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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第二十五話 また行こう

 昼休み。


 綾乃は自分の席で、お弁当の蓋を閉じていた。


「牧」


「ん?」


 顔を上げると、優太が自分の机の横に立っていた。


「今度の話」


「今度?」


「またどっか行くってやつ」


「ああ」


 昨日の昼休みに話したことだった。


 またどこかへ行こう。


 ただ、それだけ決めて。


 行き先も、日にちも、何も決めていない。


「で、どこ行く?」


「え、まだ決めてなかったの?」


「牧が行くって言ったから」


「行くとは言ったけど」


「じゃあ決めよう」


「急だなあ」


 綾乃は少し笑った。


「松寺くんは、どこ行きたいの?」


「牧は?」


「私が聞いたのに」


「先に聞いた方が負け」


「何そのルール」


「今決めた」


「ずるい」


 優太は笑った。


「じゃあ、水族館」


「え?」


「牧が前に行きたいって言ってた」


 綾乃は少し驚いた。


「覚えてたの?」


「言ってたから」


「いつ?」


「結構前」


「覚えてるの?」


「覚えてる」


 優太はあっさり答えた。


 綾乃は少しだけ黙る。


 そんなことを言った覚えはあった。


 たしか、クラスで誰かが水族館の話をしていたとき。


『私、水族館好き』


 と、何気なく言った。


 それだけだったはずだ。


「……松寺くん、意外と記憶力いいね」


「そう?」


「私は全然覚えてなかった」


「だろうな」


「何で」


「牧だから」


「どういう意味?」


「別に」


「それ、すずの真似?」


「知らない」


「広沢の真似まで混ざってる」


「よく分かったな」


「分かるよ」


 二人で笑った。


 水族館。


 悪くない。


 むしろ、少し行ってみたいと思った。


「じゃあ、水族館行く?」


 綾乃が言う。


「うん」


「いつ行く?」


「今週末は?」


「……早くない?」


「嫌?」


「嫌じゃないけど」


 優太は綾乃の顔を見る。


「じゃあ決まり?」


「うん。決まり」


 綾乃は頷いた。


 それで、本当に決まった。


 次に二人で出かける予定。


 特別な約束をしたような感じはしなかった。


 ただ。


 綾乃は少しだけ楽しみだと思った。




 *




 放課後。


 美術室に入ると、すずがすでに席にいた。


「お疲れ」


「お疲れさま」


 綾乃は自分の荷物を置いた。


 スケッチブックを机の上に出し、画材箱を開く。


 次に何を描くかは、まだ決めていない。


 鉛筆を手に取ってから、しばらく白い紙を眺めた。


「綾乃」


「ん?」


 すずが、画材を並べながら言った。


「また松寺と出かけるんだって?」


 綾乃は手を止める。


「え」


「さっき廊下で聞いた」


「聞いてたの?」


「たまたま」


「盗み聞き?」


「別に」


「認めないんだ」


 すずは少しだけ笑った。


「水族館」


「うん」


「へえ」


「何」


「別に」


「絶対何か思ってる」


「別に」


 綾乃は椅子に座った。


 そして、少しだけ考える。


「……でも」


「何」


「すず」


「うん」


「私、よく分からないんだよね」


 すずが綾乃を見る。


「何が?」


「松寺くんのこと」


 綾乃は自分の指先を見た。


「一緒にいると楽しいし」


「うん」


「また出かけたいって思うし」


「うん」


「水族館も楽しみだし」


「うん」


 そこまで言って。


 綾乃は少し困ったように笑った。


「でも、それが好きなのかは分からない」


 すずは何も言わなかった。


「普通、好きだったら、もっと分かるものなのかな」


「どうだろう」


「すずは分かる?」


「別に」


「すずに聞いた私が悪かった」


「うん」


「認めるんだ」


 綾乃はため息をつく。


 でも。


 すずが隣にいるからか、もう少し話したくなった。


「私ね」


「うん」


「松寺くんといると、すごく楽なんだ」


「うん」


「何も考えなくていいし」


「うん」


「楽しいし」


「うん」


「……それなのに」


 綾乃は言葉を止めた。


「それなのに?」


 すずが聞く。


 綾乃は少し迷った。


 恵斗のことを言うべきか。


 でも。


 すずなら、もう気づいている気がした。


「……別の人のことが気になる」


 すずの表情は変わらなかった。


「誰」


「言わなくても分かってるでしょ」


「別に」


「またそれ」


「じゃあ、聞かない」


 綾乃は少し笑った。


「すずって、ずるいよね」


「そう?」


「私が言いたいこと分かってるのに」


「分かってないかも」


「絶対分かってる」


「別に」


 綾乃は机に肘をついた。


「どうしたらいいんだろう」


 すずは少し考えてから言った。


「別に、今決めなくていいんじゃない?」


 綾乃が顔を上げる。


「好きかどうか」


「うん」


「誰が好きか」


「うん」


「今、答え出さなくてもいいと思う」


 綾乃はしばらく、すずを見ていた。


 そして。


「……そっか」


