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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第十九話 いつもの距離

 翌朝。


 綾乃は教室に入ると、自分の席に鞄を置いた。


「おはよう」


「おはよう」


 クラスメイトと挨拶を交わす。


 いつもの朝。


 けれど。


「牧」


 後ろから声がした。


「ん?」


 振り返る。


 優太だった。


「昨日の文化祭準備、遅かった?」


「うん。結構残った」


「大変だな」


「松寺くんは?」


「俺は普通に帰った」


「いいなあ」


「牧も別に帰ればいいじゃん」


「そういうわけにはいかないの」


「真面目だな」


「そっちこそ」


「俺は普通」


「またそれ」


 二人で笑う。


 そのやり取りを、近くのクラスメイトが見ていた。


「牧と松寺って、ほんと仲いいよね」


「そう?」


「うん。いつも話してるじゃん」


「同じクラスだから」


「それだけ?」


「それだけ」


 綾乃は迷いなく答えた。


 優太とは、気を遣わずに話せる。


 何でも言える。


 くだらないことで笑える。


 それが当たり前になっていた。


「牧」


「ん?」


「今日、放課後も部活?」


「うん」


「文化祭?」


「そう」


「頑張って」


「松寺くんも部活でしょ?」


「うん」


「じゃあ、お互い頑張ろう」


「おう」


 優太が自分の席へ戻っていく。


 綾乃はその背中を見て、小さく笑った。


 いつもの距離。


 いつもの会話。


 何も変わっていない。


 ――そう思っていた。


 *


 昼休み。


 綾乃が弁当を食べ終えた頃。


「牧」


 優太がまた声をかけてきた。


「何?」


「これ」


 机の上に、一枚の紙を置く。


「文化祭の係?」


「クラスのやつ」


「私これだっけ?」


「違う」


「じゃあ何で私に?」


「先生が間違えて渡してた」


「ああ」


 綾乃が紙を確認する。


「じゃあ、返してくる」


「俺が返しとく」


「いいの?」


「職員室行くし」


「ありがとう」


「別に」


「またそれ」


「便利だから」


「昨日の中川先輩みたい」


「誰?」


「美術部の先輩」


「ああ」


 優太が笑う。


「牧、最近美術部の話多くない?」


「そうかな?」


「うん」


「文化祭の準備してるから」


「なるほど」


 優太はそれ以上聞かなかった。


 けれど。


 紙を持って教室を出ていく前に、ふと振り返った。


「牧」


「ん?」


「今日、帰り一緒になる?」


「え?」


「俺、部活休みだから」


「ああ」


 綾乃は少し考える。


「たぶん美術室出るの遅くなるよ?」


「じゃあ待ってる」


「いいの?」


「別に」


「じゃあ、終わったら連絡する」


「おう」


 優太はそれだけ言って、教室を出ていった。


 綾乃は少しだけ、その背中を見送った。


 けれど。


 特に深く考えることはなかった。


 いつものこと。


 そう思った。


 *


 放課後。


 美術室。


「綾乃、これお願い」


「うん」


 すずが展示用の紙を渡す。


「この文字、もう少し大きくした方がいいかな?」


「どれ?」


 綾乃が覗き込む。


「私は今くらいでもいいと思う」


「じゃあ、このままにする?」


「うん」


 少し離れたところでは、琉生がパネルを確認していた。


「ここ」


 琉生が指差す。


「また?」


 すずが振り返る。


「うん。こっち、少しだけずれてる」


「本当だ」


 綾乃も近づく。


「よく見つけるね」


「たまたま」


「絶対たまたまじゃない」


「そう?」


 琉生は笑う。


 そこへ杏奈が入ってきた。


「お疲れさま」


「杏奈先輩、お疲れさまです」


「今日もやってるね」


「はい」


 杏奈が机の上を見る。


「これ、もう完成した?」


「まだです」


「そっか」


 杏奈が近くの紙を手に取る。


「じゃあ、ここ確認するね」


「お願いします」


 四人で作業を続ける。


 昨日と同じような光景。


 けれど。


 今日は少しだけ、琉生と杏奈の会話が増えていた。


「ここ、文字小さくない?」


 杏奈が聞く。


「俺もそう思う」


「じゃあ、少し大きくする?」


「うん」


「分かった」


 杏奈が筆を取る。


「中川くん」


「ん?」


「こういうの、結構得意?」


「普通」


「また普通」


「だって普通だから」


「昨日もそう言ってた」


「そうだっけ?」


「言ってたよ」


「覚えてない」


「私は覚えてる」


 杏奈が笑う。


 琉生も少し笑った。


 その様子を、綾乃がちらっと見る。


 昨日より。


 少し自然になっている気がした。


