第四十話 気にしてない
月曜日の放課後。
恵斗と遥翔は、昇降口で靴を履き替えていた。
「今日、このまま駅?」
「うん」
「じゃあ行くか」
二人で校門へ向かう。
その途中。
「あ」
前から歩いてきたすずと目が合った。
「お疲れ」
「お疲れさまです」
すずが軽く頭を下げる。
恵斗も頷いた。
「綾乃は?」
何気なく聞いた。
すずが一瞬だけ恵斗を見る。
「今日は先に帰りました」
「そっか」
「松寺と」
「……」
恵斗の足が、ほんの少しだけ止まった。
「松寺と?」
「はい」
すずは何でもないことのように答える。
「一緒に帰るみたいです」
「……そう」
恵斗は前を向いた。
「まあ、そういう日もあるよな」
遥翔が言う。
「何だよ」
「別に」
「その言い方やめろ」
「何も言ってないだろ」
恵斗は少しだけ眉をひそめた。
すずは、その様子を黙って見ていた。
「そういえば」
すずが言う。
「今週、映画ですよね」
「映画?」
恵斗が聞き返す。
「綾乃が楽しみにしてたやつです」
「ああ」
恵斗は頷いた。
そして。
「……松寺と行くらしいですよ」
「……そうなんだ」
すずが、恵斗を見る。
ほんの一瞬。
恵斗の表情が止まった。
けれど、すずは何も言わなかった。
「映画のあとも、どこか寄るらしいです」
「……へえ」
恵斗の返事が、少しだけ低くなる。
「まだどこに行くかは決めてないみたいですけど」
「そう」
「綾乃、ものすごく楽しみにしてましたよ」
「…ふーん」
恵斗は前を向いた。
遥翔は隣で、口元を押さえている。
「……何」
恵斗が睨む。
「いや」
「笑ってるだろ」
「笑ってない」
「絶対笑ってる」
「気のせい」
すずは二人のやり取りを見ながら、少しだけ考えた。
さっきから。
恵斗は、映画の話になると明らかに反応が違う。
綾乃が松寺と帰ったと聞いたときも。
松寺と映画に行くと聞いたときも。
そして。
映画のあとも一緒にいると聞いたときも。
少しずつ。
顔が曇っていった。
それは。
ただの先輩が見せる反応には見えなかった。
「恵斗先輩」
「ん?」
「そんなに気になります?」
「別に」
即答だった。
「そうですか」
「うん」
「なんか、ちょっと不機嫌ですよね」
「気のせい」
「そうですか」
「そう」
「じゃあ、気にしないでおきます」
「……」
恵斗は何も言わなかった。
けれど。
すずには、もう十分だった。
*
三人で駅へ向かって歩く。
しばらくして。
すずがふと思い出したように言った。
「そういえば、綾乃」
「ん?」
「映画の話するとき、すごく楽しそうでしたよ」
「……そう」
「松寺と一緒に見られるのも楽しみみたいです」
「……へえ」
また。
恵斗の返事が少し低くなる。
すずは横目で見る。
恵斗は前を向いたままだ。
「映画のあとも、一緒にいるんだろ?」
恵斗が言った。
「たぶんな」
遥翔が答える。
「へえ」
「何だよ」
「いや。そこまで気になるんだなと思って」
「気になってない」
「じゃあ、何で聞いたの?」
「……」
「恵斗?」
「……うるさい」
遥翔は笑った。
すずも。
ほんの少しだけ笑った。
二人の視線が、一瞬だけぶつかる。
言葉はない。
けれど。
すずには分かった。
――やっぱり。
遥翔も。
たぶん同じことを思っている。
*
駅が近づく。
「じゃあ、私こっちなので」
すずが言った。
「ああ」
「また明日」
「おう」
恵斗が答える。
すずは二人に軽く頭を下げて、歩いていった。
少し離れてから。
一度だけ振り返る。
恵斗はまだ、遥翔と話していた。
その表情は。
さっきまでと変わらない。
でも。
すずには、もう分かっていた。
綾乃のことになると。
この人は、少しだけおかしくなる。
自分では、それに気づいていないらしい。
だから。
今は何も言わない。
ただ。
少しだけ面白いと思った。
*
すずと別れたあと。
恵斗と遥翔は、二人で歩いていた。
しばらく無言だった。
「……なあ」
恵斗が口を開く。
「ん?」
「北川ってさ」
「うん」
「何か変じゃなかった?」
「何が?」
「映画の話してたとき」
「そう?」
「……なんか、俺のこと見てた気がする」
「気のせいじゃない?」
「そうかな」
「そうだろ」
遥翔は笑った。
「まあ、いいんじゃない?」
「何が」
「別に」
「お前までそれ言うなよ」
「じゃあ、何て言えばいい?」
「知らん」
「じゃあ別にでいいだろ」
「……」
恵斗は黙った。
でも。
頭の中には、さっきの話が残っていた。
今週。
綾乃は松寺と映画を見る。
そのあとも。
二人でどこかに行くかもしれない。
綾乃は、それを楽しみにしている。
「……」
別に。
自分には関係ない。
そう思う。
なのに。
なぜか。
その土曜日が、妙に気になった。
*
夜。
恵斗はベッドに寝転がっていた。
スマホを手に取る。
カレンダーを見る。
今週の土曜日。
「……」
映画の日。
別に。
予定を確認しただけだ。
そう思って、スマホを伏せる。
目を閉じる。
けれど。
頭の中には、今日聞いた話が浮かんでくる。
松寺と映画。
映画のあとも寄り道。
そして。
ものすごく楽しみにしている綾乃。
「……」
恵斗は天井を見る。
「……気にしてない」
小さく呟く。
言い聞かせるように。
「別に」
もう一度。
けれど。
そのあとも。
なかなか眠れなかった。




