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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第三十一話 映画の感想

 月曜日。


 放課後の美術室には、いつものように絵の具や紙の匂いが混ざっていた。


 綾乃が扉を開けると、先に杏奈と琉生が来ていた。


「あ、綾乃ちゃん」


 杏奈が顔を上げる。


「お疲れさまです」


「お疲れー」


 綾乃が荷物を置く。


 琉生は机に向かって、何かを描いていた。


 綾乃が自分の席に座ろうとしたとき。


「そういえばさ」


 杏奈が何かを思い出したように言った。


「映画、どうだった?」


「映画?」


「グループトークでおすすめ聞いてたじゃん」


「ああ」


 綾乃は少し笑った。


「面白かったです」


「ほんと?」


「はい」


「泣いた?」


「……ちょっとだけ」


「でしょ!」


 杏奈が嬉しそうに言う。


 すると、机に向かっていた琉生が顔を上げた。


「やっぱり泣いた?」


「中川先輩まで」


「俺は泣かなかったけど」


「中川先輩は、おすすめしてくれた映画と違うの見たんじゃないですか?」


「そうだっけ」


「そうですよ」


「忘れた」


「適当すぎます」


 綾乃が笑う。


 杏奈も隣で笑った。


「でも、面白かったならよかった」


「はい。杏奈先輩がすすめてくれたの、見てよかったです」


「でしょー?」


 杏奈は満足そうに笑う。


 その様子を見ていた琉生が、ぽつりと言った。


「水上、映画すすめるの好きだよね」


「好きだよ」


「見てないやつまですすめるけど」


「それはタイトルとか予告で気になったから」


「見てないんじゃん」


「中川くん、細かい」


「普通」


「何が普通なの?」


「別に」


「絶対適当に返したでしょ」


 杏奈が少しむっとした顔をする。


 綾乃は思わず笑った。


 以前だったら。


 杏奈と琉生がこんなふうに話していることが、少し意外だったかもしれない。


 でも最近は、二人のやり取りが自然に続くことが増えている。


 気づけば。


 美術室にいる三人で、映画の話をしていた。


 *


 少しして。


 杏奈がふと、綾乃を見る。


「そういえば、誰と行ったの?」


「え?」


「映画」


「ああ」


 綾乃は特に考えずに答えた。


「クラスの友達です」


「へえ」


「それがどうかしました?」


「いや、別に」


 杏奈はそう言ったものの、少し気になっている顔をしていた。


 綾乃はそれに気づいて笑う。


「何ですか?」


「何でもない」


「絶対何か思ってますよね」


「思ってないよ」


「ほんとですか?」


「ほんとほんと」


 すると。


 琉生が小さく言った。


「怪しい」


「中川くんまで」


「怪しい」


「怪しくないって」


 杏奈は少しだけ口を尖らせる。


 綾乃は笑いながら、筆を洗い始めた。


「まあ、楽しかったですけど」


 何気なく言う。


「へえ」


 杏奈が言う。


「楽しかったんだ」


「はい」


「そう」


 それ以上、杏奈は聞かなかった。


 綾乃は少しだけ不思議に思って、顔を上げる。


「……聞かないんですか?」


「何を?」


「いや」


 綾乃は言葉に詰まる。


 杏奈なら。


 もう少し聞いてくると思っていた。


 男子か女子か。


 二人で行ったのか。


 そういうことを。


「別に、綾乃ちゃんが楽しかったならいいじゃん」


 杏奈はそう言って笑った。


「まあ」


 綾乃は少しだけ笑う。


「そうですね」


 琉生が、そんな二人を見ながら言った。


「水上、前より我慢できるようになった」


「何それ」


「いや」


「褒めてる?」


「たぶん」


「たぶんって何」


 綾乃が吹き出す。


「二人とも、ひどい」


「水上が勝手に聞きたがってるだけ」


「聞いてないじゃん」


「だから我慢してるんでしょ」


「中川くん、さっきから何なの?」


「別に」


「それ、すずちゃんの真似?」


「違う」


「絶対違わない」


 綾乃は笑った。


 美術室には、いつものような笑い声が響いた。


 *


 帰り。


 綾乃と杏奈と琉生は、途中まで同じ道を歩いていた。


 夕方の空は、少しずつ暗くなり始めている。


「やっぱりさ」


 杏奈が言った。


「あの映画の一番いいところは、最後だと思うんだよね」


「分かります」


「綾乃ちゃんは?」


「私は途中の……」


 綾乃は、映画のある場面を挙げる。


「そこ?」


 杏奈が笑う。


「そこです」


「意外」


「え、なんでですか?」


「何となく」


 琉生が横から言う。


「水上、映画の話になるとめんどくさい」


「中川くんに言われたくない」


「俺、何も言ってない」


「今言ったじゃん」


「普通に意見言っただけ」


「それがめんどくさいの」


 二人のやり取りを見て、綾乃が笑う。


「中川先輩と杏奈先輩って、映画の話になるとずっとこうなんですか?」


「違うよ」


「そう」


 二人がほとんど同時に答えた。


「息ぴったりですね」


「よくない」


「よくない」


 また同時だった。


 綾乃が笑う。


 杏奈が琉生を見る。


「中川くんのせい」


「水上でしょ」


「なんで?」


「知らない」


「ひど」


 そんなやり取りをしながら、三人は歩いていく。


 *


 駅へ向かう途中。


 杏奈のスマホが震えた。


「あ」


「どうしたんですか?」


「グループトーク」


 杏奈が画面を見る。


「すずちゃんが何か送ってる」


「何て?」


「……写真」


「何の?」


「猫」


「急に?」


「急に」


 杏奈が笑う。


「すずちゃん、猫好きなの?」


「知らない」


 琉生が答える。


「なんで中川先輩が答えるんですか」


「何となく」


「適当」


 杏奈がスマホを操作する。


「でも、かわいい」


「見せてください」


 綾乃が覗き込む。


 三人でスマホを見ながら歩く。


 映画の話は、いつの間にか終わっていた。


 でも。


 綾乃の中には、映画の余韻がまだ残っていた。


 映画館で笑ったこと。


 一緒にご飯を食べたこと。


 帰り道に、また行こうと話したこと。


 どれも。


 思い出すと、自然に笑ってしまう。


「……」


 綾乃は少しだけスマホから顔を上げた。


「綾乃ちゃん?」


 杏奈に呼ばれる。


「はい?」


「駅、こっち」


「あ」


 綾乃は少し先まで歩いてしまっていた。


「ごめんなさい」


「何考えてたの?」


「何でもないです」


「ほんと?」


「ほんとです」


 綾乃が笑う。


 杏奈も笑った。


「じゃあ、今度また映画の話しようね」


「はい」


「次は中川先輩に選んでもらおうかな」


「なんで俺」


「中川くんも何かおすすめしてたでしょ」


「覚えてない」


「覚えててよ」


「水上が決めれば」


「私ばっかり?」


「好きなんでしょ」


「……まあ好きだけど」


 その言葉に。


 琉生が少しだけ笑った。


「じゃあ、水上が決めればいい」


「だから、なんでそうなるの」


 杏奈が言い返す。


 その隣で。


 綾乃はまた笑った。


 映画の話から始まった放課後は。


 いつの間にか、いつもの美術室の時間に戻っていた。


 そして。


 昨日の休日も。


 今日の放課後も。


 どちらも綾乃にとって、楽しい時間だった。

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