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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第三十三話 気になるだけじゃない

 日曜日。


 駅伝大会の会場には、朝から多くの人が集まっていた。


 選手たちがアップをしている。


 応援に来た生徒たちの声も、あちこちから聞こえていた。


「思ったより人いるな」


 恵斗が周囲を見回す。


「だな」


 隣にいる遥翔が答えた。


 二人がここに来たのは、特別な理由があるわけではない。


 陸上部の友人に、


『後輩の応援行くから付き合って』


 と頼まれたのだ。


「俺ら、別に陸上部じゃないのにな」


「まあ、いいだろ」


「お前、こういうの断らないよな」


「お前も来てるじゃん」


「それは……」


 遥翔が笑う。


「付き合ってやっただけ」


「俺も同じ」


 二人の少し前を歩いていた友人が振り返った。


「お前ら、文句言いながらちゃんと来てくれたじゃん」


「頼まれたからな」


 恵斗が答える。


「ありがたいありがたい」


「軽いな」


 三人で笑った。


 やがて、選手たちがスタート地点へ集まり始める。


「そろそろ始まるぞ」


 友人が言う。


「ああ」


 恵斗はコースの先へ目を向けた。


 そのとき。


「あ」


 遥翔が小さく声を上げる。


「ん?」


「あそこ」


 遥翔が指差した先に、一年生の女子が何人か並んでいた。


 その中に。


「……綾乃?」


 恵斗が呟く。


「牧だな」


 遥翔が答える。


 綾乃はクラスの友達らしい女子たちと一緒に、選手たちを見ていた。


 そして、その少し先には。


「松寺もいるな」


 遥翔が言った。


「……ああ」


 恵斗はそれ以上何も言わなかった。


 ただ。


 綾乃の姿を、ほんの少し長く見ていた。


 *


 レースが始まる。


 選手たちが一斉に走り出した。


 綾乃たちも声を上げる。


「頑張れー!」


 次々と選手が通り過ぎていく。


 そして。


「来た!」


 誰かが叫んだ。


 優太が走ってくる。


「松寺くん!」


 綾乃が声を上げた。


 優太が一瞬だけこちらを見る。


 そのまま、前を向いて走り抜けていく。


「頑張ってー!」


 綾乃は最後まで優太の姿を目で追っていた。


 恵斗は少し離れた場所から、その様子を見ていた。


「……」


 何となく。


 気になった。


 ただ、それだけだった。


 *


 しばらくして。


 優太がゴールした。


 周囲から拍手と歓声が上がる。


 選手たちがゴール地点に集まっていく。


 恵斗も何となくそちらを見ていた。


 すると。


 優太が、部員たちのところへ戻るのではなく。


 そのまま綾乃たちのいるほうへ向かっていった。


「綾乃!」


 息を切らしながら、優太が声をかける。


「松寺くん、お疲れ!」


「見てた?」


「うん。ちゃんと見てたよ」


「ほんと?」


「うん。速かった」


「よかった」


 優太が笑う。


 綾乃も笑った。


「疲れた?」


「ちょっと。でも大丈夫」


「無理しないでね」


「うん」


 短い会話だった。


 けれど。


 恵斗には、その二人が妙に自然に見えた。


「……あいつ」


「ん?」


 遥翔が振り向く。


「ゴールしてすぐ、綾乃のところ行ったな」


「行ってたな」


「……ああいうのって、普通なのか?」


 遥翔は少し考える。


「……どうだろうな」


「普通、先にチームメイトのところ行くだろ」


「まあ、それはそうだな」


 恵斗は黙った。


 視線の先では、優太が友達に呼ばれている。


「松寺!」


「あ、今行く!」


 優太が綾乃に手を振る。


「じゃあ、またな」


「うん。頑張ってね」


「ありがとう」


 優太が部員たちのところへ戻っていく。


 綾乃も友達のところへ戻った。


 恵斗はその様子を見ていた。


「何で?」


 遥翔が言った。


「何が?」


「いや。気にしてるみたいだったから」


「別に」


 恵斗は前を向く。


「ちょっと気になっただけ」


「……そう」


 遥翔は、それ以上言わなかった。


 ただ。


 隣を歩く恵斗の横顔を見る。


 恵斗は何でもないような顔をしている。


 けれど。


 さっきから、綾乃たちのほうを何度も見ていた。


 遥翔は小さく息を吐く。


 ――これ、もう「気になる」だけじゃないだろ。


 *


 大会が終わり、三人は駅へ向かって歩いていた。


「いやー、思ったより疲れた」


 陸上部の友人が伸びをする。


「走ってないのに?」


 遥翔が笑う。


「応援も結構疲れるんだって」


「そういうもん?」


「そういうもん」


 友人が笑う。


「でも、来てくれて助かったわ。後輩も喜んでたし」


「俺ら、ほとんど立ってただけだけど」


 恵斗が言う。


「それでもありがたいって」


「じゃあ、次は一人で行けよ」


 遥翔が言う。


「冷たっ」


 三人で笑った。


 駅に着く。


「俺、こっちだから」


 友人が手を上げた。


「じゃあな」


「また学校で」


「おう」


 二人と別れ、恵斗と遥翔だけになる。


 少し歩いたところで。


「……なあ、遥翔」


「ん?」


「さっきの松寺」


「ああ」


「ゴールしてすぐ、綾乃のところ行ってたな」


「行ってたな」


「……ああいうのって、普通なのか?」


 遥翔は一瞬だけ恵斗を見る。


「さっきも聞いてなかった?」


「……そうだっけ」


「聞いてた」


「ああ……」


 恵斗は少し黙った。


「まあ、仲いいんだろ」


「そうだな」


 遥翔は答える。


 恵斗は前を向いたまま歩く。


「……」


 それ以上は何も言わなかった。


 けれど。


 遥翔には分かっていた。


 恵斗が、本当に気にしていないなら。


 同じことを、二度も口にするはずがない。


 *


 夕方。


 綾乃は帰宅してから、スマホを確認した。


『優太:今日はありがとう』


『綾乃:こちらこそ。お疲れさま』


『優太:来てくれて嬉しかった』


 綾乃は少しだけ笑った。


『綾乃:応援できてよかった』


『優太:ちゃんと聞こえてた』


『綾乃:本当に?』


『優太:うん。綾乃の声、分かった』


 綾乃の指が止まる。


「……分かったんだ」


 少しだけ照れくさい。


 でも。


 嬉しかった。


『綾乃:じゃあ、頑張った甲斐あったね』


『優太:うん』


 スマホを置く。


 今日のことを思い返す。


 走っている優太を応援したこと。


 ゴールした優太が、自分のところへ来てくれたこと。


 少し息を切らしながら笑っていたこと。


「……楽しかったな」


 綾乃は小さく呟いた。


 また。


 こういうふうに会えたらいいなと思った。


 それがどんな気持ちなのか。


 綾乃自身には、まだ分からなかった。


 *


 夜。


 恵斗は机に向かっていた。


 参考書を開いている。


 けれど。


 今日の光景が、また浮かんだ。


 ゴールした優太。


 そのまま綾乃のところへ向かった優太。


 そして。


 嬉しそうに笑っていた綾乃。


「……」


 恵斗はシャーペンを置いた。


 別に。


 何もない。


 友達同士なら、それくらいするのかもしれない。


 そう思う。


 なのに。


 どうして。


 あの二人が並んでいるところを見ると。


 こんなに引っかかるのか。


 恵斗は、しばらく考えた。


 けれど。


 答えは出なかった。


 ただ一つ。


 今日、何度も綾乃の姿を目で追っていたことだけは。


 まだ、自分では気づいていなかった。

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