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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第二十二話 楽しいのに

 土曜日。


 文化祭が終わって、最初の休日。


 綾乃は駅前で優太を待っていた。


 今日は、前から話していた通り、二人で出かけることになっている。


 最初は文化祭が終わったらどこか行こう、という何気ない話だった。


 それが本当に予定になって。


 気がつけば、今日になっていた。


「お待たせ」


 後ろから声がした。


 振り返る。


「松寺くん」


「待った?」


「ううん。今来たところ」


「じゃあ行こう」


「どこから行く?」


「とりあえず、駅の向こう」


「ざっくりしてるね」


「細かく決めると疲れるじゃん」


「それもそうか」


 二人で歩き出す。


 学校の外で優太と一緒に歩くのは、なんとなく新鮮だった。


 普段は同じ教室にいて。


 授業の合間に話したり。


 帰り道に少し寄り道したりする。


 それでも。


 休日に二人で会うのは、少し違った。


 綾乃は何気なく優太を見る。


 制服ではなく、私服姿。


「何?」


「え?」


「さっきから見てた」


「見てないよ」


「見てた」


「……ちょっとだけ」


「何か変?」


「ううん。私服、珍しいなって」


「牧もだけど」


「そう?」


「うん。なんか新鮮」


「お互い様だね」


 二人で笑った。


 *


 駅の近くのショッピングモールを歩きながら、二人は店を見て回った。


 本屋に寄ったり。


 雑貨店を覗いたり。


 特別な目的があるわけではない。


 ただ、気になるものを見つけたら立ち止まる。


 それだけだった。


「これ、すず好きそう」


 綾乃が小さな雑貨を手に取る。


「確かに」


「買っていこうかな」


「誕生日?」


「違うけど」


「じゃあ何で?」


「なんとなく」


「北川に?」


「うん」


「優しいな」


「そうかな」


「そうだよ」


 優太はそう言って、別の商品を眺め始めた。


「松寺くんは何か買わないの?」


「俺?」


「うん」


「特にない」


「じゃあ今日は付き添い?」


「そういうこと」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 綾乃は笑った。


 こういう会話が自然にできる。


 沈黙になっても気まずくない。


 何かを話そうと頑張らなくても、いつの間にか会話が続いている。


 それが心地よかった。


 *


 昼過ぎ。


 二人はフードコートで昼食を食べていた。


「そういえば」


 優太がポテトを食べながら言う。


「文化祭、どうだった?」


「楽しかったよ」


「美術部、忙しかった?」


「うん。でも、みんなでやったから」


「そっか」


「松寺くんは?」


「俺は普通」


「普通?」


「普通にクラスの仕事して、普通に終わった」


「それが一番いいかも」


「確かに」


 少し間が空く。


「でも」


 優太が続ける。


「文化祭終わると暇だな」


「それ、昨日も言ってたよね」


「言ったっけ?」


「言った」


「じゃあ本当に暇なんだな」


「何それ」


 二人で笑う。


 そのとき。


 優太がふと綾乃を見る。


「今日、楽しい?」


「うん」


 綾乃は即答した。


「楽しいよ」


 優太は少しだけ目を細める。


「ならよかった」


「どうしたの?」


「いや」


 優太は笑った。


「最近、牧が忙しそうだったから」


「文化祭?」


「うん」


「ありがとう。気にしてくれてたんだ」


「まあね」


 それ以上、優太は何も言わなかった。


 綾乃も深く考えなかった。


 ただ。


 今日誘ってもらってよかったと思った。


 *


 午後。


 二人はゲームセンターに寄った。


「これやろう」


 優太がクレーンゲームを指差す。


「無理そう」


「やってみないと分からない」


 「松寺くん、こういうの得意なの?」


「普通」


「さっきから全部普通だね」


「じゃあ、ちょっと得意」


「それなら期待していい?」


「任せて」


 結果。


「……取れない」


「全然取れないね」


「おかしいな」


「もう一回?」


「いや、次で取る」


「本当に?」


「本当に」


 優太は真剣な顔で操作を続ける。


 綾乃は少し離れたところから見ていた。


 「松寺くん」


「何」


「もうやめてもいいよ?」


「取れる」


「いや、でも」


「次で」


「……うん」


 結局。


 三回目で、小さなぬいぐるみが落ちた。


「やった」


「ほんとに取った」


「だから言った」


 優太が景品を取り出す。


 そして。


「はい」


「え?」


「牧にあげる」


「いいの?」


「欲しかったんでしょ?」


「でも、松寺くんが取ったのに」


「俺は別にいらない」


「ありがとう」


