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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第三十八話 冗談だから

 水曜日の夜。


 恵斗は机に向かっていた。


 参考書を開いている。


 問題も解いている。


 けれど。


「……」


 さっきから、同じページを何度も見ていた。


 集中できない。


 理由は分かっている。


 いや。


 分かっているような、分かっていないような。


 恵斗はシャーペンを置いた。


 ふと、スマホを見る。


 駅で聞いた会話が頭に浮かんだ。


 綾乃と松寺。


 映画の続編を見に行くという話。


「……」


 別に。


 誰と行こうが、自分には関係ない。


 そう思う。


 なのに。


 あの映画のことが、妙に気になった。


 綾乃があれだけ楽しそうに話していた映画。


 どんなものなのか。


「……」


 恵斗はスマホを手に取った。


 映画のタイトルを検索する。


 前作の情報が出てくる。


「……これか」


 少し迷う。


「……まあ」


 綾乃が話していたから。


 それだけだ。


 恵斗は再生ボタンを押した。


 *


 しばらくして。


 映画が終わった。


 恵斗はベッドに座ったまま、画面を見ていた。


「……」


 思っていたより。


 普通に面白かった。


「……なるほどな」


 綾乃が好きなのも、少し分かる気がする。


 ただ。


 そこまで考えてから。


「……」


 恵斗は眉をひそめた。


 なぜ自分は、綾乃が好きな理由まで考えているんだ。


「……別に」


 ただ映画を見ただけだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 そう思ってスマホを伏せる。


 けれど。


 ふと。


 綾乃が映画の話をしていたときの顔を思い出した。


 楽しそうだった。


 少し声も弾んでいた。


「……」


 また。


 気になる。


 恵斗はため息をついた。


「……寝るか」


 結局、その夜。


 勉強はほとんど進まなかった。


 *


 木曜日の朝。


 教室。


 恵斗が席に座っていると、遥翔がやってきた。


「おはよう」


「おう」


 遥翔は恵斗の顔を見る。


「……何?」


「いや」


「何だよ」


「昨日、映画見ただろ」


「……」


 恵斗が止まる。


「何で分かるんだよ」


「勘」


「見てない」


「嘘つけ」


「何で」


「お前、映画見た次の日の顔してる」


「どんな顔だよ、それ」


「ちょっと寝不足」


「……」


 恵斗は目を逸らした。


「……前のやつだけ」


「やっぱり見たんじゃん」


「うるさい」


 遥翔が笑う。


「牧が話してたやつ?」


「……そう」


「そこまで気になった?」


「映画がな」


「ふーん」


「何だよ」


「別に」


 遥翔はニヤニヤしている。


「面白かった?」


「まあ」


「牧に感想言いたくなった?」


「……」


 恵斗が黙る。


「何その顔」


「別に」


「分かりやすいな」


「うるさい」


 遥翔は楽しそうに笑った。


「まあ、頑張れ」


「何をだよ」


「さあ」


「……」


 恵斗は遥翔を睨んだ。


 *


 放課後。


 廊下を歩いていた恵斗は、階段のところで綾乃と会った。


「あ」


「綾乃」


「先輩、今帰りですか?」


「うん」


「そうなんですね」


 綾乃が少し笑う。


「そういえば、映画見てくれました?」


「うん」


「本当に見たんですね」


「見たって言っただろ」


「だって先輩、あんまり興味なさそうだったから」


「……まあ」


 恵斗は少し視線を逸らす。


「ちょっと気になったから」


「何がですか?」


「……映画」


「ふふ」


 綾乃が笑った。


「じゃあ、ちゃんと見てくれたんですね」


「まあな」


「なんか嬉しいです」


「……そう?」


「はい」


 綾乃は頷いた。


「私、結構好きなので」


「知ってる」


「そんなに話しましたっけ?」


「話してた」


「そっか」


 綾乃はまた笑った。


「じゃあ、続編も見てくださいね」


「……気が向いたら」


「絶対ですよ」


