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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第35話「解答の場」

深夜の廃地下区画。相馬環が片手に握るフラッシュライトの鋭い光だけが、冷たく湿ったコンクリートの壁を切り裂いて進んでいく。

フラッシュライトの光が届かない奥では、金属製の何かが風に揺れ、かすかな軋みだけを返していた。

五年前、久我澪が辿った可能性の高い偽ルート。

そこは参加者を楽しませるための華やかな装飾など一切存在しない、無機質で残酷なほど実務的な搬入通路だった。

天井を這う太い配管からは結露した水滴が絶え間なく落ち、鈍い音が果てのない暗闇の奥へと反響しては消えていく。

換気の届かない淀んだ空気には、長年蓄積されたカビと錆、そして得体の知れない機械油の匂いが重く滞留し息をするたびに肺を重く満たしていった。


黒瀬透は無言のまま、相馬の少し斜め後ろを歩いていた。

黒いコートのポケットに両手を深く突っ込んだまま、彼の絶対零度の視線は絶えず周囲の構造を冷徹になぞっている。

彼がかつて見ようとしなかった「盤面の外側」の冷たさが、荒れたコンクリートを踏みしめる靴底から直接伝わってくるようだった。

自分が構築した美しい論理の迷路から弾き出され、澪はこの暗く冷たい裏側の通路をどんな思いで歩いたのか。

提示された道標に正解があると信じていた少女の足跡をなぞるという行為は、黒瀬の沈黙をさらに重いものにしていった。

もはや背後に、警察という巨大な組織のバックアップはない。

篠宮蒼司が組織の規定を踏み越えて切り開いてくれた裏道だけを頼りに、組織の外側に押し出された二人の足音だけが等間隔で進んでいく。

この重く冷たい暗闇の先に、五年前の空白が沈められてきた場所が待っている。


その時、相馬のコートのポケットでスマートフォンが短く、しかし鋭く震えた。

篠宮が特捜本部の権限を失う直前に繋ぎ止めていた暗号化回線に、新たな通知が割り込んだのだ。

警察の通常回線から外れたこの端末だけが、今や外部の状況を知る数少ない手段だった。

相馬は立ち止まり、薄暗い中で画面を素早く開く。

『相馬さん。……出題者から、最後の通告が出されました』

テキストとして表示された篠宮の短いメッセージの後に、転送されてきた画像データが開かれた。

真っ黒な背景に、これまでと同じ白い無機質なフォントが、静かな暴力性を持って浮かび上がっていた。

画面の白い文字だけが、暗い通路の湿った空気の中で妙に浮いて見えた。


『解答の場を指定する。関係者全員、出頭せよ』


そして、その下には具体的な日時と座標が記されていた。

現在時刻からわずか数十分後。

場所は、相馬たちが今いる旧施設裏の搬入通路から直接繋がる、五年前のイベント最終会場跡地だった。

何万人もの参加者が目指すはずだった、かつてのゴール地点。


『当時の運営関係者、制作側、警察内部の一部端末にまで、通告が直接届いています。ただ……』

篠宮の文面による補足が続く。

『通告は、全員に同じ文面で届いたわけではなかったようです。鷹城梓の端末には、五年前の未公開進行台本と修正前の導線図の一部が添付されていました。荒巻管理官の端末には、当時の事故報告の処理に関する内部文書の断片が添えられていたと。……そして、どちらの文面にも、同じ一文があったそうです』


