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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第37話「採点開始」

広大な旧イベント会場跡地に、爆弾に接続されたタイマーの乾いた電子音だけが冷たく響き渡っている。

天井を支える太い主柱に巻き付けられたプラスチック爆薬。

そしてその周囲で赤いランプを不気味に明滅させる遠隔起動式の配信装置。

かつて数万人が熱狂したはずの空間は、今や見えない出題者の手によって逃げ場のない採点の場へと変えられていた。

暗闇の中に立ち尽くす鷹城梓と荒巻誠一は、その圧倒的な暴力の装置から目を離すことができずにいた。

彼らが長年守り続けてきた地位と秩序は、このむき出しの脅威の前では何の役にも立たない。恐怖で身をすくませる彼らの顔を、タイマーの青白い光と赤いランプが交互に照らし出している。

相馬環が銃口を床へ向けたまま彼らを制止し、黒瀬透は盤面の中央で氷のような視線を上空のスピーカーへ向けている。

相馬の背中にも冷たい汗が伝う。

この巨大な廃墟にどれだけの量の爆薬が仕掛けられているか分からない。

そして遠隔起動を許せば、一瞬で全員が吹き飛ぶ。

警察組織のバックアップはすでに断ち切られているのだ。

そして少し離れた壁際の暗がりには、久我真尋が表情を消したまま静かに立っていた。


『これより、五年前の夜の採点を開始する』

空間の四隅に設置されたスピーカーから響く合成音声には、怒りも憎しみも、いかなる感情の揺らぎも含まれていなかった。

ただ機械的に事実を確定させるためだけの、ひどく無機質で冷徹な響きだった。

それがかえってこの採点という行為の残忍さを際立たせていた。

『第一の設問。五年前のイベントにおいて、使用不許可となっていた危険区域の存在を認識し、かつその無許可使用を黙認したのは誰か』


冷え切っていた空間の空気がさらに一段階凍りついた。

荒巻が顔を激しく歪め、上空の闇へ向かって震える怒鳴り声を上げる。

「知るか!現場の業者が勝手にやったことだ!警察が末端の不備までいちいち把握できるわけがないだろうが!」

鷹城もまたそれまで整えていた声をわずかに乱して叫んだ。

「私たちの委員会は、安全基準を満たした図面しか受け取っていないわ。現場の進行判断だったはずよ。全体を止めないための、通常の調整だった。危険区域を使うなんて、私は――」


