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今日も、たぶん平和じゃない  作者: RieL


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第十二話 秘密を知っているのは、私だけ

 九月。

 夏休みが終わってしばらく経った。

 朝晩は少しずつ涼しくなってきたものの、昼間はまだ暑い。

 そして。

 十月のはじめには、体育祭がある。

 教室でも、少しずつその話題が増えていた。

「体育祭まで、あと三週間くらい?」

 すずが机の上のプリントを見ながら言った。

「そうみたい」

 綾乃が答える。

「松寺、リレー出るんだよね」

「うん」

「頑張ってる?」

「昨日も練習してたよ」

「へえ」

 すずが綾乃を見る。

「応援するんでしょ?」

「もちろん」

「約束した?」

「……した」

「ふーん」

「何?」

「別に」

 すずは意味ありげに笑った。

「仲いいなと思って」

「クラスメイトだから」

「はいはい」

 綾乃は少しだけ頬を膨らませた。

「本当にそれだけだよ」

「分かってるって」

 すずは笑った。

 *

 昼休み。

 綾乃が教室で弁当を食べていると、前の席に優太が座った。

「牧」

「ん?」

「体育祭の練習、今日もあるって」

「そうなんだ」

「リレー」

「頑張ってね」

「応援、忘れてない?」

「忘れてないよ」

「ならいい」

 優太が笑う。

「そういえば、文化祭も近いんだろ?」

「ああ……うん」

「美術部、忙しくなる?」

「たぶん」

「またポスターとか描くの?」

「そう。今ちょうど準備してる」

「大変そう」

「でも楽しいよ」

「牧、そういうの好きだもんな」

「うん」

 綾乃も笑った。

「優太は体育祭が終わったら、少し楽になる?」

「どうだろ」

「陸上部って大変そう」

「まあね」

 優太は少し考える。

「でも、牧が応援してくれるなら頑張る」

「……何それ」

「約束したから」

「はいはい」

 綾乃は笑った。

 優太と話していると、やっぱり気楽だった。

 変に気を遣うこともない。

 何でもない話で笑える。

 そんな時間が、最近では当たり前になっていた。

 *

 放課後。

 美術室では、綾乃とすずが文化祭の準備をしていた。

「文化祭の展示、そろそろ決めないとね」

 すずが資料を広げる。

「うん」

「去年の資料、先生が持ってきてくれた」

「見てみようか」

 二人で資料を覗き込む。

「今年は展示作品、多くなりそうだね」

「そうだね」

「どう配置する?」

「壁側にまとめたほうが見やすいかも」

「じゃあ、その方向で考えよう」

 綾乃がメモを取る。

 そのとき。

「お疲れ」

 扉が開いた。

「先輩」

 恵斗だった。

「先生に頼まれて、去年の展示資料取りに来た」

「これです」

 すずが資料を差し出す。

「ありがとう」

 恵斗が受け取る。

 そして。

 何気なく綾乃を見る。

「昨日、大丈夫だった?」

「え?」

「グループのやつ」

 綾乃は少し驚いた。

「ああ……」

「悪かったな」

「何で先輩が謝るんですか?」

「いや。巻き込んだし」

「大丈夫ですよ」

「本当に?」

「はい」

 綾乃は笑う。

「私、何も言ってないですし」

「それがありがたかった」

 恵斗が言う。

 綾乃は少しだけ目を瞬かせた。

「……約束しましたから」

「うん」

 恵斗も頷く。

「ありがとう」

 その短い言葉が、昨日よりも少し近く感じられた。

 *

 すずは二人の会話を聞きながら、少しだけ不思議そうにしていた。

 昨日のグループトークのことは知っている。

 でも。

 綾乃と恵斗の間に、何か自分の知らない話があるようにも見えた。

「……」

 けれど、聞かなかった。

 綾乃が話さないなら、それには理由があるのだろう。

 *

 恵斗が資料を持って出ていこうとしたとき。