『欠席は、解答拒否と見なす。記録は二十二時に公開される』


彼らにとって、それは爆弾よりも先に突きつけられた宣告だった。

社会的な死。

あるいは五年間守ってきた地位と秩序の失墜。

だからこそ彼らは来る。

罠であり危険だと分かっていても、まだ自分の手で事態を収められると信じて。


『対象者が、この座標へ向かっているとの情報が入りました。鷹城梓と、荒巻管理官です』

篠宮の文面には、保身のために危険な場所へ向かう人間たちへの、信じがたいものを見るようなニュアンスが滲んでいた。


相馬はスマートフォンを握りしめ、短く息を吐いた。

「来るさ。ああいう人間は、逃げるより先に、自分たちの手で事態を収めようとする。それが彼らの正常さだからだ」


黒瀬は何も言わなかった。

そういう組織の論理を、黒瀬は知っていた。


そのとき、背後の闇の奥で、小さな砂利を踏む音がした。

二人の足音だけが響いていたはずの空間に混じる、第三者の不規則な足音。

相馬が素早くフラッシュライトを向け、警戒を露わにする。

光の円の中に立ち止まっていたのは、色褪せたセーター姿の久我真尋だった。


「久我さん……なぜここに」

相馬が驚きと厳しい咎めを込めて問うと、真尋はフラッシュライトの眩しさに顔をしかめることもなく、いつもの平坦な声で答えた。

「僕にも届きました。通告の座標を受け取り、別経路からここまで来たんです」

真尋は、自分のスマートフォンの画面を静かに差し出した。

そこには、鷹城や荒巻に送られた通告とは少し違う、短い文面が表示されていた。


『遺された者も、答えから逃げるな』


真尋は暗い画面を見つめたまま、淡々とした口調で静かに言った。

「行きます。澪のことですから。妹が最後に何を見たのか。なぜ、あの道へ向かうことになったのか。……兄として、それを最後まで見届けたいんです」


その言葉は、たった一人の肉親を理不尽な形で奪われた遺族として、あまりにも自然で痛ましいほどの真っ当さを含んでいた。

相馬はそれ以上押し返せなかった。

五年間、彼がどれほど壁を叩き続けてきたかを知っていたからだ。

五年前の霊安室で、冷たくなった家族の前にただ一人立ち尽くすことしかできなかった青年の姿。

警察署の窓口で、行政の壁の前で、何度再調査を求めても『該当事実なし』と無機質に弾き返され続けた果てしない時間。

その途方もない絶望と孤独を知っている相馬には、ようやく妹が最後に見たものへ近づこうとしている彼を、危険だからという理由だけでここから遠ざけることはできなかった。

「……分かった。だが、これ以上奥には入るな。危険だ。鉄扉の手前で待機していろ。何かあれば、すぐに声を上げろ」

「分かりました。ありがとうございます」

真尋は静かに頷き、スマートフォンをポケットにしまった。

相馬は小さく息を吐き出し、前を向いた。


だが相馬の斜め後ろに立つ黒瀬の瞳は、暗闇の中でひどく冷たく細められていた。

『兄として、見届けたい』。

その言葉の表面的な意味とは裏腹に、黒瀬の脳内では、先ほど消された監視カメラの映像を見た時の、真尋の異様な反応がフラッシュバックしていた。

妹が暗闇へ向かう映像を見せられても涙一つ流さず、映像の端にあるノイズだけを機械的な正確さで拾い上げた、あの冷徹な観察者性。

遺族の行動としては、一見何もおかしくない。

それでも黒瀬の中で、言葉にならない小さな違和感が確実に残っていた。

悲劇の遺族という輪郭の奥に、まだ見えていない何かが残っているように思えた。

しかし、黒瀬はまだその違和感に名前を与えなかった。

ただ深く息を吐き、前方のさらに深い闇を見据えた。


「急ごう」

黒瀬は短く言い、再び歩き出す。

「解答の場は、すぐそこだ」

二人は懐中電灯の光を頼りに、そのルートの果てにある分厚い防火扉へと向かった。

扉の表面はひどく錆びついており、触れると氷のような冷たい感触が手袋越しに相馬の手へ伝わってくる。

相馬が体重をかけて金属の重い取っ手を押し込むと、錆びついた蝶番が悲鳴のような摩擦音を立て、暗闇に響き渡った。


開かれた扉の向こう側に、圧倒されるほど広大な空間が広がっていた。

五年前、数万人の参加者が謎解きのゴールとして歓喜の声を上げるはずだった場所。

だが今は再開発の計画から外れ、巨大なコンクリートの残骸が点在するだけの荒涼とした廃墟。

かつての熱狂はとうに失われ、むき出しの太い主柱が、巨大な墓標のように幾本も立ち並んでいる。

床には古い養生テープの跡がかすかに残り、五年前にここが人を集める場所として整えられていた痕跡だけが、薄く浮かんでいた。

冷たい隙間風が吹き抜ける、その広大で無機質な暗闇。

そこが出題者に指定された、最後の解答の場だった。

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