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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第二十三話 いつものはずなのに

# 第23話 いつものはずなのに


 月曜日。


 文化祭が終わって、最初の登校日。


 あれだけ騒がしかった校内は、もうほとんどいつもの学校に戻っていた。


 綾乃は教室の自分の席に座りながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。


「牧」


「ん?」


 隣から声がして、綾乃は顔を向ける。


 松寺優太が、いつものように机に肘をついていた。


「昨日、帰り大丈夫だった?」


「うん。松寺くんは?」


「俺も大丈夫」


「そっか」


 それだけ。


 土曜日、二人で出かけたばかりなのに、今日もいつも通りに話せていた。


 綾乃はそれが少し不思議で、でも安心した。


土曜日は楽しかった。


 本当に。


 買い物をして、食べ歩きをして、どうでもいいことで笑って。


 帰り道まで、ずっと気楽だった。


 だから。


 ――優太のこと、好きなのかな。


 そんな考えが、ふいに浮かんだ。


「牧?」


「えっ?」


「いや、聞いてた?」


「聞いてなかった」


「正直だな」


「ごめん」


 優太が小さく笑う。


 綾乃もつられて笑った。


 いつもと変わらない。


 その空気が心地いい。


 優太といると楽しい。


 自然に笑える。


 変に緊張しない。


 昨日だって、ずっとそうだった。


「土曜日、楽しかった?」


 隣から声がして、綾乃は頷いた。


「うん。すごく」


「ならよかった」


「うん」


 それで会話は終わった。


 綾乃は少しだけ考える。


 楽しかった。


 また一緒に出かけてもいいと思う。


 一緒にいると、気を遣わなくていい。


 だから。


 ――これって、好きなのかな。


 そう考えてみる。


 けれど。


 なぜか、その答えだけでは足りない気がした。


 


     *


 


 放課後。


 綾乃が美術室に入ると、すずはすでに自分の席に座っていた。


「お疲れ」


「お疲れさま」


 綾乃は荷物を置き、椅子を引く。


 文化祭が終わったばかりの美術室には、まだ片付けきれていないものが残っていた。


「これ、どこに置けばいいかな」


 綾乃が段ボールを持ち上げながら聞く。


「たぶん、そっち」


「たぶんって何」


「別に」


「またそれ?」


「便利だから」


「認めた」


 すずは小さく笑った。


 綾乃も笑う。


 しばらく二人で片付けをしていた。


 その途中。


「土曜日、楽しかった?」


 すずが、何気ない声で聞いた。


 綾乃は顔を上げる。


「土曜日?」


「松寺と」


「ああ」


 綾乃は段ボールを抱えたまま頷く。


「うん。すごく」


「へえ」


「何?」


「別に」


 綾乃は眉を寄せる。


「なんか言いたそうじゃない?」


「別に」


「絶対なんかある」


「ない」


「すず、そういう時いつも『別に』って言うよね」


「便利だから」


「さっきも言った」


「そうだっけ」


 綾乃がじっと見つめると、すずは段ボールから手を離した。


「で?」


「え?」


「それだけ?」


「……それだけって?」


「楽しかったんでしょ?」


「うん」


「それで?」


「それでって言われても……」


 綾乃は困ってしまう。


 楽しかった。


 だから?


 その先が、よく分からない。


「……それだけ、かな」


 自分で言ってから、少しだけ考える。


 昨日から何度も同じことを考えていた。


 楽しい。


 それは間違いない。


 でも、それが何を意味するのかは分からない。


「別に」


 すずはそれだけ言って、また片付けを始めた。


「すず」


「何」


「今の絶対、何かあったよね?」


「別に」


「便利だね、その言葉」


「そう?」


 そのとき、美術室の扉が開いた。


「お疲れー」


 入ってきたのは広沢だった。


「遅い」


 すずが言う。


「まだ始まってねえだろ」


「始まってる」


「知らねえ」


「知らないで済ませるな」


 綾乃が言うと、広沢がこちらを見た。


「牧」


「何」


「デート楽しかったか?」


「は?」


 綾乃は固まった。


「何で知ってるの」


「すずが言ってた」


「言ってない」


「じゃあお前が今しゃべってた」


「聞いてたの?」


「聞こえた」


「いつから?」


「知らねえ」


「知らないで済ませるな!」


 広沢が笑う。


「で、どうだったの。初デート」


「だからデートじゃないって!」


「でも二人で出かけたんだろ?」


「出かけたけど!」


「じゃあデートじゃん」


「なんでそうなるの!」


「二人で出かけてんだろ」


「出かけたからって全部デートじゃない!」


「へえ」


 広沢は面白そうに頷いた。


「じゃあ何」


「……友達と遊びに行っただけ」


「ふーん」


「その顔やめて」


「どの顔」


「今の顔」


「知らねえ」


「またそれ!」


 すずは何も言わずに、そのやり取りを見ていた。


「牧」


 広沢がまた言う。


「何」


「でもお前、普通に楽しかったんだろ?」


「……うん」


「じゃあいいじゃん」


「何が?」


「知らねえ」


「本当に腹立つ」


「お前すぐ怒るな」


「広沢が言う?」


「言う」


「言うんだ」


 綾乃は深くため息をついた。


 