「そうだ」

 恵斗が振り返った。

「綾乃」

「はい?」

「森本、最近忙しそう?」

 綾乃は少し考える。

「……少し忙しそうです」

「そっか」

「何かあるんですか?」

「いや」

 恵斗はすぐに首を振った。

「同じ部活だから、ちょっと気になっただけ」

「そうですか」

 綾乃は頷いた。

 けれど。

 心の中では、すぐに分かっていた。

 ――やっぱり、森本先輩のことが気になるんだ。

 恵斗の好きな人。

 森本環。

 その名前を知っているのは、自分だけ。

 だから。

 こうして恵斗が環のことを気にしているのを見ると、少しだけ嬉しくなる。

「先輩」

「ん?」

「文化祭の準備、森本先輩も忙しいと思うので、何かあったら手伝ってあげてくださいね」

「……分かった」

 恵斗が少し笑った。

「綾乃に言われなくても、そのつもり」

「ならよかったです」

 恵斗が美術室を出ていく。

 綾乃はその背中を見送った。

 自分は、恵斗の恋を応援している。

 そう思った。

 それが正しいと思っていた。

 *

 その日の帰り。

 廊下を歩いていると、環とすれ違った。

「牧さん」

「森本先輩」

「文化祭の準備?」

「はい」

「大変だね」

「先輩もですよね」

「うん、今日はサポートだけだからもう終わったよ」

 環が笑う。

「いい文化祭にしようね」

「はい」

 環が歩いていく。

 綾乃はその背中を見送った。

 少しして。

「……」

 恵斗が好きになるのも、分かる気がする。

 そう思った。

 優しくて。

 しっかりしていて。

 恵斗と話しているときも自然だった。

 綾乃は小さく笑った。

「……応援しないと」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 *

 その頃。

 恵斗は廊下の向こうから歩いてくる環に気づいた。

「森本」

「あ、海藤」

「今帰り?」

「うん」

「文化祭の準備?」

「そう」

「そっか」

 それだけの会話。

 けれど恵斗は、少しだけ嬉しそうだった。

 その様子を。

 少し離れたところから遥翔が見ていた。

「……」

 遥翔は何も言わない。

 ただ。

 恵斗の表情を見る。

 そして。

 小さく息を吐いた。

 今の恵斗が、誰を見ているのか。

 それはまだ変わっていない。

 けれど。

 最近、別の誰かのことも気にしている。

 そんな気がしていた。

 *

 夜。

 綾乃は自分の部屋で、今日のことを思い返していた。

 恵斗から頼まれたわけでもないのに。

 環のことを応援したいと思っている。

 それは。

 恵斗の好きな人だから。

 きっと、それだけだ。

 そう思う。

 けれど。

 今日、恵斗が環のことを気にしていたとき。

 なぜか胸の奥が少しだけざわついた。

「……」

 綾乃は首を傾げる。

 嬉しかったはずなのに。

 どうしてだろう。

 その気持ちの意味は、まだ分からなかった。

 *

 一方。

 恵斗は机に向かっていた。

 参考書を開く。

 けれど。

 ふと、今日のことを思い出した。

 環と話したこと。

 そして。

 綾乃に「ありがとう」と言ったこと。

 昨日、綾乃が自分の秘密を守ってくれた。

 そのことが、思っていた以上に嬉しかった。

「……」

 恵斗はスマホを見る。

 綾乃に何か送ろうかと思った。

 けれど。

 やめた。

 昨日も話したばかりだ。

 別に、用事もない。

 そう思いながらスマホを伏せる。

 なのに。

 しばらくすると、また手が伸びる。

 そして。

 恵斗は自分でも気づかないまま、綾乃とのトーク画面を開いていた。

「……何してんだ、俺」

 小さく呟く。

 まだ。

 その理由は分からない。

 ただ。

 昨日より少しだけ。

 綾乃のことが気になっていた。


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