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第12話 100年前の最強剣士、魔界の伝説『闇騎士カレー』を喰らう。正気じゃない美味さと、忍び寄る不吉な不協和音


クーノスさんのお腹の音を聞いて、私までお腹が空いてきてしまった。急いで向かったのは、旧市街の路地裏にある小さな食堂。


夕暮れ時の店内は仕事を終えた職人や冒険者たちで賑わっており、香ばしいスパイスの香りが立ち込めていた。私は女将に声をかけて、わざと奥まった席へ着いた。


「へぇ……俺の時代だと干し肉と固いパンが関の山だったが、今の食堂はいい匂いがするねぇ」


クーノスさんは案内されたテーブル席につくと、興味深そうに店内を忙しなく見回している。


「ふふん、今のグラナーダは食文化も発展してるんですよ。すみません、これを二つお願いします」


注文を済ませ、私はテーブルの上に隠し部屋で回収した資料を広げた。


「さて、料理が来る前にさっきの部屋で分かったことを整理しておきましょう」


「そうだな。あのギャレットって男……単なる『調査課』の横領犯じゃねぇな」


さっきまで真新しい玩具を前にした子供のようなはしゃぎ様だったクーノスさんの雰囲気が、一瞬で歴戦の猛者の鋭いものへと戻る。


「ええ。あいつが隠し持っていた記録には、U型アンデッドの実験記録と一緒に『音響共鳴実験』の候補地として『街外れの廃屋敷』が記されていました。そして、この楽譜です」


私は油分や汚れがつかないよう、慎重に古い羊皮紙の端を指し示した。そこには、小さな文様のような刻印が押されている。


「この刻印、見覚えがあります。およそ100年ほど前から各地を転々とし、手にした演奏者を狂わせながら災厄を撒き散らしてきた古代の遺物──『呪いの弦楽器』の専用譜面です。羊皮紙課の書庫で同じものを閲覧したことがあります」


「ほう、各地で喰い散らかしてきた筋金入りの危険物ってわけか。ギャレットの奴、そんなヤバい代物をどこからか手に入れて、冒険者に弾かせようとしてるのか」


「ええ。この曲で都市結界を内側から狂わせ、崩壊させるのが奴の狙いです。ですが、あの廃屋敷に、今も奴らが潜伏して『楽器』の準備を進めているのかどうか……」


私が思案していたその時、ドカンと重厚な音を立ててテーブルに料理が運ばれてきた。


「はいよ! お待ちどう様! 当店名物『闇騎士の悪魔煮込み』二人前ね!」


深皿に盛られた漆黒に近い濃厚なルーと、湯気を立てる白飯。

食欲を激しく刺激する芳醇でスパイシーな香りに、クーノスさんは目を丸くした。


「な、なんだいこりゃ……!? 黒いドロドロの中に肉がゴロゴロ入ってるが……」


「カレーですよ。まあ、百聞は一見に如かずです。食べてみてください」


半信半疑でスプーンを口に運んだクーノスさんは、一瞬固まったかと思うと、一気に目を見開いた。


「なっ……なんだこの深いコクと、舌を刺す弾けるような辛味は! トマトの爽やかな酸味が来たと思ったら、まろやかなナッツの甘みが全体を包み込んでやがる……! それに、この肉……なんだ!? じっくり煮込まれたホロホロの肉と、香ばしく炙られたジューシーな肉の二種類が混ざってなんて……100年前の宮廷料理すら足元にも及ばねぇ……こんなもん、正気の奴が作れる料理じゃねぇぞ!?」


「ふふ、お見事です。実はこの料理、かつて魔界の深部で『闇騎士』と呼ばれた人物が、狂気的なまでのこだわりで生み出した極秘レシピがルーツらしいですよ。お肉のパサつきを防ぐために二種の調理法を重ね、隠し味にナッツミルクを練り込む……なんて正気の沙汰じゃない逸話が残ってます」


「へぇー。騎士なのに奴さんは料理にもこだわる人物だったのか……こんな料理を作り出すなんて、そりゃ間違いなく変人だわ」


クーノスさんはルーを余すことなく食べる為に、スプーンを動かしながら言う。


凄惨な事件の捜査中だというのに、私たちは暫し言葉を忘れてその濃厚な一皿を堪能した。腹の虫が収まり、後味を楽しむ余韻を噛み締めていたら、お冷を運んできた食堂の女将が机の上の羊皮紙に目を留めた。


「あら……お客さんたち、なんだか難しそうな音符の紙を見てるねぇ」


「ええ、少し調べ物でして。女将さん、何か心当たりでも?」


軽い気持ちで尋ねた私に、女将は声を潜めてこう囁いた。


「心当たりというか、その楽譜を見て思い出してね。ここ最近、夜になると『街外れの廃屋敷』から気味の悪い弦楽器の音が聞こえてくるって、裏の若いのが怖がってたのよ。風に乗って、まるで頭が変になりそうな……嫌〜な音がね」


私とクーノスさんは顔を見合わせた。


「女将さん……その音、いつ頃聞こえるって言ってましたか!?」


「え、ええ。大体、日が完全に落ちた真夜中だよ。あんな気味の悪い弦楽器を弾く奴なんて居ないから、よく覚えてるよ……」


記録に書かれた実験場、古代の専用譜面、そして夜な夜な聞こえる不吉な音。

すべてのピースが、美しく、そして残酷なまでに一つに噛み合った。


「間違いありません……ギャレットと狂気に落ちた冒険者たち、そして『奇跡の楽器(……)』がある本陣は──その街外れの廃屋敷です!」


「決まりだな。女将さん、美味い飯ととびっきりの情報をありがとな!」


クーノスさんは食べ終えた皿の横にコインを弾いて置くと、大剣を担いで立ち上がった。


定時退社はとっくに過ぎている。だが、今夜のうちにすべての決着をつけてやる──私の心は、静かな怒りと闘志で満ちていた。


食堂から出た途端、遠くから微かに風に乗って届いたのは、脳を削るような嫌な不協和音──すでに実験は始まっているようだ。


「──おいおい、まだ真夜中じゃねーのにお構いなしかよ。急ごうお嬢さん」

第12話をお読みいただきありがとうございました!


次回の第13話は、クライマックスに向けて明日【8/31(月)の夜(19:00頃)】に投稿予定です。


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