     *


 


「失礼します」


 その声に、三人が一斉に顔を上げた。


「あ」


 綾乃が声を漏らす。


 美術室の入り口に立っていたのは、海藤恵斗だった。


「恵斗先輩」


「おう」


 恵斗は室内を見回した。


「先生いる?」


「今、職員室だと思います」


「そっか」


「何か用ですか?」


「文化祭の備品、返しに来た」


「ああ」


 綾乃が頷く。


 恵斗は持っていた袋を見て、


「これ、どこ置けばいい」


「えっと……」


 綾乃が周囲を見る。


「たぶん、そこの机で大丈夫だと思います」


「たぶん?」


「すずの真似しました」


「別に」


「何それ」


 恵斗が少し笑う。


 その顔を見て、綾乃の胸がほんの少しだけざわつく。


 ――まただ。


 昨日も。


 帰ってからも。


 なぜか何度も、この人のことを思い出した。


「牧」


 突然、広沢が言った。


「何」


「土曜日のデート楽しかったか?」


「だからデートじゃないって!」


 綾乃は反射的に怒鳴った。


 その瞬間。


 ふと、恵斗のほうを見る。


 恵斗は少しだけ眉を動かしていた。


「土曜日?」


「あ」


 綾乃は固まる。


 そういえば。


 恵斗先輩は知らない。


 広沢が余計なことを言った。


「違うんです」


「何が」


「デートとかじゃなくて……土曜日、松寺くんとちょっと出かけただけで」


「へえ」


 恵斗の返事は、それだけだった。


 綾乃はなぜか、もう少し何か言われる気がしていた。


 けれど、恵斗は袋の中を確認している。


「……何ですか」


「何が」


「いや」


 綾乃は言葉に詰まった。


「何でもないです」


「おう」


 それだけ。


 なのに。


 なぜか、綾乃は少しだけ落ち着かなかった。


 その後、恵斗は備品を置いた。


「楽しかった?」


「え?」


 綾乃が顔を上げる。


「土曜日」


 恵斗は、さっきと変わらない顔で言った。


「松寺と出かけたんだろ」


「あ……はい」


 綾乃は頷く。


「すごく楽しかったです」


 恵斗は少しだけ黙った。


「そっか」


 短い返事。


 それだけだった。


 けれど。


 綾乃は、そのあと恵斗が何を言うのか待ってしまった。


 何も続かない。


 だから自分から、


「……それだけですか?」


と聞いてしまった。


 恵斗が綾乃を見る。


「何が」


「いや……何でもないです」


「変なの」


「変じゃないです」


「そうか?」


「そうです」


 恵斗は少しだけ笑った。


「楽しかったならよかったじゃん」


「……はい」


 綾乃は答えながら、自分でも分からなくなった。


 何を期待していたんだろう。


 楽しかったかと聞かれた。


 楽しかったと答えた。


 それでいいはずなのに。


 恵斗先輩に、


**「そっか」**


と言われただけで、なぜか少し物足りない。


 ――本当に、何なんだろう。


「先生に伝えといて」


「はい」


 恵斗はそう言って、美術室を出ていった。


「じゃあな」


「はい。お疲れさまです」


 扉が閉まる。


 綾乃は、しばらくそこを見ていた。


「綾乃」


「ん?」


 すずが声をかける。


「土曜日、楽しかったんでしょ?」


「うん」


「そっか」


 綾乃が顔を向ける。


 すずは、それ以上何も言わなかった。


 そしてまた、


「別に」


と言って、作業に戻った。


 


     *


 


 夜。


 綾乃はベッドの上で、ぼんやりと天井を見ていた。


 土曜日のことを思い出す。


 優太と歩いたこと。


 笑ったこと。


 一緒にご飯を食べたこと。


 全部、楽しかった。


 また一緒に出かけてもいいと思う。


 優太といると、楽だ。


 自然でいられる。


 なのに。


 今日。


 恵斗先輩に、


「楽しかった?」


と聞かれたとき。


 なぜか、心が揺れた。


 楽しかった。


 そう答えた。


 でも。


 恵斗先輩がどう思ったのか。


 そのことのほうが、ずっと気になっている。


「……何なんだろう」


 綾乃は枕に顔を埋めた。


 優太といると、楽しい。


 恵斗先輩といると。


 楽しいとは、少し違う。


 嬉しいのか。


 緊張するのか。


 落ち着かないのか。


 自分でも分からない。


 ただ。


 昨日からずっと考えている。


 楽しいことと。


 好きなことは。


 同じじゃないのかもしれない。


 そして。


 恵斗先輩に感じるこの気持ちは。


 ――いったい、何なんだろう。


 答えは、まだ分からなかった。


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