↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/56

第十八話 見ていたこと

 文化祭まで、あと少し。


 放課後の美術室は、以前よりずっと慌ただしくなっていた。


 机の上には絵の具。


 床には段ボール。


 壁際には、まだ完成していない展示用のパネルが並んでいる。


「これ、どこ置く?」


 綾乃が大きめの紙を持ち上げながら聞いた。


「そっちじゃない?」


 すずが指をさす。


「でも、ここだとちょっと狭くない?」


「……確かに」


 二人で少し離れて見る。


「じゃあ、もう少し右?」


「右にすると今度は――」


「牧」


 横から声がした。


「ん?」


 琉生だった。


「それ、そっちじゃない方がいいと思う」


「え?」


 琉生は壁のほうを見る。


「そこに置いたら、入口から見た時に隠れるんじゃない?」


「……あ」


 綾乃が入口の方へ移動する。


 見てみると。


 確かに琉生の言う通りだった。


「本当だ」


「ほんとだね」


 すずも少し驚いたように言う。


「じゃあ、どこがいい?」


「こっち」


 琉生が反対側を指さす。


「ここなら最初に目に入るし」


「でも、ここだと他の展示と近くない?」


 綾乃が聞く。


 琉生は少し考える。


「じゃあ、こっちを少しずらせばいいんじゃない?」


「……」


 綾乃とすずが顔を見合わせる。


「それでいけるかも」


「うん」


 二人で頷いた。


「中川先輩」


「はい」


「意外とちゃんと考えてるんですね」


「ひどくない?」


「褒めてます」


「そう?」


 琉生は少し笑った。


「俺、結構見てるよ」


「へえ」


 すずが言う。


「じゃあ、もっと早く言ってよ」


「言うほどのことじゃないかなって」


「いや、さっきのは普通に助かりました」


 綾乃が言うと、琉生は少しだけ肩をすくめた。


「ならよかった」


 それだけ言って、また自分の作業へ戻っていった。


 すずが小さな声で言う。


「……中川先輩って、ああいう人なんだ」


「うん」


 綾乃も頷く。


「もっと適当かと思ってた」


「それは私も」


「聞こえてるよ」


「聞こえてました?」


「聞こえてました」


 三人で笑った。


 *


 しばらくして。


「これ、どこ運べばいい?」


 美術室の入口から声がした。


 杏奈だった。


 両手で段ボールを抱えている。


「あ、杏奈先輩」


「これ、先生に頼まれて」


「そっちの棚に置いてください」


 すずが答える。


「分かった」


 杏奈が歩き出す。


 けれど。


 棚の前まで来たところで、少し困ったように立ち止まった。


「……これ、どうしよう」


 上の段に置きたい。


 けれど、一人では少し高い。


「綾乃ちゃん」


「はい?」


「これ、ちょっと――」


「俺、持つ」


 杏奈の横に、いつの間にか琉生が立っていた。


「え?」


「上、置くんだよね?」


「うん。でも重くない?」


「大丈夫」


 琉生は段ボールの片側を持つ。


「こっち持ってもらっていい?」


「あ、うん」


 二人で持ち上げる。


「もうちょっと上」


「はい」


 棚に置く。


「……置けた」


 杏奈が息を吐いた。


「ありがとう」


「別に」


 琉生はそう言うと、そのまま元の場所へ戻ろうとした。


「中川くん」


「ん?」


「今、作業してたんじゃないの?」


「してたよ」


「じゃあ、わざわざ来なくても」


「近かったんで」


「……そっか」


 杏奈は少し笑った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 琉生は今度こそ自分の席へ戻った。


 杏奈はしばらく、その背中を見ていた。


「……」


「杏奈先輩?」


 綾乃が呼ぶ。


「あ、ごめん」


「大丈夫ですか?」


「うん」


 杏奈は笑った。


「中川くんって、思ってたより優しいね」


「え?」


 琉生が振り返る。


「俺?」


「うん」


「普通じゃない?」


「そうかな」


「そうだろ」


 綾乃が言う。


「さっきも、私たち助けてもらいましたし」


「牧、それは大げさ」


「でも助かったよ」


「うん」


 すずも頷く。


「今日はちょっと見直した」


「ちょっと?」


「全部ではない」


「厳しいなあ」


 琉生が笑う。


 杏奈も、小さく笑った。


 *


 作業は、そのあとも続いた。


 綾乃とすずは展示用の紙を貼る。


 杏奈は文字の部分を確認する。