言い逃れを試みる彼らの言葉を遮るように、

ピィ、ピィ、ピィ。

突如、乾いた電子音が急激にテンポを上げた。

主柱に設置されたタイマーの赤い数字が、不自然な速度で削り取られていく。

残り時間が秒単位ではなく、コンマ単位で加速的に減少していくその異常な光景に鷹城が短い悲鳴を上げた。


『虚偽の解答は減点対象とする。事実を承認せよ』

合成音声が、冷酷な警告を下す。

「あんたたち、誤魔化すな!」

相馬が鋭く硬質な声を飛ばした。

「出題者は少なくともあんたたちが誤魔化せないだけの材料を持っている!これ以上嘘をついて爆発を早める気か!」

死の恐怖を直接突きつけられた鷹城は、震える指で荒巻を指差した。

「わ、私じゃないわ。荒巻管理官よ!警察側が当日の警備コストを抑えるために、一部のゲートの封鎖を業者に黙認させたのよ!」

「ふざけるな鷹城!お前の事務所がイベントの進行の遅れを隠すために、搬入路の確保を強行したんだろうが!」


互いを責める言葉の中から、封鎖されていたはずのゲートを使ったこと、警察側がそれを把握していたこと、制作側が進行を優先したことが、断片的に露出していった。

責任の押し付け合い。

互いの言葉が、複数のカメラを持つ配信装置を通じて外部のネットワークへリアルタイムで送信されていく。

だが彼らが互いの関与を吐露し合った瞬間、タイマーの異常な加速はピタリと止まり、再び元の規則的なカウントダウンへと戻った。


『解答を受理した』

合成音声が何事もなかったかのように淡々と告げる。

『続いて第二の設問。ルートの異常に気付いた久我澪を、正規のルートから外し、危険区域へと誘導するよう現場に指示を下したのは誰か』


「……っ!」

荒巻が後ずさり、靴底が瓦礫を擦る音を立てる。

あの夜、一人の少女を正解の外へ弾き出した直接の責任を問う刃。

「私には権限がない!現場の誘導を指示していたのは警察側よ!」

鷹城の声から、いつもの滑らかな調子が剥がれ落ちた。恐怖で声が裏返っている。

「警察側だと?現場スタッフに迂回指示を出したのは制作側だろう!」

荒巻の怒鳴り声がひび割れた。

「こちらは混乱を避けるため、事後処理を引き受けただけだ。ルートを差し替えたのは、お前たちの進行班だ」

「違うわ。あれは警備計画上、通せると説明されたから――」

二人の言葉は、互いを守るための反論でありながら同時に五年前の分担を少しずつ露出させていった。

制作側が進行を優先し、警察側がそれを問題化しない形に収めた。

二人の言葉からは、久我澪だけが正規のルートから外されていった経緯が、少しずつ浮かび上がっていた。


『解答を受理した』

再び合成音声が冷酷な確定を下す。


相馬は互いを守るために相手を切り捨てていく二人を、歯を食いしばって見つめていた。

社会的な地位を誇っていた大人たちが、保身のために互いを売り渡していく姿。

それは五年前の事故の直後に水面下で行われていた「処理」の再演そのものだった。


黒瀬透は、微動だにせずその光景を観察していた。

彼の関心は、すでに鷹城と荒巻の言い争いからは外れていた。

黒瀬の頭脳は今、この「採点」というシステムの構造そのものを冷徹に解体していた。

(……おかしい)

黒瀬の瞳が暗闇の中で鋭く細められる。

出題者は姿を見せず音声は遠隔から送られている。

彼らの姿は配信装置のカメラを通じて出題者のモニターへ送られているはずだ。

だが解答の真偽を即座に判定し、コンマ数秒のラグすらなくタイマーの速度を操作するこの絶妙なタイミング。

それは映像と音声だけを頼りに、遠隔の安全圏から行えるような精度ではない。

まるで彼らの呼吸の浅さ、筋肉の硬直、声の震え、そしてこの場に満ちる絶望的な空気のすべてを、同じ空間で直接皮膚に感じ取っているかのような精緻さだ。

通信の遅延やカメラの死角を考慮すれば、遠隔操作でこの極限の圧力をコントロールすることは不可能に近い。

出題者自身もまた、解答者たちと同じ暗闇の盤面に立っている可能性が高い。


『第三の設問。少女の転落死を、単なる迷子による事故として処理し、記録の外へ押し出したのは誰か』

合成音声の冷酷な追及は止まらない。

関係者の退路を断つための問いが次々と突きつけられていく。

「仕方がなかったんだ!」

荒巻が頭を抱え、床に膝をつきそうになりながら叫ぶ。

「あの場で全体の警備計画の不備として扱えば、混乱は拡大していた。行政も警察も、責任を負うことになった。秩序を守るためには、処理可能な形に収めるしかなかったんだ!」


その言葉が広大な空間に反響する中、黒瀬の視線はただ一点、久我真尋へと向けられていた。

真尋は荒巻と鷹城が自己防衛のために喚く姿を目の前で見ながら、表情の筋肉を一つも動かしていなかった。

妹が正解の外へ向かわされた経緯を、五年間押し返してきた者たちの言葉を、直接聞かされている遺族。

目の前で妹の死に関わる言葉が次々と吐き出されている。

それでも真尋の瞳には怒りも悲しみも浮かばなかった。

彼の視線は荒巻たちではなく、主柱に設置された爆弾のタイマーと、空間に響く合成音声のタイミングを交互に追っていた。

それは悲しみに揺れる遺族の視線とは、どこか違っていた。


黒瀬の中で論理のピースが繋がり、一つの像を結んだ。

問題があり、解答者がいる。

ならばこの逃げ場のない盤面には、不可欠な存在がもう一人いるはずだ。

これほど精緻な採点を成立させるには、出題者が同じ空間に立っていると考えた方が自然だった。


黒瀬の視線は、主柱の爆薬から、壁際の真尋へと移っていた。

五年前黒瀬は違和感の先へ踏み込まなかった。

だが今、彼の視線は壁際に立つ遺族の左腕から離れなかった。

包帯の下の膨らみは、怪我を庇うための添え木にしては少しだけ硬すぎた。

遅れのない採点。

そして感情を殺したまま盤面を見つめる静かな瞳。


出題者は本当に外側にいるのか。


黒瀬は静かに、しかし確かな重さを持った足取りで真尋へ向かって一歩を踏み出した。

コンクリートの床を踏みしめる黒瀬の靴音が、小さく、しかしはっきりと響いた。

五年間、記録の外へ押し出されてきた問いの最深部で、黒瀬はようやく出題者が立っているかもしれない座標に近づいていた。

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