第三十九話 また一緒に
金曜日の放課後。
優太は教室を出る前に、ふと前を見た。
綾乃が、鞄に教科書を入れている。
「綾乃」
声をかける。
綾乃が振り返った。
「あ、松寺くん」
「もう帰る?」
「うん」
「そっか」
優太は少しだけ迷った。
別に。
わざわざ聞かなくてもいいことだった。
でも。
「じゃあ、一緒に帰らない?」
「いいよ」
綾乃は、いつものように自然に頷いた。
「じゃあ、行こ」
「うん」
二人で教室を出る。
*
校門を出る。
夕方の道を、二人で並んで歩く。
「今日、部活どうだった?」
優太が聞く。
「普通」
「また普通?」
「普通だよ」
「そっか」
綾乃が笑う。
優太も笑った。
こうして二人で歩くのは、もう珍しくない。
最初はたまたまだった。
帰る時間が同じだったから。
駅まで一緒だったから。
でも最近は。
綾乃が帰るところを見ると。
自然と、一緒に帰りたいと思うようになっていた。
今日も。
それだけだった。
「そういえば」
優太が言った。
「映画、もうすぐだな」
「うん」
綾乃の顔がぱっと明るくなる。
「楽しみ」
その顔を見て。
優太は少し笑った。
「そんなに楽しみ?」
「うん。前のやつも面白かったし」
「じゃあ、俺も見直しとこうかな」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、話が合うね」
「そうだな」
綾乃は楽しそうに笑っている。
優太は、その横顔を見た。
映画の話をしているときの綾乃は。
いつもより少しだけ楽しそうだ。
声も明るい。
それを見ていると。
こっちまで楽しくなる。
「映画のあとさ」
優太が言う。
「うん?」
「どっか寄って帰らない?」
「……あ」
綾乃が少し目を丸くする。
「いいね」
「じゃあ、そうしよう」
「うん」
綾乃が嬉しそうに頷く。
その顔を見て。
優太も嬉しくなった。
映画を見る。
そのことだけでも楽しみだった。
でも。
そのあとも綾乃と一緒にいられる。
そう考えると。
もっと楽しみになった。
「松寺くん」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「なんか……楽しみになった」
「最初から楽しみにしてただろ」
「それはそうだけど」
綾乃が笑う。
「一緒に見るのが、もっと楽しみになった」
「……そっか」
優太も笑った。
けれど。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、少しだけ嬉しくなった。
自分と一緒に映画を見ることを。
綾乃も楽しみにしてくれている。
それだけのことなのに。
なんとなく。
特別なことのように感じた。
*
駅が近づいてくる。
いつもの道。
いつもの帰り道。
でも。
今日は、もう少し一緒に歩いていたい気がした。
「綾乃」
「ん?」
「映画の日さ」
「うん」
「待ち合わせ、駅でいい?」
「いいよ」
「じゃあ、俺が先に来てる」
「分かった」
綾乃が頷く。
「楽しみだね」
「うん」
二人で笑う。
駅に着いた。
改札の前で立ち止まる。
「じゃあ、また」
「うん。またね」
綾乃が手を振る。
優太も手を上げる。
そのまま改札を抜けようとして。
ふと。
優太は足を止めた。
「綾乃」
「ん?」
振り返った綾乃を見る。
「……また来週も、一緒に帰ろう」
言ってから。
少しだけ恥ずかしくなった。
でも。
綾乃は、驚いたあと。
「うん」
笑った。
「いいよ」
「じゃあ、決まり」
「うん」
それだけ言って。
優太は改札を抜けた。
*
電車の中。
優太は窓の外を見ながら、今日のことを思い出していた。
綾乃と話した。
一緒に歩いた。
映画の話をした。
そのあとも一緒にいたいと思った。
そして。
また一緒に帰ろうと約束した。
「……」
なんだろう。
前なら。
こんなことをいちいち考えなかった。
ただ友達と帰っただけ。
それだけだった。
でも。
最近は違う。
綾乃と一緒にいると。
楽しい。
もっと話したい。
もう少し一緒にいたい。
そう思うことが増えた。
今日だって。
映画の話をしている綾乃を見ているだけで。
なんとなく嬉しかった。
「……」
優太は少しだけ笑う。
綾乃は。
自分にとって。
たぶん、少し特別なんだと思う。
まだ。
それ以上のことは、よく分からない。
ただ。
また一緒に帰りたい。
また一緒に出かけたい。
そう思う。
それだけは。
もう、はっきりしていた。
*
家に着いてから。
優太は鞄を置いて、スマホを取り出した。
綾乃とのメッセージを開く。
しばらく画面を見て。
短く打つ。
『今日はありがとう』
送る。
少しして。
『こちらこそ』
返信が来た。
優太はまた笑った。
『映画、楽しみにしてる』
送る。
すぐに。
『私も』
返ってきた。
それだけなのに。
また嬉しくなる。
優太はスマホを置いた。
そして。
今日の帰り道を、もう一度思い出す。
「……また一緒に帰ろう」
自分から言った。
綾乃も。
「いいよ」
と笑ってくれた。
それが。
思っていたより嬉しかった。
優太はまだ知らない。
この気持ちが。
いつから始まったのか。
ただ。
綾乃と一緒にいる時間を。
前よりずっと、大切に思うようになっていた。