 琉生は少し離れたところで、パネルの配置を整えていた。


 大きな動きはない。


 みんなそれぞれ、自分の仕事をしている。


 けれど。


「そこ、ちょっと斜め」


 琉生が言った。


「え?」


 綾乃が振り返る。


「どこ?」


「その紙」


「本当?」


 すずが少し離れて確認する。


「あ、ほんとだ」


「中川先輩、よく分かるね」


「さっきから見てたから」


「ずっと?」


「まあ」


「言ってよ」


「今言った」


「そういうことじゃない」


 すずが呆れたように言う。


 琉生は笑った。


 その様子を見ていた杏奈が、少しだけ首を傾げた。


 琉生は、自分から前に出るタイプではない。


 誰かに褒められても、特に嬉しそうにするわけでもない。


 でも。


 ちゃんと周りを見ている。


 必要な時には、自然に動く。


「……不思議な人」


 杏奈が小さく呟いた。


「誰が?」


 琉生の声がした。


「え?」


「今、何か言った?」


「……何でもない」


「そう?」


 琉生はそれだけ言って、またパネルに視線を戻した。


 杏奈は少しだけ笑った。


 *


 夕方。


 窓から入る光が、少しずつ橙色になっていく。


「今日はここまでにしようか」


 先生の声がした。


「はーい」


 部員たちが返事をする。


「疲れた……」


 綾乃が椅子に座る。


「まだまだやることあるね」


 すずが言った。


「地獄だよね」


「文化祭までこれ続くよ」


「ヤバいよね」


「じゃあ頑張って」


「すずもね」


 二人で笑う。


 その近くでは、杏奈が自分の荷物をまとめていた。


 琉生が、ふと机の上を見る。


「あ」


「何?」


 杏奈が顔を上げる。


「それ、忘れてない?」


 琉生が指さした。


「え?」


 机の端に、杏奈のスマホが置かれていた。


「あ、本当だ」


「危なかったね」


「ありがとう」


「今日は二回目だね」


「何が?」


「俺に助けられた回数」


 杏奈が一瞬、目を丸くする。


 琉生は少し笑った。


「冗談だよ」


「……びっくりした」


「ごめんごめん」


「中川くん、そういうこと言うんだ」


「たまには」


「ふふ」


 杏奈が笑った。


 その笑い方を見て。


 綾乃は何となく、二人を見た。


「……」


 別に。


 何かがあったわけではない。


 ただ。


 さっきから、杏奈と琉生が少しだけ話している。


 それだけだ。


 けれど。


「綾乃」


「ん?」


 すずが隣から小さく声をかける。


「何見てるの?」


「別に」


「綾乃まで?」


「便利だから」


 すずが笑う。


「誰かの真似?」


「さあ」


 二人で笑った。


 *


 美術室を出る。


 廊下を歩いていると、琉生と杏奈が少し前を歩いていた。


 綾乃とすずは、その後ろを並んで歩く。


「中川先輩」


 綾乃が呼んだ。


「ん?」


「今日、ありがとうございました」


「何が?」


「いろいろです」


「いろいろ?」


「配置とか」


「ああ」


 琉生は少し考える。


「別に」


「またそれ」


「便利なんで」


 綾乃とすずが顔を見合わせる。


「真似した」


「してない」


「した」


 前を歩いていた杏奈が、思わず笑った。


 その声を聞いて、琉生も少しだけ笑う。


「じゃあ、俺はこっちなんで」


「うん」


 杏奈が言う。


「また明日」


「はい」


 琉生は別の階段へ向かっていった。


 杏奈はその背中を、ほんの少しだけ見送る。


「……」


「杏奈先輩?」


「ううん」


 杏奈はすぐに笑った。


「何でもない」


 けれど。


 さっきまでより少しだけ。


 中川琉生という人のことが、気になっていた。


 *


 その夜。


 綾乃は自分の部屋で、文化祭の資料を見返していた。


 今日一日のことを思い出す。


 すずとの作業。


 杏奈。


 琉生。


 文化祭が近づくにつれて。


 今まで別々だった人たちが、一緒にいる時間も増えていく。


 その中で。


 今まで知らなかった一面も、少しずつ見えてくる。


「中川先輩、意外だったな」


 琉生が、周りをよく見ていたこと。


 杏奈が、少し楽しそうに話していたこと。


 どちらも。


 綾乃にとっては、ただ今日初めて知ったことだった。


 まだ。


 何かが始まったわけではない。


 ただ。


 少しだけ。


 見えていなかったものが見えた。


 そんな一日だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。