品、面白かったし」
「……うん」
恵斗は頷いた。
前の作品なら見ている。
続編も気になっていた。
ただ。
誰かと行くことまでは考えていなかった。
「海藤は?」
「俺も、まあ」
「見に行くの?」
「……」
一瞬。
恵斗の頭に、綾乃の顔が浮かんだ。
――先輩も今度、どこか行けばいいじゃないですか。
――好きな人と。
「……」
恵斗は無意識に眉を寄せた。
環が不思議そうに見る。
「どうしたの?」
「いや」
別に。
ここで。
普通に、
「一緒に行く?」
と言えばいい。
相手は環だ。
好きな人だ。
それなのに。
その一言が、なかなか出てこない。
「……」
恵斗は少し考えた。
そして。
「じゃあ」
環が顔を上げる。
「ん?」
「遥翔も誘って、三人で行く?」
環は一瞬だけ考えた。
それから、あっさり頷いた。
「いいよ」
「じゃあ、遥翔にも聞いてみる」
「うん」
それだけ。
環はまたプリントに目を戻した。
恵斗も頷く。
「……じゃあ決まり」
「そうだね」
恵斗は小さく息を吐いた。
これなら自然だ。
二人きりじゃない。
変に意識する必要もない。
遥翔もいる。
何も問題ない。
――これでいい。
そう思った。
*
その日の帰り。
恵斗は遥翔と二人で歩いていた。
「なあ、遥翔」
「ん?」
「綾乃が言ってた映画」
「ああ」
「今度、三人で行くから」
「三人?」
「俺と森本とお前」
遥翔が足を止めた。
「……俺?」
「そう」
「いや、行かねえけど」
「……は?」
恵斗も足を止める。
「何で」
「何でって」
遥翔は呆れたように恵斗を見る。
「俺、映画行くなんて言ってないだろ」
「言ってないけど」
「誘われてもないし」
「今誘ってる」
「断る」
「……」
恵斗は黙った。
「何でだよ」
「何で俺が受験前に、お前らの映画についていかなきゃいけないんだよ」
「三人のほうがいいだろ」
「何で?」
「……」
言葉に詰まる。
遥翔がじっと見る。
「恵斗」
「何」
「お前、森本と二人で行くの嫌なの?」
「違う」
「じゃあ三人じゃなくていいだろ」
「……」
「二人で行けば?」
「……いや」
「何」
「……普通、三人だろ」
「どこが?」
「……」
恵斗は黙り込んだ。
遥翔がため息をつく。
「とにかく俺は行かないから」
「……分かった」
「本当に?」
「分かったって」
「むしろ、俺抜きの方がいいじゃん」
「……」
その言葉に。
恵斗は少しだけ固まった。
「……俺抜き?」
「うん、お前と森本で」
「……」
恵斗は何も言わなかった。
遥翔が横から覗き込む。
「何その顔」
「……別に」
「二人で行くの嫌なんだろ」
「嫌じゃない」
「じゃあ行けよ」
「……」
「恵斗?」
「……うるさい」
遥翔が笑った。
「はいはい」
「笑うな」
「笑ってねえよ」
「笑ってる」
「気のせい」
「絶対笑ってる」
「知らねえ」
「……」
恵斗は深く息を吐いた。
自分でも分かっている。
さっきまで。
遥翔が一緒なら、それでいいと思っていた。
そのほうが自然だと思っていた。
なのに。
いざ「二人で行けば」と言われると。
急に落ち着かなくなる。
「……」
恵斗は前を向く。
環と二人。
映画。
別に。
何もおかしくない。
好きな人と映画を見る。
普通のことだ。
なのに。
なぜか。
綾乃の顔が浮かんだ。
土曜日。
優太と映画を見たと言っていた。
楽しかった、と。
「……」
恵斗は眉を寄せる。
まただ。
何でここで綾乃を思い出す。
*
翌日。
恵斗は昼休みに、環のところへ行った。
「森本」
「ん?」
「昨日の映画の話」
「ああ」
「遥翔、行かないって」
「そうなんだ」
「……だから」
恵斗は一瞬だけ言葉に詰まった。
「二人でもいいなら」
環が顔を上げる。
「うん。私はいいよ」
あまりにもあっさり言われて。
恵斗のほうが拍子抜けした。
「……そう」
「海藤は?」
「俺も」
「じゃあ、二人で行こうか」
「……うん」
決まった。
本当に。
ただ映画を見るだけ。
それだけなのに。
恵斗は少しだけ落ち着かなかった。
「日にちはどうする?」
「俺は土曜なら大丈夫」
「じゃあ土曜にしようか」
「うん」
「時間は?」
「映画の時間見て決めよう」
「分かった」
環はそれだけ言うと、また友達との話に戻った。
恵斗も自分の席へ戻る。
席に座ってから。
「……」
改めて思う。
今度の土曜日。
環と二人で映画に行く。
約束した。
「……」
スマホを取り出す。
上映時間を調べる。
いくつか候補がある。
その中から、ちょうどいい時間を探す。
――これなら、昼過ぎに終わる。
――そのあと、どこか寄ってもいい。
そこまで考えて。
恵斗は手を止めた。
「……」
何を考えているんだ。
映画を見るだけだ。
終わったら帰ればいい。
なのに。
無意識に、その後のことまで考えていた。
スマホを伏せる。
「……」
少しして。
また手に取る。
上映時間を確認する。
さっきと同じ。
何度見ても変わらない。
「……俺、楽しみにしてんのか」
小さく呟いた。
それは別に、おかしいことじゃない。
好きな人と映画に行く。
楽しみで当然だ。
そう思う。
なのに。
その瞬間。
また綾乃の顔が浮かんだ。
土曜日。
優太と映画を見て。
そのあとも一緒に過ごして。
楽しそうに笑っていた。
「……」
恵斗はスマホを机に置いた。
どうして。
環との映画の予定を考えているのに。
綾乃のことを思い出すんだ。
「……」
答えは出ない。
ただ。
自分でも少しだけ、嫌になってきた。
恵斗は机に肘をつき、額に手を当てる。
「……めんどくせえ」
小さく呟いた。
そして。
誰にも聞こえないように。
「……ほんと、俺どうなってんだよ」
そう言って。
恵斗はもう一度、スマホの画面を見た。
そこには。
土曜日の映画の上映時間が並んでいた。




