第11話 言葉はいらない! 狭小物件での自爆魔法を、無言の連携でコンマ一秒でねじ伏せました
私は解読が合っているか確認するために、急いで懐から地図を取り出した。
「旧市街地の薔薇通りの6ブロック目は……鉱山労働者用に昔建てられた単身用の集合住宅……」
「なるほどね。ここなら同じような間取りの部屋も多いし、隠し部屋にはぴったりだな」
いつの間にか地図の上に大きな影が落ちていて、私はそれでようやく、クーノスさんが上から覗き込んでいることに気付く。
「子供たちは?」
「さっき、迎えのシスターが来て家に帰るってさ。『レルカお姉ちゃんまた遊んでね』って元気よく帰って行ったな」
「……そうですか。あの子たちが楽しく遊べていたなら良かったです」
安堵の息を吐きながら、地図を丸めて再び懐へ仕舞う。
クーノスさんは「さて」と短く呟き、肩の上でボロ布に包まれた大剣を軽く担ぎ直した。
「で? その『7号室』とやらに乗り込むんだろ? 羊皮紙課の捜査官様」
「ええ。ですが、相手はギルドの目をかいくぐって都市結界を侵食していた男です。単なる部屋一つと言えど、相応の罠が仕掛けられていると見るべきですね」
「まぁ、頑丈さには自信があるから、遠慮なく使ってくれや」
口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべるクーノスさんに、自分が作れる最大級の笑顔でこう答える。
「言われなくてもそのつもりです」
◇
旧市街地の裏手に位置する薔薇通り。排気と古いレンガの臭いが混ざり合うその一角に、問題の集合住宅はひっそりと佇んでいた。
年月を感じさせる、軋む階段を上がり、一番奥の「7号室」。鍵穴は錆びついているが、ドアの隙間から漏れ出る気配に私の異能の目が過剰に反応する。
「クーノスさん。扉の向こう、室内全体に禍々しい密度の魔素が淀んでいます。間違いありません、ここがギャレットの『隠れ家』です。こんな白昼堂々と!」
「了解。鍵は……まあ、こうやるのが一番手っ取り早いわなっ」
クーノスさんが無造作にドアノブへ手をかけ、ほんの少し腕に力を入れた瞬間──ゴリッという硬質な破壊音とともに、頑丈な金属製の錠前が内側から力任せに破砕された。
「ちょっと! 豪快すぎません? 隠密捜査という言葉を知らないんですか?」
「開けばよかろうなのだよ、お嬢さん。ほら、お先へどうぞ?」
呆れる私をよそに、彼は飄々と壊れたドアを押し開ける。
だが、私は直ぐに足を踏み入れたりせず、じっくりと部屋の中を異能の目で確認する。糸のように張り巡らされた魔力の残滓。これは、無防備に足を踏み入れたら最後、部屋ごと吹き飛ばす仕様になっていた。
(鍵に仕掛けがなくて良かった……いや、もしかしたらクーノスさんはそれを分かって力任せに壊した……?)
チラリと横目で見ると、クーノスさんは「ん? どうした?」と呑気に首を傾げていた。
……絶対に何も考えていない顔だ。余計な深読みは禁物である。
「クーノスさん、足元と壁に気をつけてください。室内全体に糸のような『魔力線の罠』が張り巡らされています。不用意に触れれば、証拠品ごとこの部屋が吹き飛びますよ」
「おっと、そいつは随分、物騒な置き土産じゃないか。お嬢さんの目の恩恵様々ってわけだ」
私は三節棍の先を使って、空間に張り巡らされた目視不能な魔力線を慎重に解いていく。
足を踏み入れた部屋の奥。デスクの上には、ギャレットが持ち去っていたと思われる旧坑道の調査資料と、一冊の古い本が乱雑に置かれていた。
「これ……ギャレットの研究記録です。やっぱり、U型アンデッドの大量発生は自然現象なんかじゃない……あいつが意図して作り出していたんだ……!」
ページをめくる手が怒りで震える。そこには、半年くらい前から消息を絶っていた冒険者たちの名前が列挙され、経過観察が事細かに書かれていた。そこにペラリと数枚、より古い羊皮紙に書かれたものが挟まっていたようだ。
「五線譜……これは何か弦楽器の曲?」
「──お嬢さん、話は後だ。お客様がお越しのようだ」
クーノスさんの低く鋭い声と同時に、背後の破砕されたドア枠から、ギチギチと関節を軋ませる異様な音が響いた。
「ヒヒッ……『紙課』のネズミが……嗅ぎつけてきたカ……」
振り返った視線の先に立っていたのは、一見すると普通の住人のような服を着た男。──だが、その瞳には光がなく、口元は裂けたように歪み、肌は死人のように土色へ変色していた。
やはり、街の結界をすり抜けさせて潜伏させていたか……。恐らく、この隠し部屋の「見張り」兼「証拠隠滅役」と言ったところだろう。U型アンデッドは生前の思考も受け継ぐ。ギャレットの用心深い性格がよく現れている。
「あのお方の……邪魔はさせん……! この部屋ごと……消えろッ!」
男の手元で禍々しい魔導具が黒い光を放つ。証拠を消すための自爆の魔法陣……ほんと用意周到な奴!
「クーノスさんッ!」
私の声に、クーノスさんはニヤリと口元を歪めた。
──ドッ、と狭い部屋の空気が膨張するほどの圧倒的な殺気。
クーノスさんが大剣の柄に手をかけた瞬間、敵の意識が完全に彼へ釘付けになった。この狭さで大剣を抜く気だと思わせる気迫。
だが、それは一瞬のブラフだ。
「――ッ!?」
視界を遮るように顔面へ投げつけられたボロ布に、敵が動揺する。
その隙を逃さず、クーノスさんの投げナイフが起爆符を正確に射抜き、私は壁を蹴って最小限の軌道で踏み込んだ。
連結させた三節棍が、閃光となって敵の首を薙ぎ払う。
「我々の計画はこれしきのことでは止めることはできなイ……」
床に転がる首を見下ろし、クーノスさんは感心したように口笛を吹いてヘラっと笑いかける。
「へぇ……この狭さで一切壁を傷つけねぇか。こういう場所はお嬢さんの独壇場だな」
首と胴体が分かれてもまだ喋る元気があるアンデッドを見下ろし、私はため息をつく。
「レールカお嬢さん。コイツどうする?」
「ギャレットみたいにクーノスさんが踏み潰すと部屋が汚れるので私がやります」
そう言って私は手早く、無詠唱で光魔法を放ち、アンデッドを完全に消滅させる。
「これ以上の追撃はないみたいですね」
──ぐぅ〜と間抜けな音が部屋に響いた。
彼は、ボロ布を大剣に巻き付けてから頬をかき、照れくさそうに笑う。
「おっと、失礼」
「クーノスさん! 緊張感のない音出さないでくださいよ」
「一仕事終えたからか、腹の虫が鳴っちまったみたいだ。自然の摂理ってやつだよ」
さっきまでの緊迫した雰囲気は一瞬で霧散し、私は大きなため息をついた。
「仕方ありません。情報整理も兼ねて食事をしましょうか?」
第11話をお読みいただきありがとうございました!
次回の第12話は、【8/30(日)の夜(19:00頃)】に投稿予定です。
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