「分かった」


「見たら、また感想話しましょう」


「うん」


 綾乃は満足そうに頷いた。


「じゃあ、私、部活行くので」


「おう」


「また」


「またな」


 綾乃が階段を下りていく。


 恵斗はその場に残った。


「……」


 別に。


 普通に話しただけだ。


 映画の話をして。


 綾乃が楽しそうだった。


 それだけ。


 なのに。


 綾乃の姿が少しずつ遠ざかっていくのを見ていると。


「……」


 なぜか。


 もう少し話していたいと思った。


 恵斗は一度、視線を逸らした。


 そのまま帰ればいい。


 そう思った。


 けれど。


「……綾乃」


 気づけば、呼んでいた。


「はい?」


 綾乃が階段の途中で振り返る。


 恵斗は一瞬、言葉に詰まった。


 何を言うつもりだったのか。


 自分でも分からない。


「……」


 少しだけ迷って。


 それでも。


「……俺と行く?」


「え?」


 綾乃が目を丸くする。


 恵斗自身も固まった。


「……」


 数秒。


 自分が何を言ったのか理解する。


「……いや」


 恵斗は視線を逸らした。


「冗談」


「え?」


「冗談だから」


 綾乃は少し驚いた顔をして。


 それから笑った。


「びっくりしました」


「そんな驚く?」


「だって」


 綾乃は少し首を傾げる。


「先輩と映画って、あんまり想像してなかったので」


「……そう」


 その言葉が、なぜか少しだけ刺さる。


 けれど。


「でも」


 綾乃が続けた。


「先輩と映画見るのも楽しそうですね」


「……」


 恵斗は何も言えなくなった。


「じゃあ、また感想聞かせてください」


「……うん」


「それじゃあ、私、部活行きますね」


「おう」


「また」


「またな」


 今度こそ。


 綾乃は階段を下りていった。


 恵斗は、その姿が見えなくなるまで立っていた。


「……何言ってんだ、俺」


 *


 その日の夜。


 恵斗は部屋に入るなり、ベッドに倒れ込んだ。


「……」


 天井を見る。


 今日のことを思い出す。


「……じゃあ、俺と行けば?」


「……」


 言った。


 間違いなく。


 自分が。


「何で言ったんだよ……」


 恵斗は枕に顔を埋める。


 別に。


 本当に誘うつもりだったわけじゃない。


 ただ。


 映画の話をしていたから。


 綾乃が楽しそうだったから。


 その流れで。


 なんとなく。


 口が滑っただけだ。


「……冗談」


 そう呟く。


 綾乃にもそう言った。


 だから。


 何も問題ない。


「……」


 けれど。


 あのとき。


 綾乃は驚いたあと。


「先輩と映画見るのも楽しそうですね」


 と言った。


「……」


 恵斗は枕を抱え直す。


「……それ、どういう意味だよ」


 もちろん。


 綾乃に聞けるわけがない。


 本人はきっと何も考えずに言っただけだ。


 分かっている。


 分かっているのに。


 また思い出す。


 ――先輩と映画って、あんまり想像してなかったので。


「……まあ、そうだよな」


 普通はそうだ。


 自分と綾乃が二人で映画を見るなんて。


 そんな関係じゃない。


 そもそも。


 自分は三年生で。


 綾乃には松寺がいる。


 駅で聞いた会話も思い出す。


 松寺と映画に行く。


 綾乃はそう言っていた。


「……」


 胸の奥が、また少しざわつく。


「……だから何だよ」


 恵斗は天井を見つめる。


 綾乃が誰と映画に行こうが。


 自分には関係ない。


 なのに。


 さっき。


 自分から。


「俺と行く?」


 なんて言った。


「……」


 もし。


 綾乃があのとき。


「行きたいです」


 と答えていたら。


「……」


 恵斗はしばらく黙った。


「……知らねえよ」


 枕に顔を埋める。


 答えなんか。


 考えたくもない。


 いや。


 考えたくないのに。


 頭の中では、勝手に考えてしまう。


「……冗談だから」


 もう一度。


 自分に言い聞かせる。


「……ただの冗談」


 少し間があって。


「……だったよな」


 返事はなかった。


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