 小さく言った。


 それだけで、少し楽になった気がした。




 *




「何の話?」


 突然、後ろから声がした。


「うわっ」


 綾乃が振り返る。


「広沢!」


「何だよ」


「いつからいたの?」


「さっき」


「さっきっていつ」


「さあ」


「聞いてた?」


「何を」


「何の話って聞いたくせに!」


 広沢は笑っている。


「で、何」


「何でもない」


「嘘つけ」


「広沢に言うことじゃない」


「何だよ。牧、またデートでもすんの?」


「何で知ってるの!?」


「すずが言ってた」


「言ってない」


「じゃあ今、牧が言った」


「聞いてたんじゃん!」


「聞こえた」


「同じ!」


「違う」


「違わない!」


 綾乃は机を叩いた。


「デートじゃないから!」


「また二人で出かけんだろ?」


「出かけるけど!」


「じゃあデートじゃん」


「だから、何でそうなるの!」


「二回目だろ?」


「二回目ならデートって何!?」


「俺の基準」


「広沢の基準なんて知らない!」


「知れよ」


「嫌!」


 すずが小さく息を吐いた。


「うるさい」


「広沢が悪い」


「牧がうるさい」


「私!?」


「二人とも」


 綾乃はすずを見る。


「すずまで」


「別に」


「便利だね、本当に」


 そのとき。


 美術室の扉が開いた。


「お疲れ」


 綾乃が顔を上げる。


「恵斗先輩」


 恵斗が入り口に立っていた。


「また先生いませんよ」


「いや、今日は別に用ない」


「じゃあ何で来たんですか」


「通りかかった」


「美術室の前を?」


「悪いか」


「悪くはないですけど」


 恵斗は美術室の中を見回した。


「何かうるさかったから」


「それは」


 綾乃が広沢を見る。


「広沢です」


「何で俺」


「原因だから」


「牧が騒いでただけだろ」


「誰のせいで!」


「知らねえ」


「またそれ!」


 恵斗が少し笑った。


「お前ら、相変わらずだな」


「広沢が悪いんです」


「俺じゃねえ」


「広沢」


「何だよ」


「少し静かにしろ」


「先輩まで!」


 恵斗はそれ以上構わず、美術室の隅を見た。


「……綾乃」


「はい?」


「これ見て」


「何ですか?」


 恵斗が美術室の隅を指さした。


 文化祭で使ったらしい、小さな段ボール箱が積まれている。


「これ、まだ残ってんの?」


「たぶん」


 綾乃が近づく。


「何ですか、これ」


「知らん」


「知らないのに見せたんですか?」


「ちょっと気になった」


「何でですか」


「さあ」


 綾乃は恵斗を見る。


 恵斗は特に変わった様子もなく、段ボール箱を見ている。


 何なんだろう。


 そう思いながら。


 綾乃はさっきまで広沢と話していたことを忘れていた。


 スマホが震える。


「あ」


 綾乃が画面を見る。


 メッセージだった。


『水族館、楽しみにしてる』


 差出人を見なくても分かる。


「松寺?」


 すずが聞いた。


「うん」


 綾乃は頷いた。


「何?」


「水族館、楽しみにしてるって」


「へえ」


「うん」


 綾乃は少し笑う。


 そのとき。


「綾乃」


「はい?」


 また恵斗に呼ばれた。


「これ、開けてみる?」


「え?」


 さっきの段ボール箱。


「開けるんですか?」


「何入ってるか分からんけど」


「じゃあ何で開けるんですか」


「気になるから」


「さっきからそればっかりですね」


「いいから」


「はいはい」


 綾乃はスマホをポケットに入れた。


 そして恵斗の隣にしゃがむ。


 段ボールのテープを剥がしながら、


「何が入ってると思います?」


 と聞いた。


「知らん」


「興味なさそう」


「あるから開けてんだろ」


「じゃあ予想してください」


「……絵の具」


「普通ですね」


「当たるだろ」


「もっと面白いものにしてください」


「文化祭のゴミ」


「開けるのやめましょう」


 恵斗が少し笑った。


 綾乃も笑う。


 少し離れたところで、すずは二人を見ていた。


 広沢も、珍しく何も言わなかった。




 *




 夜。


 綾乃はベッドの上でスマホを見ていた。


 優太とのメッセージ。


 水族館の話。


 楽しみだね、と何度かやり取りした。


 また出かける。


 そのことを、綾乃は楽しみにしている。


 間違いなく。


 スマホを置いて、天井を見る。


「好きじゃなくても」


 小さく呟いた。


「また会いたいって思うのかな」


 分からない。


 でも。


 また優太と出かけたい。


 それは本当だった。


 なのに。


 さっき、美術室で。


 恵斗先輩に、


「綾乃」


 と呼ばれたとき。


 優太からのメッセージより先に。


 そちらを見てしまった。


「……なんでこっちも気になるんだろう」


 綾乃は枕を抱えた。


 楽しい。


 また会いたい。


 でも、分からない。


 誰かを好きになるって。


 もっと、はっきりしているものだと思っていた。


 けれど。


 自分の気持ちは。


 思っていたより、ずっと分かりにくかった。

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