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第15話(完結) 神の領域の術式を「魔力消化」で使う規格外オジサン。解呪の約束と、また始まる羊皮紙課の日常


「はぁ……はぁ、っ」


暴走していた古代の楽器が黒い霧となって霧散し、静寂を取り戻した劇場で、私は荒い息をつきながら膝に手をついていた。


核を打ち砕かれた『奇(・)跡(・)の(・)楽(・)器(・)』の残骸の傍らには、その楽器を強制的に演奏させ続けられ、精神の限界を迎えてぐったりと倒れ込むエドガーさんの姿がある。


(よかった。なんとか、命だけは──)


胸を撫で下ろそうとした、その時だった。


「やれやれ。ギャレットの野郎たちがバケモノに呑まれたおかげで、劇場中に上質な余剰魔力がダダ漏れじゃねえか。捨てとくのも勿体ねえな」


煙草の煙を吐き出しながら、クーノスさんが倒れたエドガーさんの前に歩み寄る。

そして怠そうに右手を掲げ、短く呪文を口にした。


「我が触れる全ての時を遡り、あるべき姿へと回帰せよ」


その言葉を聴いた瞬間、私の背筋に凍りつくような戦慄が走った。


──あの時だ。


街に入る前にあまりの不衛生さに私が苦言を呈した時、この男が「身づくろい」のために何気なく使ってみせた、古語の詠唱呪文。


(違う! あれはただ、服を綺麗にする魔法なんかじゃない……!)


「── リヴェルシオ・インテグラティオ!!!」


眩い光とともに、世界の理(ことわり)そのものがきしみと悲鳴を上げて逆回転を始める。


エドガーさんの身体を包んでいた赤黒い邪気の残滓が弾け飛び、削り取られていたはずの魔力と生命力が、まるで巻き戻される映像のように一瞬で元通りに収束していく。青ざめていたエドガーさんの頬に、劇的な速度で赤みが戻っていくのが見えた。


『事象の強制巻き戻し(時の逆行)』


本来なら宮廷級の儀式魔導士が数日かけて行うような神の領域の術式を、このオジサンは「余った魔力を消費する」それだけのために、事もなげに使って見せたのだ。


「ふぅ。よし、これでこのボウズも元通りだ」


「っ、クーノスさん。貴方、本当になんなんですか……」


呆然と呟く私に、彼は面倒そうに首を掻きながら、いつも通りの飄々とした態度で背を向けた。


「やれやれ、これにて一件落着だ。じゃあな、レールカお嬢さん。オジサンの風来坊生活に戻るとするよ」


「次、私を伸ばし棒で呼んだら本当に叩き潰しますからね。──それと」


「ん?」


足を止めたクーノスさんに、私は呼吸を整えてハッキリと告げた。


「その不衛生な革袋の中身の呪い、解く方法を羊皮紙課の資料室で探しておきます。だから……勝手に死なないでくださいよ、クーノスさん」


「へいへい。頼もしい相棒を持つと、気ままな一人旅もやりづらくて困るねぇ」


煙草の煙をふっと夜風に流しながら、男は一度も振り返ることなく劇場の破られた壁から飛び去っていった。


◇


嵐のような「劇場」での事件が終わり、静けさを取り戻したギルド本部。

特務回収課(羊皮紙課)の受付には、いつものように巨大な魔導水槽が淡い光を湛えている。


私は、ピンセットで小さな乾燥餌を摘み、水面へそっと落とした。


ゆったりと鰭(ひれ)を揺らし、餌を食む大きな古代魚。100年前の生き残り──通称、シーラカンス。


「ふぅー……」


報酬を受け取り、「じゃあな、レールカお嬢さん。オジサンは現代の不味い酒でも飲んで、この毒(呪い)を誤魔化してくるわ」と、汚い革袋を背負い直して出て行ったオジサン。


私は水槽の前に立ち、ゆっくりと乾燥餌を落とす。

100年前の奇跡の楽器を叩き潰した、あの圧倒的な強さ。

だけど──最後に魔剣を鞘に納めた時、オジサンの手がほんの少しだけ震えていたのを、私の『異能の目』は見逃していなかった。


彼の肉体を、精神を、100年前の「あの日の泥」ごと今も蝕み続けている本物の呪い。

それを背負いながら、彼はまた一人で夜の街へ消えていった。


「別に、本当に君の仲間になってくれても良かったのにね。君も、彼の事嫌いじゃないでしょ?」


ポツリと溢れた独り言。


自分がどれだけ引き止めようとしても、あの魔剣の呪いと100年前の過去が彼をこの場所に留まらせてはくれない。

水槽のシーラカンスが、まるで「あの男の業は深いぞ」と告げるように、ゆらりと大きな尾を揺らした──。


──まあ、どうせあのオジサンのことだ。


また面倒な遺物でも拾って、悪びれもせず帰ってくるに決まっているのだけれど。


私は小さく息を吐き出し、制服の襟を正すと、次の事件の書類へ向けて凛とした足取りで歩き出した。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

『シーラカンスと羊皮紙の事件簿』、これにて完結となります。


実は作中で登場した「カレー」のくだりなど、本作は現在連載中の長編作品と【完全に同じ世界(同じ世界線)のお話】となっております!


レルカやクーノス自身は登場しませんが、同じ冒険者ギルドや歴史が存在する、別舞台での物語です。


「この世界の空気感や設定が好き!」「同じ世界観での別のアクションやコメディも読んでみたい!」と思ってくださった方は、ぜひ本編(長編)も覗いてみてください!


▼同じ世界線を描いた長編作品はこちら!

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『幼馴染の救世主を庇い闇堕ちした僕。肉体はラスボス最高幹部として従うも、頭脳はゲーマーのまま心は支配を拒絶。世界の強制力バッドエンドには1ミリも従う気はありません!前世知識で裏から真エンドを解放中。』


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(※Nコード:n9740mk)

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【読者のみなさまへお願い】

少しでも「面白かった!」「このコンビが良い!」と感じていただけましたら、ページ下部の【★★★★★評価】や【ブックマーク登録】をしていただけると非常に励みになります!


応援の数次第では、二人の「次の事件(続編)」も執筆できるかもしれません……!


改めて、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!

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