第14話 暴走する古代の災厄を『本物の魔剣』で一刀両断! 100年前の最強剣士、規格外の終幕(カーテンコール)
「っな……何者だ!?」
ダイブしたクーノスさんが放つ凄まじい風圧と、足場ごと崩落した瓦礫の煙の中、ギャレットは煙を払いながら素っ頓狂な悲鳴をあげる。
(全くもう……! 飛び出すなら先に一言言ってください!!)
だが、彼が自ら派手な囮になってくれたおかげで、周辺の注意は完全にクーノスさんへと持っていかれた。この機を逃す手はない。
私は空中で左腕の三節棍を解き放ち、しなる金属の軌道を一閃させる。
結界の維持構造──舞台左右の燭台に刻まれた隠し魔法陣を、正確無比に撃ち砕いた!
パリィンッ!! とガラスが割れるような甲高い音が響き、ホールを覆っていた澱んだ紫色の結界が一気に吹き飛ぶ。
「あっ……!? 結界が……私の美しい障壁が壊されたというのか……!?」
顔を跳ね上げたギャレットは、結界が破れたと知るや一瞬で笑みを消し、顔を青ざめさせた。
そして慌てて特等席から飛び起きると、涙を流しながら無心で演奏を続けるエドガーさんの首元に不気味な短剣を突きつけ、彼の体を盾にした。
「あまり刺激しない方が良い、レルカ捜査官。……フフ、こいつは『仲間を救うため』と信じ込まされて健気に弾いているんだ。無理に離そうとしたり攻撃したら、精神が壊れて二度と元には戻りませんよ? ……サア、手出しがデキルノカ?」
優位を保とうと慇懃無礼に取り繕うものの、予備肉体の損傷か焦りからか、徐々にその口調には歪みが混じり始める。どこまでも身勝手で不快な悪あがき。
だが、その時──。
ギャレットの手元で、エドガーさんが抱える『奇跡の楽器』の漆黒のボディが、脈打つように禍々しい赤黒い光を放ち始めた。
「ナ……ッ!? ナンダ、楽器が……ワタシの制御を聞かない……!?」
『奇跡の楽器』は、ギャレットの制御すら踏み倒し、自ら周囲の魔素を激しく吸い上げ始めた。
ギャレットの肉体はあっという間に黒い呪気に包まれ、絶叫を上げるヒマもなくホールを埋め尽くすU型アンデッドたちごと、巨大な『魔素の津波』へと飲み込まれて消えていく!
「キサマ……キサマァァッ!!」
主催者すら喰らい尽くし、暴走を始めた古代の災厄。
舞台中央で、異形と化した楽器から無数の黒い魔力の糸が伸び、劇場中の人間から正気と魔力を強引に絞り出そうと暴れ狂う!
「クーノスさん! ギャレットじゃない……この楽器自体が自我を持って暴走しています!」
視界が真っ赤に染まり、脳内で鳴り響く狂った旋律に意識がグニャリと歪む。
異能力の目が見せるのは、空間を侵食し正気を吸い上げる無数の魔力の糸──世界そのものが崩壊していくような絶望の光景。
脳が焼き切れそうな激痛と、目頭から伝う熱い血の滴り。
膝が崩れ落ちそうになる私の一方で──クーノスさんだけは、ポケットから取り出した煙草にゆっくりと火をつけ、いつも通りの飄々とした態度で立ち尽くしていた。
「おいおい、お嬢さん。そんなグチャグチャしたもん真面目に見るんじゃないよ。目が腐っちまうぞ」
「……あ、は……クーノス、さん……? 見え……ないのですか……!? 世界が、崩れて……っ」
「見えてるさ。だがな……オジサンは100年前に、もっと汚くて狂った泥の中を泳いできたんだ。いまさらこんな程度の『ビックリお化け屋敷』みたいなのでビビってられるかよ」
そう言うと、クーノスさんは着ていた使い古された上着をサッと脱ぎ、私の頭から乱暴に羽織らせて狂気の視界を遮った。タバコと古びた革の匂いが鼻腔を突く。
