↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/56

第十五話 好きなの...?

 体育祭が終わって、数日。

 学校は少しずつ、いつもの空気に戻り始めていた。

 廊下に貼られていた競技の一覧表も外され、応援旗も片づけられている。

 次の行事は、文化祭。

 二学期は、まだまだ忙しい。

 *

 放課後の美術室。

 綾乃とすずは、文化祭の展示について話し合っていた。

「去年の展示、結構よかったよね」

「うん。でも、今年も同じだとちょっとつまらないかも」

「じゃあ、何か変える?」

「変えたい」

 綾乃が資料をめくる。

「みんなの作品を並べるだけじゃなくて、テーマを決めるとか」

「いいね」

「でも、テーマって難しいよね」

「綾乃、考えて」

「なんで私?」

「言い出したから」

「すず、最近厳しくない?」

「そう?」

「そう」

 二人で笑う。

 そのとき。

 美術室の扉が開いた。

「お疲れ」

「あ、先輩」

 恵斗だった。

 手には参考書とファイルを持っている。

「文化祭の準備?」

「はい」

「大変だな」

「先輩も手伝ってくれるんですよね?」

「先生に頼まれたらな」

「じゃあ、ちゃんと頼みます」

「何で俺が頼まれる前提なんだよ」

 恵斗が笑う。

 綾乃も笑った。

 すずは二人を見ながら、少しだけ口元を緩めた。

 最近。

 綾乃と恵斗が話すことにも、もう見慣れてきた。

 特別なことではない。

 そう思っていた。

 *

 しばらくして。

 恵斗が時計を見る。

「俺、そろそろ行く」

「勉強ですか?」

「うん」

「頑張ってください」

「ありがとう」

 恵斗が扉へ向かう。

「じゃあ、また」

「はい。また」

 扉が閉まる。

 綾乃は何気なくその扉を見た。

「……」

「何?」

 すずが言う。

「え?」

「今、先輩のこと見てたでしょ」

「見てないよ」

「見てた」

「帰るところ見ただけ」

「ふーん」

 すずはそれ以上言わなかった。

 綾乃も、気にしないことにした。

 *

 翌日の昼休み。

 綾乃が廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。

「綾乃ちゃん」

 振り返る。

「杏奈先輩」

「今、ちょっといい?」

「はい」

 二人は廊下の端へ移動した。

「どうしたんですか?」

 杏奈は少し迷ってから口を開いた。

「聞きたいことがあるの」

「何ですか?」

「恵斗先輩って、好きな人いるよね?」

 綾乃は少しだけ驚いた。

「……いると思います」

 恵斗本人から聞いたこと。

 それだけは確かだった。

「やっぱり」

 杏奈が小さく息を吐く。

「綾乃ちゃんは知ってるんだ」

「……はい」

「誰かは?」

「それは言えません」

「どうして?」

「先輩と約束したので」

「そっか……」

 杏奈は少し黙った。

 そして。

「じゃあ、もう一つ聞いていい?」

「はい」

「恵斗先輩って……綾乃ちゃんのこと好きなの?」

「……え?」

 綾乃の目が丸くなる。

「何でそうなるんですか?」

「だって」

 杏奈は困ったように笑った。

「恵斗先輩、綾乃ちゃんとはよく話してるし」

「恋バナです」

「分かってる」

「だったら……」

「でも、他の後輩とはあんなに話してないよね?」

「……」

「名前も普通に呼ぶし」

「それは前からです」

「美術室にもよく来るし」

「部活の先輩だからですよ」

「それだけかな」

 綾乃は答えられなかった。

 もちろん、そんなわけがない。

 恵斗が自分を好きだなんて。

 ありえない。

「先輩が私を好きっていうのは、ないと思います」

「どうして?」

「だって……」

 綾乃は少しだけ笑った。

「先輩が好きなのは、私じゃない人だから」

 そこまで言って、綾乃は口を閉じた。

 誰なのかは言えない。

 杏奈も、それ以上は聞かなかった。

「……そっか」

 けれど。

 その表情には、納得しきれないものが残っていた。

 *

 その日の放課後。

 美術室。

 綾乃とすずが作業をしているところへ、恵斗が入ってきた。

「お疲れ」

「先輩」

 綾乃が顔を上げる。

「先生いる?」

「今日はまだです」

「そっか」

 恵斗が入口近くに立つ。

 そのとき。

「恵斗先輩」

 廊下から声がした。

 杏奈だった。

「……水上」

「ちょっと話したい」

「今?」

「うん」

 恵斗は少しだけ黙った。

「分かった」

 二人が廊下へ出ていく。

 綾乃は何となく二人を見送った。

 すずも、少しだけ気にしているようだった。

 *

 廊下。

「何?」

 恵斗が聞く。

「聞きたいことがあるの」

「何」

「先輩、好きな人いるよね?」

「……」

 恵斗は黙った。

「誰?」

「言わない」

「どうして?」

「言う必要ないから」

「でも」

 杏奈が一歩近づく。

「私には教えてくれてもいいじゃん」

「何で?」

「私、まだ先輩のこと好きだから」

「……もう終わったことだろ」

「でも」

 杏奈の声が少し震える。

「誰なのかくらい、教えてよ」

「無理」

「じゃあ……」

 杏奈は少しだけ迷った。

「綾乃ちゃん?」

 恵斗の表情が止まった。

「……何でそうなるの」

「だって」

 杏奈は必死だった。

「先輩、綾乃ちゃんとはすごく仲いいじゃん」

「普通だろ」

「普通じゃないよ」

「普通だよ」

「でも――」

 その声に。

