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さらに森の奥に突き進んで行くと、一際太くて立派な大木を発見しました。下のほうにぱっくりと大きな穴が口を開けています。大きさは大体小さな子供が入れるくらいでしょうか。
「何か棲んでるのかしら?」
気になった少女は足音を立てないように静かに近づくと、首をそーっと伸ばしてその穴の中を覗き込んでみました。
「?」
すると中は真っ暗で何も見えませんでした。物音ひとつ聴こえてきません。
「何もいないのかしら?」
それでもまだ気になった少女は、もっとじっくり調べたくてうずうずしてきました。そして
「ちょっと怖いけど……」
思い切ってその穴の中に入って行きました。
「誰かいますか?」
入ってみると思ったより中は広くなっていました。前にも右にも左にも、その奥には闇しか見えません。地面だけがうっすらと浮かび上がるように白んで見えるだけでした。おっかなびっくり一歩踏み出し、また一歩踏み出しますが、それから何歩進んでも壁に突き当たりません。
「おかしいわね」
少女がまっすぐ進んできた道を見ようと背後を振り返ると、出口が暗闇に隠れて見えなくなっていました。
「大変!」
慌てて引き返そうとしますが、いくら進んでも出口は一向に見えてきません。歩けど歩けど道は続き、手を伸ばしても掴めるのは闇だけ。
「どうしようどうしよう。出られなくなっちゃった!」
そこへ突然ひょっこり人の姿が現れました。その姿は暗闇を無視して、太陽の下で見るようにはっきりと見えました。
「あなたはさっきの人?」
「違う。わたしはそんな名前じゃない」
「ああ、わかったわ。あなたは“プラム色の人”ね?」
“プラム色の人”は無表情で黙り込みました。気にせず少女は続けます。
「ここから出られなくなってしまったの。出口がどこか教えてくれない?」
するとプラム色の人が口を開きました。
「心に灯を点すんだ。そうすれば“ねじれ”がほどけて外に出られる」
「ねじれってどういうころ?」
困惑してちょこんと首を傾げる少女に
「それは君が考えることだ」
プラム色の人はそっけなくそう言って、暗闇の中に消えてしまいました。しょうじょはまた一人ぼっち。目を開けても真っ暗。閉じても真っ暗。自分も周りもみんな真っ暗。どっちが前か後ろ化もわからない。どうしよう、と途方に暮れていると、頭の中にふとプラム色の人の言葉が過りました。心に灯を点す? 灯、灯、灯……少女は胸に手を当てて瞼を閉じ、頭の中に灯を描きました。そこにほのかに明るい灯が浮かび上がります。それは温かくて、やわらかくて、とてもやさしい明かり。そしてパッと瞼を開けると
「あ?」
前方に光の射す出口が見えました。すかさず少女が走って出てみると、その先に人の姿がありました。髪も服も肌もレモン色。全身レモン色の男性です。さっそく少女は尋ねました。
「あなたは誰?」
「名前はない」
男性はそっけない返事を返しました。また同じ。なんだか面白くなってきた少女は、お約束のように
「じゃあ、あなたはレモン色だらけだから、“レモン色”の人ね」
そう呼ぶことに決めました。すると“レモン色の人”は無表情で言いました。
「君は騙された」
「誰に?」
少女はきょとんとして目をしばたたかせました。
「プラム色の人は嘘のことを言う。だから君は騙された」
「でも、言われた通りにしたら、あのトンネルから出られたのに?」
「後ろを振り返ってごらん」
そう言われて少女が後ろを見ると
「あ?」
「ようこそイデアの泉へ」
前方に小さな泉と、その横に人の姿が見えました。髪も服も肌も水色。全身水色の男性です。それは森を抜けて最初に見た光景と同じでした。
「何故もとの場所に戻ってるの? レモン色の人が……」
混乱して少女が叫ぶと“水色の人”が言いました。
「レモン色の人は反対のことを言う」
そして彼は掌を泉に向けて、そこに入るよう促しました。またふりだしに戻ったってことね。そう観念した少女は、再びその泉に入ることにしました。抵抗のない水面をスイスイ渡って行きます。途中ふと空を見上げると
「あら? 何か変だわ」
空が白一色に。何かが足りないような……。そうだわ、太陽がないんだわ! そのことに気付いた少女は、頭の中に太陽を描きました。すると白一色の空にまばゆい光の点が現れました。太陽です。
「謎が解けたわ。今度は失敗しない。今度こそ!」
するとまたあの歌が聴こえてきました。
暗い暗いクラインのトンネル
前から入っても前から出る
後ろから入っても後ろから出る
延々と暗い暗い
え~んえ~んとクライクライ
クラインのトンネル
クラインのトンネル
その歌に少女は、自分の思考を乗せていきます。
プラム色の人は嘘をつくと言う
レモン色の人は反対のことを言う
ならプラム色の人は嘘つきじゃない
暗い暗いトンネルを抜け出すためには灯が必要
白一色の空には太陽を
からっぽのわたしの心には
あたたかい、あたたかい……
家族のぬくもりを
あとは振り返らず、前を見て進もう
少女は家族の顔を思い浮かべました。
おなかの大きいママ。
やんちゃ坊主の弟シタラ。
暖炉のそばが好きな斑犬マダラ。
そして木こりのパパ。
すると再び前方に光を発見した少女は、そこに向かって駆け出しました。あれがきっと“本物”の出口だわ。
「お~い!」
走って行くとどこからか、水音に重なって誰かが呼ぶ声が聴こえてきました。
「誰?」
それはどこかで聴いたことがあるような、とても懐かしい声。誰かしら? と一生懸命思い出そうとしていると
「ミムラおねえちゃん」
そう呼ぶ声がして、少女はそちらに顔を向けました。すると前方に川が流れていて、そこに一艘のボートが浮かんでいました。その上弟のシタラが乗っています。
「シタラ、何してるの?」
そこに向かおうとすると、またレモン色の人が現れました。
「あれはレテの川。あの川を渡れば君の心が現われる。さ、渡るといい。弟が呼んでいるよ」
少女は困惑してしまいました。不安が急に込み上げてきます。それにおかしなことにも気が付きました。川が流れているのに進まないボート。
どうしてかしら? 怖い。
水色の人の言葉がまた脳裡を過ります。
レモン色の人は“反対のことを言う”。
どうしよう、どうしようと頭を抱えていると
「おねえちゃんもおいでよ」
シタラがこちらに向かって手招きします。
「早く早く~」
シタラが呼んでいます。
「プラム色の人は嘘をつく」
レモン色の人が言いました。
「急がないと夜が来る。その闇が透明な君の体を消してしまったら、君の存在はこの世界から消されてしまう」
「そんな……!?」
プラム色の人は嘘のことを言う――――その“反対”だから、そしたらわたしは……
「お姉ちゃん、早く~」
「シタラが呼んでる。でもレモン色の人も呼んでいる。どうすればいいの?」
「君はもう答えを見付けたはずだ」
困惑する少女にプラム色の人はさらに
「さあ、目を閉じて。そしたら聴こえてくる歌声が、君をで出口へと導いてくれるはずさ」
そう促しました。
暗い暗いクラインのトンネル
前から入っても前から出る
後ろから入っても後ろから出る
それはまるでクラインの壺
この森もそれと同じ
この森は迷宮
永久に続く堂々巡り
空には雲がなく、太陽もない白一色
それなら君が描けばいい
足りないものを
思い出して
思い出して……




