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 森の中は思ったほど暗くはありませんでした。入った時から道は闇に隠れることもなく、少女が進むのに合わせるように先が浮かび上がっては奥へと続いていきます。まるでその先へその先へと少女を導くように。少女は外れることなくその道を進んでいきました。それから似たような木々ばかりが密集している森の中をどれだけ進んだことでしょう。ようやくその景色から解放される時が来ました。前方に小さな泉を見付けたのです。その横には人の姿が。髪も服も肌も水色。全身水色の男性です。


「ようこそイデアの泉へ」


 少女が近付くとそう迎えられました。側で見ると小さくて、背丈は少女とほとんど変わりません。少女は愛想よくお辞儀して「こんにちは」と挨拶します。男性は珍しい姿をしていたのですが、それがとても自然に馴染んで見えたので、少女はあまり気になりませんでした。


「あなたは誰?」


 少女がそう尋ねると


「名前はない」


 男性はそっけない返事を返しました。少女はちょこんと首を傾げましたが気にせず


「じゃあ、水色だらけだから水色の人ね」


 そう呼ぶことに決めました。すると“水色の人”は無表情で言いました。


「君はこの世界の住人ではないね」


「いいえ、わたしは幼い頃からこの村に住んでるわ」


「それは違う。だって身体が透明だ」


「透明? 何を言ってるの?わたしは透明なんかじゃ……」


 言って少女が俯き、自分の身体に目をやると


「何故!? 何故わたしの体が透けてるの?」


 首から下の服を着た体が通名な風船のようになり、その下にある地面が透けて見えていたのです。すると“水色の人”は言いました。


「心がからっぽだからだ」


「心がからっぽ? どういうこと?」


 少女にはわけがわかりません。バタバタ、バタバタ慌てるばかりです。水色の人は相変わらず無表情でした。


「それは君が探すんだ」と抑揚のない声で言うと


「さあ、この泉に入って」と掌を泉に向けて促します。少女はきょとんとしてまた首を傾げました。


「入ってどうするの?」


「入ればその答えが見付かる」 


 そう言われた少女は、疑問を感じながらもそーっと泉に足を浸してみることにしました。すると水は冷たくも熱くもなく、かといって生ぬるいわけでもなく、温度を感じさせない不思議な感覚でした。その心地良さに浸り、少女は泉の中にどんどん入っていきました。


「すごいわ!?」


 すると不思議なことが起こりました。水には何故か全く抵抗がなく、すいすいと渡ることができたのです。感激してすっかり楽しくなった少女は瞳をきらきらと輝かせながら、その中でくるくると陽気に回りました。


「あら、何かしら?」


 今度は向こう岸から歌が聴こえてきました。立ち止まって耳を澄ますと、歌はピタッと止んでしまいました。少女は不思議そうにちょこんと首を傾げ、早々に泉から出ることにしました。そして向こう岸に渡り、泉から出るとあら不思議。水に浸かってすっかりびしょ濡れのはずのワンピースはちっとも濡れていませんでした。少女が岸に上がって間もなくすると、また“あの歌”が聴こえてきました。




 暗い暗いクラインのトンネル


 前から入っても前から出る


 後ろから入っても後ろから出る


 延々と暗い暗い


 え~んえ~んとクライクライ


 クラインのトンネル


 クラインのトンネル




「どこから聴こえてくるのかしら」


 少女は声の主を探しましたが、見渡しても辺りに人の姿はなく、木ばかりが並んでいます。そこは静かな森でした。少女はしかたなくその森の中を探すことにします。そこは泉に行く途中通った森とは違い、全体的に明るくて景色がはっきりと見えました。それはまるで絵に描いたような景色で、おとぎ話の絵本の中にいるような感じでした。そのおかげで少女は、一人で歩いてもちっとも怖くありませんでした。


「木、切り株、リス、うさぎ」


 少女はぶつぶつ言いながら進んで行きました。迷わないように、通った時に見たものを頭の中に記憶させていきます。


「木、切り株、リス、うさぎ、木、切り株、リス、うさぎ……ここはどこ?」


 ところがそれから延々と同じ配列の景色が続いていたので、少女は何を目印にしたらいいのかわからなくなってきました。右に曲がっても、左に曲がっても後に見えてくるのは、木、切り株、リス、ウサギ、木、切り株、リス、うさぎ……


「いったいどこまで続いているの!?」


 少女は混乱するばかりです。すると木の後ろから、ひょっこり誰かが顔を出しました。ぴょこんと


軽快な動きで木の横から飛び出すと、髪も服も肌もプラム色。全身プラム色の男性です。小柄で軽快な動きをするところは陽気なピエロのようでした。


「あなたは誰?」


 少女が尋ねると


「名前はない」


 男性はそっけない返事を返しました。さっき会った人と同じだわ。そう思った少女は


「じゃあ、プラム色だらけだから……」


 う~んと唸って考えると少女は


「“プラム色の人”ね」


 そう呼ぶことに決めました。すると


「あら?」


 “プラム色の人”はぱっと姿を消してしまいました。


「えっ?」


 木々の間やその周辺も探しましたが、プラム色の人の姿はどこにも見当たりませんでした。


「どこへ行ってしまったのかしら?」


 困惑して少女が後ろを振り返ると


「あっ!?」


 今度は別の木の後ろから、プラム色の人が姿を現しました。すかさず少女が駆け寄り


「ねえ……」


 話しかけようとした途端、また消えてしまいました。腑に落ちなかった少女は、首を傾げると立ち止まって、しばしその場で考え込みました。それからふと


「追いかけっこがしたいのかしら?」


 そんな考えが閃き


「それなら」と瞳を輝かせて駆け出しました。プラム色の人を探して、360度ぐるっと周囲を見渡し


「いた!」


 見付けるなり全速力でそこへ向かいます。今度こそは、と近付こうとすると


「あ!?」


 プラム色の人は、またしてもぱっと消えてしまいました。それからもプラム色の人は、あっちへこおっちへ転々と移動して、そのたび走っていた少女は、だんだん疲れてきました。やがて地面にへたりこんでしまいます。


「もういや」


 楽天家の少女も、いい加減いやになってしまい、大きなため息を一つ吐き出しました。


「?」


 しかし少女は、すぐにさっと頭を上げました。かわいらしい目をパッチリと開き、うさぎのように耳をそばだてます。どこからか、またあの不思議な歌声が聴こえてきたのです。疲れはどこかへと吹き飛んでしまいました。少女は立ち上がり


「探しに行かなくちゃ」


 そうせずにはいられなくなります。そして再び声の主を探しに行くことにしたのでした。

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