 美術室の中にいた綾乃とすずが顔を見合わせた。

「……」

「何か、聞こえない?」

 綾乃が小さく言う。

「うん」

 すずも立ち上がった。

 二人で廊下へ出る。

 すると。

「恵斗先輩の好きな人って、綾乃ちゃんなんでしょ?」

 杏奈の声が聞こえた。

「……え?」

 綾乃の足が止まった。

 恵斗も、綾乃に気づく。

「綾乃……」

 けれど。

「やっぱりそうなんじゃないの?」

 杏奈が続けた。

「だって、先輩、綾乃ちゃんといるときだけ違うじゃん」

「水上」

 恵斗の声が低くなる。

「もう、その話やめて」

「どうして?」

「関係ないだろ」

「でも――」

「綾乃を巻き込むな」

「……」

 杏奈が黙る。

 綾乃も、何も言えなかった。

「私、別に……」

 ようやく口を開く。

「大丈夫です」

 けれど。

 恵斗が綾乃を見る。

「そういう問題じゃない」

「でも」

「綾乃に聞くな」

 恵斗の声には、はっきりと苛立ちが混じっていた。

「俺が誰を好きかは、俺のことだろ」

「……」

「綾乃には関係ない」

 綾乃の胸が、少しだけ痛んだ。

 関係ない。

 その言葉に傷ついたわけではない。

 むしろ。

 どうして恵斗がそこまで自分を庇うのか。

 そのことのほうが分からなかった。

「先輩……」

 綾乃が呼ぶ。

 恵斗は少しだけ表情を緩めた。

「ごめん」

「……はい」

「でも、約束しただろ」

「……はい」

「誰のことか、言わないって」

「分かってます」

 綾乃は頷いた。

 そのやり取りを見て、杏奈は何も言えなくなった。

「……そっか」

 小さく呟く。

「やっぱり、綾乃ちゃんは知ってるんだ」

 恵斗が杏奈を見る。

「だからって、綾乃を巻き込むな」

「……分かった」

 杏奈の声は小さかった。

 そして。

「ごめん」

 そう言って、二人の横を通り過ぎていった。

 *

 廊下に残った三人。

 綾乃は俯いていた。

「……先輩」

「ん?」

「私、何か変なことしました?」

「してない」

「じゃあ、何で……」

 綾乃は言葉を探した。

「杏奈先輩、私が先輩の好きな人だと思ってたんですよね」

「……うん」

「どうしてなんでしょう」

 恵斗は少し黙った。

「俺にも分からない」

「でも」

 綾乃が顔を上げる。

「先輩が好きなのは、私じゃないですよね?」

 その言葉に。

 恵斗の表情が一瞬だけ止まった。

「……そうだな」

「ですよね」

 綾乃は笑った。

「よかった」

「何が?」

「変な誤解されたままだったら、困るので」

 恵斗は何も言わなかった。

 けれど。

 その言葉が、なぜか胸に引っかかった。

 *

 すずが綾乃の肩を軽く叩く。

「綾乃」

「ん?」

「今日はもう、作業終わりにしよ」

「でも、まだ――」

「いいから」

「……うん」

 すずは綾乃を連れて美術室へ戻った。

 恵斗も、その後ろ姿を見送る。

 そして。

 廊下に一人残った。

「……」

 綾乃はただの後輩。

 恋愛の相談をする相手。

 そう思っている。

 それなのに。

「……何でだろ」

 恵斗は小さく呟いた。

 さっき綾乃が言った、

『先輩が好きなのは、私じゃないですよね?』

 その言葉だけが。

 なぜか頭から離れなかった。

 *

 美術室。

 綾乃は鞄に道具をしまっていた。

「……」

 すずは何も言わず、隣にいる。

 しばらくして。

「ねえ、すず」

「ん?」

「私って、そんなに先輩と仲良く見えるのかな」

 すずは少し考える。

「……まあ、仲いいんじゃない?」

「そうかな」

「うん」

「でも、先輩が私を好きっていうのは、ないよね」

「……」

 すずはすぐには答えなかった。

「分からない」

「え?」

「私は先輩じゃないから」

「……そうだよね」

 綾乃は少し笑った。

 けれど。

 杏奈の言葉が、頭から離れない。

 ――恵斗先輩の好きな人って、綾乃ちゃんなんでしょ?

 そんなわけない。

 先輩が好きなのは、環。

 それを知っている。

 だから。

 これはただの誤解だ。

 そう思う。

 なのに。

 胸の奥には、小さな何かが残っていた。

 *

 その夜。

 杏奈は一人で帰宅していた。

 恵斗の言葉が頭から離れない。

 ――綾乃を巻き込むな。

 どうして、あそこまで庇ったのだろう。

 もし。

 本当に綾乃が好きな人だったら。

 そう考えると、胸の奥が痛い。

「……違う」

 杏奈は首を振った。

 恵斗が好きなのは、綾乃ではない。

 そう思いたい。

 けれど。

 もう一度、綾乃の顔を思い出す。

 恵斗と話しているときの、自然な笑顔。

 恵斗が綾乃を呼ぶときの、柔らかな声。

 そして。

 今日の恵斗の態度。

「……好きなの?」

 杏奈は小さく呟いた。

 答えは、まだ分からない。

 でも。

 初めて。

 本気でそうだと思った。

 *

 翌朝。

 綾乃は教室へ向かいながら、昨日のことを思い出していた。

 杏奈に言われた言葉。

 恵斗に庇われたこと。

 そして。

 最後に恵斗が見せた、あの一瞬の表情。

「……」

 綾乃は小さく首を振る。

 考えない。

 先輩が好きなのは環。

 それは知っている。

 だから。

 自分が気にする必要なんてない。

 そう思いながら。

 なぜか昨日から。

 恵斗のことが、少しだけ違って見えるようになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。