 綾乃はぬいぐるみを受け取った。


「大事にする」


「そこまで?」


「うん」


「じゃあよかった」


 優太が笑う。


 綾乃も笑った。


 今日一日。


 何度も笑っている。


 優太といると、無理をしなくていい。


 変に考えなくていい。


 ただ、一緒にいて楽しい。


 それが綾乃には心地よかった。


 *


 夕方。


 二人は駅へ向かって歩いていた。


「今日はありがとう」


「こっちこそ」


「楽しかった」


「うん」


 優太が頷く。


「俺も」


「また行こうね」


「うん」


 その返事に迷いはなかった。


 駅が見えてくる。


 今日は楽しかった。


 本当に楽しかった。


 優太と一緒にいる時間は、素直に楽しかった。


 むしろ。


 もっと一緒にいてもいいと思ったくらいだった。


 改札が近づいたところで。


 ふと。


 綾乃は思った。


 今日のこと。


 誰かに話したい。


 本屋に行ったこと。


 優太がクレーンゲームに妙に本気になったこと。


 ぬいぐるみをもらったこと。


 そんなことを話したら。


 誰かが笑ってくれる気がした。


 そして。


 最初に浮かんだ顔は。


 恵斗だった。


「……」


 綾乃は、ほんの少しだけ足を止めた。


「どうした?」


「え?」


 優太が振り返る。


「なんでもない」


「疲れた?」


「ううん」


「ならいいけど」


 優太はそれ以上聞かなかった。


 二人はまた歩き出す。


 綾乃は、自分でもよく分からなかった。


 どうして。


 今日のことを話す相手として。


 恵斗の顔が浮かんだのだろう。


 ただ。


 恋バナをよくするから。


 話しやすい先輩だから。


 きっと、それだけ。


 綾乃はそう思った。


 *


 駅で優太と別れたあと。


「今日はありがとう」


「こちらこそ」


「またな」


「うん。またね」


 優太が反対側の改札へ歩いていく。


 綾乃はその背中を見送った。


 今日は楽しかった。


 また一緒に出かけたいと思った。


 それは、本当だった。


 *


 帰宅して。


 部屋に戻った綾乃は、ベッドの上に今日もらったぬいぐるみを置いた。


「……」


 見るたびに、今日のことを思い出す。


 優太と歩いたこと。


 くだらない話をしたこと。


 一緒に笑ったこと。


 どれも楽しかった。


 スマホを開く。


 優太からメッセージが届いていた。


『優太:今日はありがと』


 綾乃は笑う。


『綾乃:こちらこそ』


 すぐに返信が来た。


『優太:また行こう』


『綾乃:うん』


 綾乃は画面を見つめる。


 また行こう。


 その言葉が素直に嬉しかった。


 すると。


 別の通知が届いた。


 恵斗だった。


『恵斗:文化祭終わったけど、今日も美術部ってあるのかと思って』


 綾乃は少し笑った。


『綾乃:今日は休みです』


 すぐに既読がつく。


『恵斗:そっか』


『綾乃:どうしたんですか?』


『恵斗:いや、なんとなく』


 また。


 その返事だった。


『綾乃:なんとなくなんですね』


『恵斗:うん』


 少し間が空く。


『恵斗:今日は休めた?』


 綾乃の指が止まった。


 今日のこと。


 優太と出かけたこと。


 楽しかったこと。


 一瞬だけ。


 全部話そうと思った。


 けれど。


『綾乃:はい。ちゃんと休みました』


 そう送った。


『恵斗:ならよかった』


『綾乃:先輩は勉強ですか?』


『恵斗:一応』


『綾乃:一応?』


『恵斗:ちゃんとやってる』


『綾乃:怪しいですね』


『恵斗:ひどいな』


 思わず笑う。


 そのやり取りは、いつも通りだった。


『恵斗:じゃあ、また月曜な』


『綾乃:はい。また月曜日』


 そこで会話は終わった。


 綾乃はスマホを伏せる。


 今日。


 優太と過ごした時間は楽しかった。


 何の不満もない。


 むしろ、また一緒に行きたいと思った。


 それなのに。


 どうして。


 今日あったことを恵斗に話したいと思ったのだろう。


「……なんでだろう」


 綾乃はベッドに横になった。


 今日一日のことを思い出す。


 優太と笑ったこと。


 ぬいぐるみをもらったこと。


 また行こうと言われたこと。


 そして。


 さっきの、恵斗との短いやり取り。


 比べるようなことではない。


 そう思う。


 優太といるのは楽しい。


 恵斗と話すのも楽しい。


 ただ。


 その二つが同じなのかどうか。


 綾乃には、まだ分からなかった。


 だから。


 考えるのをやめる。


 スマホを枕元に置き、目を閉じる。


 今日が楽しかった。


 それだけは確かだった。


 けれど。


 眠りにつく直前。


 綾乃の頭に、もう一度だけ。


 恵斗の顔が浮かんだ。


 その理由は。


 まだ、分からないままだった。


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