「プロなんだろ、レールカお嬢さん。こんなところで無様に狂ってたら、ファルディシエの名が泣くぞ? ……いや、『レルカ捜査官』だったな」
私の頭をポンと力強く叩くと、大きな背中が私の前に立ちはだかる。
「そこで少し休んでな。……あとは『古い時代の生き残り』が片付けてやる」
──休んでなんて、いられるわけがない。
100年前の英雄に守られるだけの、出来損ないの捜査官でいられるものか。
「……勝手に『ー』を抜いて……勝手に認めないでください……!」
羽織らされた上着を力任せに払いのける。
脳が灼けつくような激痛をねじ伏せ、限界を超えて異能を解き放つ。
普段は漆黒の私の両眸が、血と涙に濡れながらも、闇夜の劇場の中で碧く、夜空の星すら凌駕するほどの眩い「命の煌めき」を放ち始めた。
「私は……羊皮紙課のレルカ・ファルディシエ捜査官です! 定時退社のためにも、こんなところで倒れるわけにはいかないんです!!」
青く輝く視界の先、狂気の奔流の渦の中に──ただ一つ、確かに存在する『結合点』が浮かび上がる。
私は視界を焼き尽くすほどの異能全開で、三節棍を強く握り直して一閃させた。
ギャギャンッ!!
鋭い打撃が、暴走する楽器を守る魔力の「構造の歪み」を一撃で穿つ!
「あは……見えた……! あのバケモノの『核』は上段中央の第三音管です! 叩き潰してください、シーラカン……じゃなかった、クーノスさん!!」
碧い光を撒き散らしながら、喉から無理矢理、絞り出すようにして叫んだ私を──クーノスさんが見ていた。
──ジジと視界が二重……いや三重にブレて見える。
(……あぁ、視える……何ですか、これ……っ!?)
限界を超えて暴走気味の私の異能が、視線の交差した一瞬、クーノスさんの深層心理と引き合ってしまう。
煙草の煙の向こう、100年の泥に濁っていたはずのその目の裏側に、彼の記憶の残滓と切ない情念が津波のように流れ込んできた。
100年の暗闇の中、男が一人でずっと見上げてきた「消えていく星」の輝き。
そして今、目の前で命を燃やし激しく散り生き急ぐ私を──絶対に消させまいとする、息が止まるほど切なく強い想い。
(クーノス、さん……貴方は、私を……)
そのあまりの深さに息を飲んだ、次の瞬間。
オジサンはニッといつもの意地の悪い笑みを浮かべ、呆れたように声を上げた。
「おい、今なんか失礼な魚の名前が混ざらなかったか!?」
そう言って破られた結界の隙間へ踏み込みながら、男は背負った汚い革袋から『それ』を抜く。
100年間、男がその身で抑え込んでいた本物の『魔剣』。
ドロリとした黒い呪気が溢れ出し、華やかな劇場を塗りつぶしていく。
「現代のお上品な楽器サマには、少々刺激が強すぎるかもしれんがねぇ……」
咆哮を上げる楽器の喉元──狙い過たず指示された第三音管へ、100年の歴史を宿した刃が一直線に突き刺さった。
「──終幕だ」
そう呟き、クーノスさんは静かに煙草の煙を吐き出した。
直後、バケモノは甲高い断末魔とともに黒い霧となって霧散し、呪縛から解き放たれたエドガーさんが崩れ落ちる。
静寂を取り戻したホールで、クーノスさんは煙草の紫煙の向こうに、ボロボロになった私をチラリと見た。そして、誰にも聞こえないほどの小声でぽつりと呟く。
「……ま、綺麗に輝く星のまま散らせるかよ。泥臭く生き残りな」
「……え? 今、何か言いました? クーノスさん?」
痛む頭を押さえながら尋ねた私に、オジサンはふっと息を吐き出し、いつもの飄々とした笑みに戻っていた。
「いや、なんでもねーよ。レールカお嬢さん」
私は大きな声を張り上げて言い返した。
「だから、私はレルカです! 『ー』は要りません!!」