「……」


 でも。


 それ以上は考えなかった。


 *


 しばらくして。


 恵斗が美術室へ入ってきた。


「お疲れ」


「あ、先輩」


 綾乃が顔を上げる。


「今日は早いですね」


「うん。先生に頼まれて」


 恵斗はファイルを受け取ると、室内を見回した。


「結構進んだな」


「はい」


「頑張ってるじゃん」


「先輩も手伝ってください」


「俺?」


「三年生は補助ですよ」


「俺?」


「先輩も手伝ってください」


「三年生は補助ですよ」


「……そうだっけ?」


「先生が言ってました」


「……分かった」


 恵斗が苦笑する。


「何やればいい?」


「これ、運んでもらえます?」


 綾乃がパネルを指差す。


「これ?」


「はい」


「どこ?」


「窓側です」


「了解」


 恵斗がパネルを持ち上げる。


 琉生も反対側を持った。


「俺も持ちます」


「ありがとう」


 二人で運ぶ。


「ここ?」


「もう少し右」


 綾乃が指示する。


「ここでいい?」


「はい」


「じゃあ置くぞ」


 パネルを置く。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 恵斗が綾乃を見る。


「昨日より進んでるな」


「昨日、頑張ったので」


「偉い」


「子ども扱いしないでください」


「してないって」


 綾乃が笑う。


 すずが二人を見る。


 けれど、何も言わなかった。


 今は。


 *


 作業が一段落した頃。


 綾乃のスマホが震えた。


『優太:終わった?』


 綾乃は画面を見る。


『綾乃:まだ』


『優太:了解』


 短いやり取り。


 その画面を見ていた恵斗が、ふと口を開いた。


「松寺?」


「はい」


「今日、一緒に帰るの?」


「たぶん」


「そっか」


 恵斗はそれだけ言った。


 綾乃も特に気にせず、スマホをしまった。


「先輩は?」


「俺は図書室」


「じゃあ、頑張ってください」


「うん」


 恵斗は参考書を持ち上げる。


「綾乃も頑張れよ」


「はい」


「じゃあ、また」


「また」


 恵斗が美術室を出ていった。


 *


 少しして。


「私も帰るね」


 杏奈が鞄を持った。


「はい」


「また明日」


「また明日です」


 杏奈が出ていく。


 その少し後に、琉生も立ち上がった。


「俺も帰ります」


「お疲れさま」


「お疲れ」


 琉生が扉へ向かう。


 そこで。


「あ」


 杏奈が廊下の先にいるのが見えた。


 琉生は一瞬だけ足を止めた。


「……」


 けれど。


 特に声をかけることもなく、そのまま別の方向へ歩いていった。


 *


 美術室を出た綾乃は、昇降口へ向かった。


 スマホを見る。


『優太:下で待ってる』


『綾乃:分かった』


 昇降口に着く。


 外へ出ると、優太が壁にもたれて待っていた。


「お待たせ」


「おう」


「結構待った?」


「そんなに」


「ごめんね」


「別に」


「今日、それ多くない?」


「何が?」


「別に」


「……ああ」


 優太が笑う。


「確かに」


 二人で歩き出す。


「今日、文化祭どうだった?」


「結構進んだよ」


「へえ」


「中川先輩が意外と役に立って」


「意外と?」


「すごくよく見てるの」


「そうなんだ」


「昨日もそうだったけど、今日も」


「へえ」


 優太は少し考える。


「松寺くん?」


「ん?」


「どうしたの?」


「いや」


「何?」


「別に」


「また」


 綾乃が笑う。


 優太も笑った。


「でも」


 少し歩いてから、優太が言った。


「文化祭終わったら、どっか行く?」


「え?」


「クラスの何人かで」


「ああ」


 綾乃は少し考えた。


「いいね」


「じゃあ、考えとく」


「うん」


 それだけ。


 まだ具体的な予定もない。


 ただの話。


 けれど。


 優太は少しだけ嬉しそうだった。


 *


 その頃。


 美術室では、すずが一人で片付けをしていた。


 ふと、机の上に残された紙を見る。


 今日の作業予定。


 綾乃の名前。


 琉生の名前。


 杏奈の名前。


 そして。


 恵斗の名前。


 文化祭の準備が始まってから。


 少しずつ、みんなの距離が近くなっている。


 でも。


 それぞれの関係は、まだ何も決まっていない。


 綾乃も。


 恵斗も。


 優太も。


 杏奈も。


 琉生も。


 まだ、自分の気持ちをはっきりとは知らない。


 ただ。


 少しずつ。


 いつもの日常の中に、小さな変化が増えている。


 そのことだけは。


 すずには、なんとなく分かっていた。


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