第三十話 映画の日
日曜日。
綾乃は待ち合わせの少し前に、駅へ着いた。
改札を出て、スマホを見る。
『優太:着いた』
ほとんど同じタイミングで届いたメッセージに、綾乃は少し笑った。
『綾乃:私も今着いたよ』
顔を上げる。
少し離れたところに、優太が立っていた。
「綾乃」
「あ、優太。お待たせ」
「全然。俺も今来たとこ」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ、お互い様だね」
二人で笑う。
そのまま並んで歩き出した。
「映画、何時からだっけ?」
「十時半」
「じゃあ、ちょうどいいね」
「うん」
「ポップコーン買う?」
「買う」
「即答」
「映画といえばポップコーンでしょ」
「綾乃、前も言ってたよね、それ」
「だってそうじゃない?」
「まあ、分かるけど」
そんな話をしながら、二人は映画館へ向かった。
*
上映前。
チケットを確認して、二人は売店の前に並んだ。
「ポップコーン、どっちにする?」
「キャラメル」
「やっぱり?」
「優太は?」
「俺もキャラメル」
「じゃあ、一緒でいいね」
「うん」
優太が笑う。
「飲み物は?」
「私はお茶」
「じゃあ俺も」
「真似してる?」
「たまたま」
「ほんとかな」
綾乃が笑う。
ポップコーンを受け取って、二人は上映時間を待った。
「そういえば」
優太が言う。
「この映画、結構長いらしい」
「そうなの?」
「二時間半くらい」
「長いね」
「途中で寝ないでよ」
「寝ないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「前、水族館の帰りちょっと眠そうだったじゃん」
「それは朝早かったから」
「じゃあ今日は大丈夫?」
「大丈夫」
「ならよかった」
優太はそう言って笑った。
少しして、上映時間になった。
「行こう」
「うん」
二人は並んで館内へ入っていった。
*
映画が終わった。
外へ出た瞬間、優太が大きく息を吐く。
「面白かった」
「うん」
「最後、ああなるとは思わなかった」
「私も」
「途中で分かった?」
「ちょっとだけ」
「え、すご」
「でも、最後までは分からなかったよ」
「俺、全然分からなかった」
「優太、途中で何回も驚いてたよね」
「だって急だったじゃん」
「ふふ」
「笑うなよ」
「だって面白かったから」
「映画より?」
「それは映画」
「ならいいけど」
二人で笑いながら歩く。
映画について話しているうちに、自然と別の話になっていく。
「そういえば、あの俳優さんさ」
「うん」
「前に別の映画にも出てたよね」
「出てた」
「それ見た?」
「見たよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ結構映画好きじゃん」
「優太もでしょ」
「俺は普通」
「普通って何?」
「普通は普通」
「分かんない」
「俺も分かんない」
また笑う。
気づけば、映画館から駅とは反対方向へ歩いていた。
「お昼どうする?」
優太が聞く。
「どうしよう」
「何か食べたい?」
「何でもいいよ」
「じゃあ、あそこ行かない?」
優太が少し先の店を指差した。
「前に行ったことある」
「じゃあ、そこにしよう」
「うん」
二人で店に入った。
*
席について、メニューを開く。
「何にする?」
「うーん……」
綾乃がメニューを眺める。
すると、優太があるページを指差した。
「綾乃、これ好きそう」
「え?」
「前に好きって言ってたじゃん」
綾乃は一瞬、目を丸くした。
「……覚えてたの?」
「覚えてるよ」
「すごい」
「そんなに?」
「私、自分でも言ったこと忘れてた」
「俺は覚えてた」
優太は何でもないことのように言った。
「じゃあ、それにしようかな」
「うん」
「優太は?」
「俺もそれにしようかな」
「また真似する」
「いいじゃん」
「ふふ」
二人で同じものを注文した。
料理を待つ間も、映画の話が続く。
どの場面が好きだったか。
どこが少し分かりにくかったか。
最後の展開はどういう意味だったのか。
話しているうちに、時間がどんどん過ぎていった。
「結構しゃべったね」
綾乃が時計を見る。
「ほんとだ」
「もうこんな時間」
「映画一本分くらい話してたんじゃない?」
「それは言いすぎ」
「そう?」
「そう」
二人でまた笑った。
*
夕方。
駅へ向かう道を歩く。
日曜日の街は、昼間より少し静かになっていた。
「今日、楽しかったね」
優太が言った。
「うん」
綾乃も頷く。
「映画も面白かったし」
「うん」
「ご飯も美味しかった」
「うん」
「……また行こうよ」
優太が言った。
綾乃は少しだけ前を向いたまま歩く。
そして。
「うん」
笑った。
「また行きたい」
「じゃあ、次は何見る?」
「もう次の話?」
「いいじゃん」
「気が早いよ」
「だって、また行くんでしょ?」
「……そうだね」
綾乃が笑う。
「また行こう」
「うん」
二人は駅までの道を、ゆっくり歩いていった。
その距離は、水族館へ行ったときより少しだけ自然になっていた。
二人で出かけることも。
一緒に笑うことも。
また次の話をすることも。
少しずつ。
特別なことではなくなり始めていた。
*
帰宅した綾乃は、自分の部屋でスマホを眺めていた。
今日撮った写真を順番に見ていく。
映画のチケット。
ポップコーン。
昼に食べた料理。
帰り道に撮った一枚。
どれも、特別な写真ではない。
でも。
見ていると、今日一日のことが自然と思い出された。
「……楽しかったな」
水族館のときも、そう思った。
優太といると、楽しい。
気を遣わなくていい。
何を話してもいい。
くだらないことで笑える。
今日も、それは変わらなかった。
映画を見て。
一緒にご飯を食べて。
帰り道までずっと話して。
気づけば、一日があっという間に終わっていた。
スマホが震える。
『優太:今日はありがと』
綾乃はすぐに返した。
『綾乃:こちらこそ。楽しかった』
少しして、返信が来る。
『優太:また行こう』
綾乃は画面を見ながら、少し笑った。
『綾乃:うん。また行こう』
送信する。
スマホをベッドの上に置く。
「また行けたらいいな」
小さく呟く。
今日の映画のことを思い出す。
ポップコーンのこと。
映画の途中で笑ったこと。
帰り道に話したこと。
どれも、楽しかった。
綾乃は自然と笑った。
そして、そのままベッドに横になる。
明日になれば、また学校がある。
またいつもの毎日が始まる。
けれど。
今日の一日は。
綾乃にとって、少しだけ特別な休日になった。




