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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第四十四話 調子狂う

 その日の夜。


 恵斗は自分の部屋のベッドに寝転がっていた。


 天井を見る。


 何もない。


 当然だ。


 ただの天井だ。


 なのに。


「……」


 頭の中には、さっきの会話が残っている。


 ――先輩も今度、どこか行けばいいじゃないですか。


 ――誰と?


 ――好きな人と。


「……」


 恵斗は目を閉じた。


 別に。


 それだけなら、何ということもない。


 自分には好きな人がいる。


 森本環。


 それは変わらない。


 だから。


 綾乃の言う通り、森本とどこかへ行けばいい。


 映画でも。


 どこか別の場所でも。


 考えてみれば、何もおかしくない。


「……」


 なのに。


 綾乃に、


 ――好きな人と。


 そう言われた瞬間。


 頭に浮かんだのは、森本ではなかった。


 綾乃だった。


「……何でだよ」


 恵斗は目を開けた。


 別に。


 綾乃と映画に行きたいと思ったわけじゃない。


 ただ。


 土曜日、綾乃は松寺と映画に行った。


 楽しかったと言っていた。


 またどこかへ行くとも言っていた。


 その話を聞いて。


 なぜか。


 面白くなかった。


「……」


 恵斗は枕に頭を押しつける。


 考えれば考えるほど、分からなくなる。


 綾乃は何も悪くない。


 むしろ。


 あいつは本当に何も考えていない。


 自分が楽しかったから。


 先輩も好きな人と行けばいい。


 たぶん、それだけだ。


 悪意なんてない。


 分かっている。


 だからこそ。


 自分のさっきの態度が、余計に腹立たしい。


「……余計なお世話って」


 恵斗は呟いた。


「何であんなこと言ったんだよ」


 綾乃は、何も悪くない。


 ただ普通に話していただけだ。


 なのに。


 自分だけが勝手に機嫌を悪くした。


「……」


 恵斗はスマホを手に取る。


 画面を見る。


 綾乃とのメッセージを開く。


 何か送ろうとして。


 やめた。


「……何送るんだよ」


 謝る?


 何に。


「さっきは悪かった」?


 それも変だ。


 そもそも。


 自分でも何に腹を立てたのか説明できない。


 スマホを伏せる。


「……」


 また天井を見る。


 綾乃が優太と映画を見たこと。


 楽しかったと言っていたこと。


 また一緒に出かけるらしいこと。


 その全部が。


 妙に引っかかっている。


「……」


 恵斗は目を閉じる。


 綾乃が笑っていた顔が浮かぶ。


 楽しそうだった。


 それを見て。


 自分も少し嬉しくなった。


 なのに。


 優太の話になった途端。


 面白くなくなった。


「……」


 恵斗は眉を寄せる。


 自分でも分かっている。


 これは。


 たぶん。


 あまり格好いい感情じゃない。


「……誰も何もしてねえのに」


 恵斗は小さく息を吐いた。


「勝手に機嫌悪くなってんじゃねえよ、俺」


 しばらく黙る。


 それから。


「……自分で自分が面倒くせえ」


 恵斗は顔を覆った。


 *


 翌日。


 放課後。


 綾乃は廊下を歩いていた。


 美術室へ向かう途中。


 階段の踊り場に、恵斗がいた。


「あ」


 綾乃が足を止める。


「先輩」


「おう」


 恵斗も顔を上げた。


 綾乃は少し迷った。


 昨日から、ずっと気になっていた。


「……昨日」


「うん?」


「すみませんでした」


「……何が」


「なんか、先輩怒ってたので」


「怒ってない」


「でも」


「怒ってないって」


 恵斗は少しだけ視線を逸らした。


 綾乃は困ったように笑う。


「私、変なこと言いました?」


「……」


 恵斗は答えない。


「映画のこと」


「ああ」


「好きな人と行けばって言ったやつです」


「……」


「嫌な言い方だったなら、すみません」


 恵斗は綾乃を見る。


 やっぱり。


 何も分かっていない。


 ただ。


 本当に心配している。


「……嫌な言い方じゃない」


「そうですか?」


「うん」


「じゃあ、なんで怒ったんですか?」


「だから、怒ってない」


「でも、すごく機嫌悪かったですよ」


「……」


 言い返せない。


 綾乃は少し考える。


「私、土曜日すごく楽しかったから」


「……」


「だから」


 綾乃は少し照れたように笑った。


「先輩も好きな人とどこか行ったら、楽しいんじゃないかなって」


「……」


 まただ。


 その言葉。


 聞けば聞くほど。


 胸の奥がざわつく。


「先輩、森本先輩のこと好きなんですよね?」


「……ああ」


 恵斗は答えた。


 少しだけ間があった。


 それに気づかず、綾乃は続ける。


「じゃあ、今度一緒に映画とか行ったらいいじゃないですか」


「……」


「きっと楽しいですよ」


 恵斗は何も言えなかった。


 綾乃は、それを肯定と受け取ったらしい。


「なら、よかった」


「……何が」


「先輩、怒ってないなら」


 綾乃が笑う。


「私、先輩に嫌われたのかと思いました」


「……嫌うわけないだろ」


 思わず。


 口から出た。


 綾乃が目を丸くする。


「……え?」


「いや」


 恵斗は少しだけ顔を背ける。


「そういう意味じゃなくて」


「どういう意味ですか?」


「……知らない」


「またですか」


 綾乃が笑う。


「じゃあ、私、もう行きますね」


「ああ」


「先輩も頑張ってください」


「何を」


「いろいろです」


「……おう」


 綾乃は笑って、そのまま廊下を歩いていった。


 恵斗は、その背中を見送る。


 何も知らない。


 自分が何を言ったのかも。


 それがどれだけこっちを振り回しているのかも。


 恵斗は小さく息を吐いた。


「……」


 そして。


「……ほんと、調子狂うな」


 誰に言うでもなく呟いた。


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