第9話 あざとく情報を集めていたら、元英雄に手際よく連れ出されました
モルブさんたちの定宿に向かう前に、ギルド内にある酒場へと向かう。クーノスさんは興味深そうにお酒の棚を眺めているが、今はお酒を飲む暇はないので首根っこ……ではなくコートの端を掴んで引き戻す。こういう時、背が低いのは不便だ。
「……うっ、分かったってレールカお嬢さん、だから首が絞まるから裾引っ張らないでくれや」
「だ・か・ら『ー』は要らないと何度言ったら分かるんですか!?」
口を尖らせながら、クーノスさんは軽く「へーい分かってますよお嬢さん」と流す。私はそれを視界の横で捉えながら、手がやっと空いた店主へと話しかける。
「ねぇ、マスター。先程、救護班に運び込まれた彼のパーティのことを詳しく知る人物に心当たりはない?」
彼はすぐには答えず、グラスを磨いてから注文をと聞いてくる。私はわざと作った声でこう応えた。
「樽出しの麦酒をシュワシュワの鉱泉水で割ってもらっていいかしら。……ああ、レモンじゃなく、ライムを搾ってね」
店主は手際よく、遮光硝子瓶を開け、琥珀色のお酒と氷が入ったグラスにゆっくりと注ぐ。炭酸の泡が弾ける器に、一房の緑色のライムを落とし、私の目の前に置いた。
「おい! お嬢さん、なんでオジサンには止めたのに頼んでるんだい!?」
「しーっ」と、私は自分の口の前に指を1本だけ立てて注意を促す。
「……お口に合うとよろしいのですが。奥の特別席の炭酸は、一段と泡立ちが違いますよ」
「分かったわ、ありがとう」
そう言って私はオーダーした飲み物を手に、店主が指し示した席へと向かう。クーノスさんは忠告通りに黙ってついてきてくれるようだ。
『仕事のためなら、使えるものは何でも使う。それが例え「女の武器」であってもだ』
自分の表情を「愛想の良い可愛い女の子」へと切り替える私を横目で見て、クーノスさんは「うわぁ、割り切ってるねぇ……」と呆れたような、感心したような苦笑いを浮かべていた。
その奥の角の席には、包帯をグルグルと巻いた冒険者たちがやけ酒を飲むように勢いよくグラスを空にしていた。そこだけ空気中のアルコール度数が上がっているように感じる。
私の今の格好は冒険者の装備とさほど変わらない。酔っている相手なら、こちらが冒険者ギルドの職員だとは気づかれまい。
「ねぇ、そこのお兄さんたち。今日は随分とペースが早いんじゃない? 何かあったの?」
今度は猫撫で声を作り、彼らのすぐ近くにある小さなテーブルの横へ立つ。
「何かだって!? どうもこうもねーよ。報酬の割合が良いクエストで旧坑道へと行ったら妙にモンスターが強くてよ……想定外のことばかり起きやがるから早々と退散してきたんでー、他にも挑戦してる奴らがいたがどうなったやら」
ヒックとしゃっくりをしながら返事をしてくれる。どうやら絡み酒のようで、簡単にこちらの話に乗ってくれるようだ。
「それは災難だったわね……ねぇ、そこにモルブっていう魔法使いがいるパーティはいなかった?」
「あーぁ、居たよな確か?」
「あれだろ、気弱な後衛タイプの魔法使いの」
「可愛い、光の魔法士ちゃん連れた奴だろ?」
「馬鹿だなぁ、かわい子ちゃんはエドガーと付き合ってるって専らの噂だぜ」
男たちは口々にボロボロと情報を落としてくれる。クーノスさんはというと、先程私が置いたグラスの席でこちらを感心したように見つつ、他人の振りを装ってくれていた。
「へぇー、そういう噂があるのね。私、そのエドガーって人の事をもっと知りたいなぁ〜」
その一言で場が沸き立った。そして、すごい早さで情報は集まったが、残念ながらエドガーに関することはギルドのデータベースで他のパーティの残った記録以上のことは出てこなかった。
パーティ内で付き合っている噂はよく立つものだし……。
強いて言うなら、ギャレットがそのクエストを広く募集していたこと。そこにエドガーも居て、吾先にという風に声を上げて受注したという証言が取れたことくらいだ。彼ら曰く、エドガーは普段、そういった危険な高額案件よりも地道な依頼を好む性質だったため、当時は周囲も驚いたのだという。
変に盛り上がる前にお暇しようと腰を上げようとした瞬間、酔っ払いの男の一人に左手を引かれ、バランスを崩しそうになる──それを見越していたように、クーノスさんが私の右側の腰をエスコートするように支えていた。
「おっとすまないねぇ、オニイサン。この子は俺が先約なんでね……これで悪く思わないでくれよ」
彼はそう言うと素早く紙幣を数枚、男たちのテーブルへ置いて、私をあっという間に連れ出してしまった。
「クーノスさん、まだ情報は……」
「何言ってんだい? アレ以上はもう何も出ないだろうよ。昼間から酒飲んでるやつに絡みに行くなんてあぶねーだろ」
私はすぐに言い返すためにクーノスさんを見上げたが……彼は視線の先をそらし、頭をポリポリと掻きながらわざとらしく大げさに息を吐いてみせた。
その悔しそうな、というよりは気まずそうな横顔に、私は何も言えなくなってしまった。
(私が勝手に動いて油断しただけなのだから、貴方が責任を感じる必要なんてないのにね)
「ほら、早くモルブたちの定宿に行かねーと日が暮れちまうぞ。お嬢さんの無茶に付き合ってたら、こっちまで寿命が縮まるつーの」
そう言って、彼は照れくさそうに頭を掻きながら歩幅を強める。
ぶつぶつ文句を言いつつも、彼なりにやる気を出してくれたようだ。
(お礼を言ったら調子に乗られそうだし、余計な残業は絶対に嫌だから、さっさと聞き込みを終わらせないとね)
私は心の中でそう呟き、いつも通りの澄ました顔で彼の後を追う。どうやら、無事に定時までには戻って来られそうだ。
第9話をお読みいただきありがとうございました!
今回は羊皮紙課の優秀な(?)捜査官・レルカのお色気(?)作戦回でした!
自分の可愛さを自覚して割り切って使うレルカと、なんだかんだでスマートにピンチを救って照れちゃうクーノスおじさん……この2人の距離感が書いていてとても楽しかったです!
皆様は今回、どちらのシーンがお好きでしたか?
「あざといレルカ」か「ちょっとカッコいいクーノスおじさん」、ぜひ推しポイントをコメントで教えていただけたら嬉しいです!
次回の第10話は、【8/23(日)の夜(19:00頃)】に投稿予定です。
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